18.万能毒消し
ラリエットを連れて戻ったアイーダは、ガルロフが怪我人の元にいると聞いて彼の部屋を訪れることにした。
コンコン
「私だ。入ってもいいか?」
「どうぞ。」
ドアを開けると、2人が深刻な顔をして向かい合っていた。それも怪我人は、涙ぐんでいる。
後ろに立つラリエットが、息を飲んだ。
「アーロン王太子殿下?」
アーロンの目が丸くなる。
「ラリエット女王陛下……なぜ、ここに。」
「それはこちらの台詞では?あなたが我国に来られたとは、どこからも報告が届いておりません。
何をなさっているのですか?
このまま国外退去をお願いしても問題ないはずです。我国は現在、交流停止期間中。
密入国として、正式な講義をさせて頂きます。」
アイーダは、いきなり怒りだすラリエットの話についていけない。アーロン王太子殿下といえば、あれか?ラリエットが女王にならなければ、次の嫁ぎ先候補の?
「待って。ラリエット。拾ってきたのは私だから。」
「拾った……アイーダが?」
「うん。崖下から。」
「はぁ。だから、なんでも拾っちゃ駄目って。まあ良いわ。それで?聞かせて貰えるかしら?泣くほどの理由ってものを。」
泣いていた自覚のなかったアーロンは、頬に指を伸ばし、指先が濡れたことを恥じて、俯いた。
息を整え、アーロンは、ラリエットに向かい合った。
正体がバレてしまったのだから、隠すことはない。父の病状も、遠からず他国に知れ渡るだろう。今、それを隠していては、ラリエット女王の協力は得られない。
「我が父、ローエンは、15年前の反乱の時、左腕に損傷を負いました。その時、刀に微量な毒が塗られていて、いつしか静かに父の体を蝕んでいたようなのです。そして、先日倒れた父は、余命1年の宣告を受けました。
我国の医術では、その解毒が不可能で、父は死を静かに迎えるつもりでおります。
しかし、私は、無駄足掻きかもしれませんが、できることがあれば、何でもしたい。
この国の医術は進んでいると、聞き及び、協力をお願いしたくて参りました。
ちょうど、運悪く交流停止になってしまい、このような密入国になりました事、お詫び申し上げます。」
アーロンは、ベッドから降りて、床に跪き、ラリエットに頭を下げた。
******
目の前の床に跪く男を見ながら、ラリエットは考えた。
コルニエ王国にわざわざ父が婚姻の話を通そうとした理由を。
あの国は、雪に覆われる国だが、有名な鉱山がある。
とは、言うものの、調べさせたところ、あと数年で資源が枯れそうだと言うことだが、実は違う。
かの国の人々は、気づいていないが、あの鉱山はあれ以上掘ってはいけない鉱山なのだ。
あれは、爆発する熱いものがその奥深くに眠っているらしい。調べた男に言わせると、あの鉱山と気脈が通じる場所を掘れば、様々な効用を含んだ、湯が湧き出るらしい。
その者が顔を真っ赤にさせ、興奮しながら報告するのを聞く限りでは、大層利用価値があるようだ。
ただ、言っている言葉の意味が不明なのだが……。
たかが湯に何の価値があるのか分からないが、その者が言うには、素晴らしい価値があるらしい。
父にも価値が分からなかったが、その者の熱意に負けたようなものだった。その湯に浸かるだけで幸せになれるとか……。
「アーロン王太子殿下、お話はわかりました。では、取引を致しましょう。」
「取引ですか?」
「そうです。王族としての、正式な取引です。」
「伺いましょう。」
2人は場を移し、ソファに向かい合って座った。
「我国には、万能毒消しがあります。とは言うものの、とても高い価値のあるものです。」
「そのような物が。」
アーロンはゴクリと唾を飲み込んだ。まさかそれ程の物があるとは思わなかった。
「そして、貴国の北の地でも育てられる作物の苗もあります。」
「……。北の地で、ですか?」
「そうです。育てやすく、美味しい作物で、順調に行けば、貴国の良い特産品にもなるでしょう。」
「それで、この国は、何を求められるのでしょうか?」
「貴国のガース鉱山とその周辺の土地の権利を。」
アーロンは、ラリエットの提案に声を飲んだ。コルニエ王国にとって、ガース鉱山が価値があると思われているのは、当然の事だ。しかし、あれはもうすぐ枯れてしまう。枯れた時、どんな問題が起こるか……。
「あの鉱山はもう終わりです。しかし、全く価値がない訳では無い。」
ラリエットが静かに言葉を繋いだ。
「とても良い可能性があるようです。宜しければ、共同開発でも構いません。いかがですか?」
何を提案されているのか分からないが、悪い話では無いのかもしれない。
共同開発に、北の土地で作る作物。
彼が望んだ毒消し以外に、こんなにも沢山の利益がもたらされて良いのだろうか?
アーロンには、ラリエットの狙いが掴めなかった。




