7.カインの初恋
人にはまるで石像のようだと言われる程、表情の動きの少ないカインだが、本人は特に意識したことが無い。
ただ、思い通りに事が運んでいる時など、少し油断すると笑顔が浮かぶのだが、それが腹黒そうに見えると言われるのは納得できなかった。
彼は10歳の時に家門の伯爵家に養子に入った。
伯爵家の一粒種が病気で急逝し、家門内から優秀な子どもを養子にする事が決まったからだ。
彼の家は、子爵家で、彼の下に弟が2人、妹が1人いる。
家計の苦しい家だったが、その家の娘の家庭教師から婿に入った父は、子ども達に高い教育を与えようとした。
母もその父の願いを後押しし、内職まで頑張っていたが、それでも生活はギリギリだった。
そこに降って湧いた養子の話だ。
高額な支度金も出る。カインは、両親を説得して、その養子争いに参加する事になった。
2週間に渡る能力判定の結果、彼は栄光を物にした。
家族から離れて暮らすのは初めてだったが、後悔はしなかった。自分が頑張れば、家族が楽になる。
伯爵はそれを約束してくれた。
後継者に決まった挨拶に王宮に行った時、カインは妖精に出会った。満開の花の中、赤に近い金髪を揺らしながら、柔らかい緑の瞳でこちらを見つめてくる少女。
─妖精? なんて綺麗なんだろう。
「あなた名前は?」
幼い、少し高めの声で楽しげに話しかけてくる。
「カイン。カイン・コールウェルです。」
「私は、ラリエット。」
慌てて近くに来た伯爵が、彼女に恭しく頭を下げた。
「王女様。ご機嫌麗しゅうございます。」
「うん。またね。」
少女は、パタパタと走り去っていった。
─王女様だったんだ。ラリエット王女様。
カインは屋敷に戻ると、王宮で働けるようになりたいと伯爵に願い出た。どうすれば良いのか分からなかったから。
「王宮で働きたいのか?」
「はい。」
「抜きん出て優秀ならば、我が家からも王宮勤めに出れるだろう。」
「抜きん出て優秀……わかりました。」
それからカインは必死に勉強しながら、王宮勤めに採用されやすい部署を調べあげた。花形では無い部署で、適性のある者が少ないところ。
それは、【計算課】だった。
ひたすら計算を繰り返す、経理課の下働きだ。
カインは、朝から晩まで計算に明け暮れながら、図書館の本も読み漁り、知識を増やして行った。
その図書館で、王子のハザールと知り合いになれたのは、運が良かったと言う他ない。
人見知りするハザールとカインは、妙に気があった。
伯爵がつけた家庭教師は、マナー教育には適していたが、勉強になると、彼ほどではなく、参考にならなかった。ハザールは、博学で、彼と話すのは楽しかった。
15歳から採用試験を受けられるので、カインは計算課を受験し、過去最年少で当選した。
その優秀さは次第に周りに知られるようになり、カインは着実に政治の中枢に向かっていった。
王宮の廊下から見る中庭に、金髪が揺れる姿を見ることだけが、カインの唯一の楽しみで、幸せだった。
ラリエット王女が成長し、外交に出る頃には、カインは宰相補佐に着任した。
彼の役職は代理ではなく、補佐。たとえ10年、20年務めても補佐から上がることはない。そういう役職だ。
宰相は、実務は彼に任せ切りで、次の宰相は、彼の息子が継ぐことになる。だから、宰相が誰になろうと彼には何も関係ないと思っていた。
それが、ラリエットと仕事を一緒にする事が徐々に増え、話もできるようになり、夢のようだった。
そんな彼を絶望に落とす事が起きた。ラリエットの結婚だ。彼女が王宮から居なくなってしまったのだ。
それもあんな馬鹿な王子の元に嫁ぐなんて。
目の前が真っ暗になった。
でも、神は見捨てなかった。ラリエットを馬鹿から救い出し、戻してくれたのだ。
「カイン、コルニエに結婚の申し込みの手紙を出してくれ。」
王から受けた命令は実行しなければならないが、彼をまたしても地獄に落とした。
「あなたと仕事をするのも、後わずかね。」
「王女様。」
「ふふっ、そういえばね、この間、アイーダに面白いことを言われたのよ。」
「辺境伯のご令嬢からですか?」
「私が王位を継げば良い、ですって。無理なのを知ってるのにね。」
─ラリエット様を女王に?そうすればこの国に引き止められる。無理なのか?方法は無いのか?
いや、可能性はある。
「ラリエット様、女王になりましょう。」
「方法があるの?」
「はい。ハザール様に王位を継いで頂き、譲位して頂きましょう。」
「でも、貴族達が反対するでしょう?」
「お任せ下さい。彼らの弱みの1つや2つ、握っております。」
「頼もしいわね。では、父上に話をして、進めましょう。」
「はい。」
2人はその足で王の執務室に向かった。
元々ハザール王子が王位を嫌がっていること。そして、ラリエット王女が王位を望んでいること。
「しかし、ラリエット。お前に苦労をかけるつもりはない。大切な娘なのだ。」
「父上、心配しないで。私、有能な王配を得て、彼に手伝って貰うつもりだから。」
─誰だろう。何人か候補はいる。一番幸せにして下さる方と結婚して欲しい。
「カイン、私の王配を誰にしようと考えているの?」
「まだどなたがとまでは……。」
「それでいいの?私が他の男と結婚しても?その男と子をなしてもいいの?」
「ラリエット、様?」
「あなたの私を思う気持ちってその程度?」
─そんな事はない。私は誰よりもラリエット様を……。
「私の事、どう思ってるの?」
「お慕い、して、います。」
「そうだったのか?」
王が目を丸くして、カインを見ると、ラリエットは誇らしそうに頷いた。
「それなのに、他の人を王配にしろって言うの?」
「わ、私は、王配になれる身分ではありません。」
「違うわ、カイン。決めるのは、私。あなた、私と結婚するのは嫌なの?」
「したいです。結婚したいです!」
「しましょう、結婚。幸せにしてね。」
「はい!」
これはきっと夢だ。死ぬほど幸せな夢に違いない。