20.反対派との戦い
アーロンが持ち帰った毒消しで、奇跡のように回復した王に、アーロンはユラニアであった全てを話した。
さすがに大型事業になる温泉事業を単独で契約した事には、内容は良くても眉を顰められてしまった。
「早計だな。きちんと貴族会議で話すべきだった。」
「しかし、この契約には、我国ばかりが得をする話です。ユラニア王国には利が少ない。」
「それでもだ。今国内には、現王権を倒し、新たな王権を打ち立てようとする動きがある。そなたが突然姿をくらませた後、廃嫡を求める話さえ出ているのだ。」
「それは……。浅はかな行い、申し訳ございませんでした。」
「事業が始まる前に、貴族会議で国内の意見統一をする必要がある。」
「はい。」
3日後、緊急会議が招集されたが、会議は大荒れとなった。そのような契約を結んだ王太子の廃嫡が声高に叫ばれ、王太子擁護派と騒ぎを起こすことになった。
遂には、深夜、王太子の寝室に刺客が送り込まれる騒ぎとなり、身の安全を守るため、鎮静化するまでと、アーロンは、王に城からの脱出を命じられた。
アーロンは、ガルロフと、専任の護衛騎士、侍従だけを連れて、国境に向かった。
そして、今、彼らの前には、剣を抜いた覆面の男達が30名ほど、その行く手を遮っている。
「殿下、俺の後ろへ。」
「ガルロフ。」
「お守りします。キース。頼むぞ。」
「任せて下さい、とは言えないですが、頑張りますよ。」
護衛騎士のキースは、軽口を叩きながらも、表情は厳しい。敵の実力はごろつきではなく、正式な騎士のものだ。
「殺しても良いか?」
その緊張感の中、少し楽しげで、若い女性の声が響く。
向かい合う2組の間に立つように、騎馬の女性と、数人の男達。この場にそぐわない笑顔を浮かべている。
「任せた。」
アーロンの返事に、アイーダは花が咲くような笑顔を見せた。
「よし。さぁお前ら、好きにしていいぞ。」
「お嬢様のお許しだ。行くぞ。」
アイーダを先頭に彼らは覆面の男達の中に突っ込んで行く。まさかアイーダまでが行くとは思わなかったアーロンは慌てた。そして、ガルロフも。
彼らも急いでその後を追った。
そして、そこで見たものは、殺戮ではなく、天上の舞だった。
彼女が通る所には、綺麗な剣の筋が縦横に光り、敵は血飛沫を飛ばすことなく、倒れて、彼女に道を開けた。
─綺麗だ。
アーロンは戦う事も忘れて、その姿に魅入った。
ガルロフは、彼女の背を守って戦う位置に立ちたいと願った。
気づけば、覆面の男達は、誰一人起きている者はいなかった。
「さて、王太子殿下、このままユラニアへ行くか?王陛下の守りには、そこの護衛騎士を城に戻らせるか?」
「私は殿下の騎士です。」
キースの言葉を聞き、アイーダがどうすると、首を傾げる。先程までの姿が嘘のように幼い仕草に緊張が解けるのを感じた。
「大丈夫だ。父上には父上の影がいる。彼らに任せよう。ユラニアに案内して欲しい。」
「良いだろう。急ぐが大丈夫だろうか?」
「え?お嬢様、急ぐんですか?」
慌てたのは、彼女が連れてきた男達だった。
「そうだが、文句があるのか?」
「文句って言っても、なあ?」
「その侍従さんには無理じゃないかな?」
全員の目が侍従に向く。
「すまないが、私の馬に乗って貰えるか?」
「え?」
侍従が目を剥いた。女性の自分よりかなり歳若い女性の前に乗れと?
「安心して欲しい。私の馬はとても丈夫なので、2人乗りしても問題ないんだ。」
そういう話ではない。しかし、いつまでもここにこうしている訳にはいかないだろう。
「乗せて頂け。」
「殿下!」
ヒョイっといきなり首の後ろを掴んで摘みあげられ、気付けば、彼はアイーダの前に乗っていた。
「さぁ、行くぞ。」
本気のアイーダの走りに、男達は歯を噛み締めて必死について行った。侍従は、後日、死ぬより怖かったと周りの人に告げたと言う。
******
自分が戦う姿を見ても、アーロンはアイーダを避けようとするどころか、熱い視線を向けてくる。
そして、ガルロフも。
ガルロフは、アイーダを通してレイラを見ているのだろうか。もし15年もレイラに囚われているのなら、解放するのが自分の役割かもしれない。
「ガルロフ。一緒に山に行かないか?」
「良いですね、お供します。お嬢様。」
辺境伯領では、国境の山の人の踏み入れ無い場所を、交代で見回っている。
地面には、ボコボコと木の根があり、慣れないものには馬で行く事が難しい場所を2人は、軽々と進んでいく。
最初は苦労したガルロフだが、最近では、馬の手助けなく歩けるようになった。
「少し休もうか。」
森の中の小さな泉のそばの開けた場所で馬を降り、馬を放して草の上に腰を下ろした。
ガルロフは、アイーダの表情から、何か話しがあると察してはいた。
「以前、マクロンから聞いたが、ある女性が忘れられずに独り身を貫いているんだって?」
「そうですね。彼女以上の人に残念ながら会えなかったからだな。でも……。」
「でも?」
「一人会った。」
「そうなのか?誰だ?私が知る人か?」
「あぁ良く知っている。」
「まさか……ラリエットか?駄目だぞ。彼女にはカイルがいる。」
ぷッと吹き出すと、ガルロフは、笑いだしてしまった。




