21.届いた想い
「ク、ククッ、なんでそんな誤解をするんだ。」
「良く知っていると言うから。」
顔を赤らめ、頬を膨らませてそっぽを向くアイーダには、レイラと重なる部分を感じない。
それなのに、アイーダと居るのは楽しい。そして、今心惹かれるのは彼女だと言うのに、全くそれを分かって貰えないことにもどかしさも感じている。
─まあ、年齢差を考えれば、ただのおじさんだろうな。
「では、その、思い出の女性は、もう忘れられそうなのか?」
「いや、それは無理だな。」
「どうして?」
「俺は彼女が好きだった。いや、愛していた。でも彼女は俺の事をどう思っていたのだろうか?ただの弟?最期の時、少しでも俺の事を思ってくれただろうか?
そんな、どうにもならない気持ちが捨てられないんだ。彼女を忘れたくないとも思う。」
「……それが、聞ければ、良いのか?」
「どうだろうな。人の気持ちは難しいんだよ。」
拳を握りしめ、アイーダは、ガルロフを見つめた。
「もうレイラを忘れて、マクスの人生を生きてくれ。」
「どうしてその名前を?あぁ、マクロスに聞いたのか。」
「あの日、蛍が飛ぶのを見ながら、手に入れた証拠をコウモリに託した。」
何を言っているんだ?そんな事までマクロスは知らなかったはず。ガルロフは、食い入るようにアイーダを見つめた。ここに居るのは誰だ?まさか……。
「自分がそこで死ぬのはわかっていた。ただ、最後に命じられた仕事を全うできて良かった。安堵した私が最期に思い浮かべたのは、マクスの泣き顔だった。お前は、とても怒って泣いてた。泣かせてすまない。」
「レイラ?」
「レイラは死んだ。知っているだろう?」
「俺か荼毘にふした。」
「レイラの気持ちはレイラの死と共に終わったんだ。」
「ひとつだけ教えて欲しい。俺の気持ちはレイラに届いていたか?」
「届いていたよ。弟のように可愛がっていたが、もし生きていたら、その想いに応えたかった。」
「そうか。うん。そうだったんだな。」
「マクス。」
「……ありがとう。先に一人で戻って貰えないか?」
「わかった。」
「お嬢様、ありがとうございます。」
駆け去る音を聞きながら、ガルロフは、静かに涙を流した。自分の想いはレイラに届いていた。レイラの心はローエンのものではなく、自分のものだった。
ずっとアーロンを見守りながら、心のどこかでローエンに対する憎しみを消しきれなかった。
レイラ、レイラ!レイラ!!
今、やっとレイラを思い出にする事ができる。いい思い出に。
15の年の差がなんだ。自分はガルロフとして、アイーダに惹かれている。いや、あの舞のような剣を見た時、彼女の半身になりたいと思った。
思うなら動けばいい。アーロンも彼女に惹かれたのはわかった。強い男なら、誰でも彼女に特別な男と思われたい。だから……
今度こそ誰にも彼女を渡さない。
ガルロフは、ゆっくりと体を起こした。その顔には、とても楽しげな微笑を浮かべて。
******
ふらっと遊びに来たラリエットは、一人で戻ってきたガルロフとちょうど屋敷の入口で出会った。
少し驚きに目を見張り、次に楽しげに微笑んだ。
「ガルロフさん。」
「陛下。いつこちらへ?お嬢様をお呼びしましょうか?」
「構わないで。あなた、いい顔になったわね。これなら楽しい勝負になりそうよ。」
「勝負?……そうですね。負けるつもりはありません。」
「ふふっ。良いわね。私としては、まだ物足りない彼より、今のあなたなら、あなたを推したいところよ。」
「是非お願いします。」
「大人の男の色気。期待してるわね。じゃあ、頑張って。」
ヒラヒラと手を振りながら、立ち去るラリエットを見送り、ガルロフはため息を吐いた。
お嬢様が彼女に影響されていなくて良かったと思う。18とは思えない。これだけ年齢差があるのに、子供扱いされるとは……。
─期待に応えない訳には行かないな。
さて、もう一度体を鍛え直そう。アーロンに負けるつもりは無いが、アイーダに勝てるかと言われれば微妙だ。
練習ならば負ける。真剣勝負なら、相打ちか?
負けられないな。俺をそばに置きたいと思わせなくてはな。
ラリエットが来たのなら、アイーダは彼女の相手で忙しいだろう。
─騎士団で鍛錬に混ぜてもらおうか。
ガルロフは、部屋に戻るのをやめて、練習場に足を向けた。
******
アイーダは、ラリエットが近づくのにも気づかずに、中庭で木刀を降っていた。
悩んだが、言って良かったと思う。だが、ガルロフは、今後自分の事をどう見るのだろうか?
レイラの身代わり?
記憶はあるが、今の自分はアイーダだと思っている。剣だって、レイラの剣の弱点を考え、独自の型を編み出した。今のアイーダは、レイラよりも強くなったつもりだ。
─でも、最後はお嬢様って言ってた。
「何を悩んでいるの?」
「ラリエット!」
「珍しいわね。気づかないなんて。」
「うん。ちょっとね。」
「ガルロフと何かあった?」
「どうしてガルロフの名前が出るの?」
千里眼なの?思わず慌てて、握っていた木刀が地面に落ちた。
「あら、ふふ。ガルロフもいい顔になってたけど、アイーダも……。」
「な、何よ!」
「女はね、恋をして一皮剥けるのよ。」
「恋って、そんなんじゃないから!」
「ふふふ。楽しいわね。王太子様は、どう出るのからね。」
「もう!それで今日は何の相談?」
「結構、真面目な相談。」
そういうラリエットの顔には、もう笑顔はなかった。




