27.そして、誰の手に?
アーロンは、部屋に戻るとガッカリとして、ベッドに腰を下ろした。
アイーダに指輪を渡すどころか、ガルロフと騎士団長の2人に阻まれ、ダンスを踊る事さえできなかった。
「情けない……。」
それにあの執事。あんな強敵が彼女のそばにいたなんて、今まで気づかなかった。それは後の2人も同じだったようで、お互い様なのだが……。
「はぁ……不利だなぁ。明後日には国に戻らなくてはならないのに。」
指輪は渡せるのだろうか?告白してもすぐに返事は貰えないに違いない。いっそ感謝の気持ちと言って、首輪だけでも渡してしまおうか……。
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ガルロフは、あの執事の顔を思い出していた。アイーダとひとつ違いだと言う男。若いのに、度胸のありそうな、それでいて知性を感じる男だった。
彼の周りにはいないタイプだ。
王太子のアーロンでさえ、彼に比べれば脳筋タイプだった。
女性は、ああいうタイプが好きかもしれない。頭が良くて、それでいてひ弱ではなく、歳の割に包容力がある。
─負けたかなぁ。諦めたくはないんだが……。
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騎士団長のヤニスは、大きなため息を吐いた。
何とかアーロン王太子の告白は阻止したが、思わぬ伏兵を見落としていた。まさか彼がお嬢様の争奪戦に参加してくるとは……。
彼が侍女達に人気があるのは、彼も知っていた。少し冷たい感じがするが、顔立ちは整っているし、有能だと聞いている。
だが、ここ数年、お嬢様とろくに会ってもいなかったはずだ。それなのに、あの息のあったダンス。
冷たいと評判の表情は、お嬢様の前では、優しくて、別人のようだった。また侍女達の噂になるだろう。
─まさか、あんな強敵が……。甘かった。しかし、お嬢様は譲れん!
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パーティーの後片付けを指揮しながら、クリスは、あの3人の事を考えていた。
コルニエ王国の王太子、騎士団長、お嬢様の側近候補。
幼い頃から、お嬢様だけを見て育った。自分には剣の才能は無い。当時の執事から、その才能を見出され、これがお嬢様を近くで助ける事になると、頑張ってきた。
自分がお嬢様と、とは思いもしなかったが、あの彼らを見て、自分の中に欲が出た。
そして、飛び降りたお嬢様を抱きしめた時、お嬢様に自分を見て欲しいと、他の誰でもなく、自分だけを見て欲しいと強く思った。
そう思うと、もう気持ちは止まらない。
─お嬢様を思い続けた年月では、彼らに決して負けない。私のお嬢様。私だけのお嬢様だ!
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翌朝、アーロンは、朝食の席で指輪を差し出した。
「アイーダ、あなたを愛しています。成人を迎えたら、私とコルニエ王国を共に支えて欲しい。」
真剣な面持ちで差し出された指輪。それをパンケーキを頬張りながら、見つめるアイーダ。
口がいっぱいで声も出せないし、慌てて喉が詰まりそうになる。それでなくても突然の告白で慌てているのに。
それなのに、言うだけ言ったアーロンは、両親に頭を下げると、静かに去っていった。
指輪の入った箱を手に、呆然とする娘を見ながら、夫人は頭を振った。
─失格。
邪魔されずに指輪を渡せて、満足するアーロンは、最高権力者の評価を知ることも無く、一日早いが帰路についた。
やっとパンケーキを飲み込んだアイーダに、クリスが蜂蜜を入れた、少しだけぬるいミルクティーを差し出した。
「お嬢様、冷ましてありますから、安心してお飲み下さい。」
「うん。」
受け取って口に含むとほんのり甘くて、ごくごく飲んでも火傷をしないけれど、温かい紅茶は、驚いて、落ち着かない気持ちを鎮めてくれた。
手に持っていたはずの指輪の箱も、いつの間にかテーブルの上に載っている。
「母上、今のって、もしかして、プロポーズ?」
「そうかもね。忘れても良いわよ。」
「……。」
前の人生と合わせて、初のプロポーズのはずなのに……。いや、プロポーズはこんなものなのか?侍女達の話と違う気が?彼女達の話では、もっと、こう、ロマンチックなものではないのか?
─今度、ラリエットのプロポーズを聞いてみよう。
そう思ったアイーダだった。
そして、ラリエットのプロポーズを聞いたアイーダが、プロポーズに対する甘い幻想を微塵に砕かれたのは、また後日の話となる。
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数日後、まだプロポーズのショックから立ち直れないアイーダは、少しぼぉっと庭を歩いていた。
自分が世間的にはそういう年齢に差し掛かった自覚はあるが、まだ先だと思っていた。
「危ない!」
うっかり木の根に躓いた彼女の体を支えてくれたのは、ガルロフだった。年長の彼ならこういう事にも詳しいだろうか。聞いてみようかと悩む彼女をガルロフは、背中から抱きしめた。
「ガルロフ?」
「アーロンから告白されたと聞いた。なあ、俺では駄目か?年が離れすぎているか?」
ガルロフの腕は苦しくは無いが、しっかりと抱きしめられていて、振りほどくことが出来ない。
「お前は、レイラが……。私はレイラじゃない。」
「ああ、そうだ!レイラじゃない。俺はレイラじゃないアイーダが好きだ。」
「え?」
「俺が愛しているのは、アイーダだけだ。俺をマクスではなく、今のガルロフとして見て欲しい。」
「そんな、急に言われても……。」
「俺を、俺だけを見て欲しい。すぐにとは言わないから。」
そう告げると、ガルロフは、静かに離れていった。急に背中が寂しくなる。しかし、アイーダは、振り返る事ができなかった。




