25.告白
アーロンは、ユラニア王国に到着すると、連日ラリエットやカインを含むこの国を動かしている大臣達と朝から晩まで会議を続けた。
ユラニアの言い分は全員が一致していて、嘘が無く、信頼できるものだった。
その上、ユラニア王国の一大機密である落ち人についても説明があり、自分がこの国の人々に信頼されていることも嬉しかった。
「では、事業への前向きな対応をお願いできると考えてよろしいですね。」
「はい。これは領民にとってもとても素晴らしい提案だと考えています。国を挙げて協力致します。」
ラリエットとアーロンはしっかりと握手を交わし、正式な契約書を取り交わした。
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契約締結後、アーロンは辺境伯を訪ねた。
「ようこそ王太子殿下。皆様はお元気ですか?」
暫く見なかった間に、アイーダは眩しい程に美しくなっていた。その隣に立つ2人の男の姿に、アーロンの胸はツキリとした痛みを覚えた。
自分の為すべきことをしていたとはいえ、彼らに一歩先んじられてしまった思いが過ぎる。
「お嬢様には、その節、大変お世話になりました。今こうしてこの国を訪れる事ができているのも、皆様のおかげです。」
「堅苦しい挨拶は抜きだ。今日は宴の準備をしたので楽しんで欲しい。」
「ありがとうございます。」
騎士団長とガルロフは、常にアイーダに従っている。そう、従っているだけだ。まだ、横に並び立ってはいない。そう考えて、アーロンは胸を撫で下ろした。
─負けない。今夜、そう、今夜、彼女に告白する。王太子妃になって欲しいと打ち明けるんだ。
アーロンのその様子を見る2人に彼の思惑が察知されないはずはなく、2人の警戒心が膨れ上がる。
「団長、話がある。」
「奇遇だな。俺もだ。」
「今日の宴の時、」
「殿下とお嬢様を2人にはできないな。」
「その通りだ。お嬢様を他の国に攫おうなどと言う奴に思い通りにはさせたくない。」
「その通りだが、お前も元はあの国の人間だっただろう?今は完全にこの国の人間だと思っても良いんだな?」
「勿論だ。俺はこの国に骨を埋める。」
「よし、協力しよう。殿下はすぐにでも国に帰る必要があるだろう。数日凌げば大丈夫だ。」
2人は協力体制を約束した。
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間もなく宴が始まる。アーロンは、ポケットから小さな小箱を取り出して中身を確認した。母上に頼んで見立てて貰った指輪。
紫と濃紺の石を交互に連ね、繊細な2色の金の装飾を施した、国一番の宝石職人に作らせたものだ。その美しさにはアーロンもため息が出た。
─アイーダと私の瞳の色。
丁寧に蓋を閉じて、ポケットに戻し、その上からそっと手のひらで守るように包み込む。
彼らがまだ正式に申し込みをしていないのならば、このチャンスを逃すことは出来ない。自分の立場を考えれば、長期滞在も難しいのだから。
廊下から侍女が会場へと誘う声がする。アーロンは箱を抑えていた手のひらをギュッと握りしめて、部屋を後にした。
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大広間には大勢の人が集まっていた。上は貴族から、下は普段着の農民まで。これが辺境伯の懐の深さだろうか。コルニエ王国では決して見る事が出来ないと、アーロンは思う。
辺境伯も城での会議に出席していたので、アーロンと共に領地に戻ってきていた。
「殿下、リゾート開発事業、楽しみですな。」
「はい。私の貧しい想像力ではご説明頂いたウインタースポーツなるものの実際の楽しみ方が想像しきれませんが、我国の産業の良き起爆剤になってくれるのではないかと期待しています。」
辺境伯は頷いて笑顔をみせ、夫人の元に戻って行った。
豪快な性格の夫や娘に対して、夫人は控えめで、大人しい女性だった。口数も少なく、彼らとタイプが全く違う。
それでも、3人が揃って立っていると、不思議に一番印象の薄い夫人が彼らの中心であるように見える。
辺境伯が夫人の耳元で何か囁くと、夫人が口元に手を当ててコロコロと楽しげに笑った。
「とても仲の良いご夫婦なのですよ。」
いつの間にそばに来ていたのか、騎士団長が隣に立っていた。
「そうですね。とても素敵なご夫婦です。」
「私の理想です。」
アーロンは、アイーダが飲み物を取りに動くのを見て、彼女に近づこうと足を踏み出そうとしたが、騎士団長が向かい合うように体を動かした。
「なんですか?」
「私達からお嬢様を奪わないで下さい。」
「それは、辺境伯のお言葉ですか?」
「いいえ。私の気持ちです。」
「譲れないと言ったら?」
「私もですよ。」
目だけで彼女を追っていると、彼女に近づく男がいた。ガルロフだ。背中を向けている騎士団長は、それに気づいていない。
「彼ならば良いのですか?」
「彼とはあなたがお国に帰られた後、決着をつけます。」
そうか、自分を彼女に近づかせない為に、この2人は……。
アーロンは、思い切り騎士団長を突き飛ばすと、アイーダを追って走り出した。




