11.辺境伯領の成り立ち
「マクス?ガルロフではないのか?」
アイーダの声に、マクロスは苦笑いして答えた。
「こいつはマクスの名前を捨てたんだそうです。それで、今はガルロフと名乗っているそうですが、俺から見れば、まだまだ踏ん切りの付けられない、マクスですよ。」
「どうして名前を?」
「大切な人が死んだんです。守れなかったと愚痴ばかりで。その人の方が、うんと強いのに、何を言ってるんだって感じですよ。」
「マクロス、うるさいぞ。」
アイーダの胸が高鳴る。この気持ちはアイーダのでは無い。レイラの気持ちだ。
「大切な人とは、家族か?」
「相変わらず鈍いですね、お嬢様。そろそろ、そういう話も分かるようにならないと。愛する相手ですよ。」
ガルロフは、マクロスに好き放題に喋らせながら、アイーダの様子を伺っていた。
─たとえ、生まれ変わりだとしても、記憶はないだろうにな。俺は何を期待しているんだろうか。
今は年も立場も離れすぎているし、昔に戻れる訳じゃない。それでも、ガルロフは、もし、アイーダが、レイラの生まれ変わりで、自分の事を覚えていてくれたらと、一抹の期待を抱いていた。
ガルロフは、レイラを愛していた。その自分に別れも告げずに去ったレイラは、ほんの少しでも、その最期に、自分の事を思ってくれたのか。
それだけが知りたかった。
「そうか。その人を愛していたのか。それで、名前を……。」
「その名前を呼ぶのは、レイラだけで良い。だからマクロス、お前はちゃんとガルロフと呼べ。」
─あぁ、本当に気持ちをくれていたんだな。お前が今も生きていてくれて良かった。
「そういえば、マクロスは、どうしてお嬢様と知り合いなんだ?」
「ん?俺はこの領の領民だから。」
「いつ?」
「お前に会った頃里を捨てて、暫く彷ってから、ここに居着いたんだ。この領は太っ腹でな、俺達のような移民を進んで受け入れてくれる。お前、里に遊びに来いよ。皆元気にしてるぞ。」
「皆?元気なのか?あの里は……。」
「お前、あそこに行ったのか?すまん。誤解させただろう?」
「皆、死んだと思った。」
「まあ、そう見えるように仕組んだんだがな。」
「どうして……。」
マクロスは言いにくそうに口を閉ざした。
アイーダは、それを悟ったのか、立ち上がり、
「茸は、明日にしよう。私は、馬を走らせてくる。」
と、告げて、部屋を出ていった。
******
アイーダは、彼らが里を捨てた事は知っていた。
彼らと出会ったのは、2年前。さっきの話では、あの隠れ里を捨てたのは、8年程前らしい。
それから何年彷ったのか、山遊びをしている時に見つけた彼らは、身を寄せ合うように隠れ住んでいた。
******
元々荒れ果てた辺境伯領は、ろくに畑もなく、起伏の激しい土地だった。更に大きく蛇行する川は、毎年氾濫を起こし、土地を水浸しにする。
王宮からの辺境警護として与えられる金だけで、暮らしているような領地だった。
それが150年程前、当時の辺境伯が川の蛇行を治す、大規模な治水工事を開始した。100年かかって川は、緩やかに流れ、土地を荒らした川は、土地に実りをもたらす川に変貌した。
この国には、昔から生まれ変わりが多く産まれる。その中には、アイーダのように前世の記憶を持つものがいた。
そして、その中のほんの僅かな人間がこう呼ばれた。
【落ち人】
彼らの持つ前世の記憶は、この地には無い知識に満ちていて、その知識は、周りに様々な変化をもたらした。
治水工事を始めた辺境伯も、落ち人だったと言われている。彼は川の測量の仕方、橋のかけ方など、考えもつかない知識を披露し、自分の代で工事が終わらない事を見通し、完成までの完璧なマニュアルを遺していった。
アイーダは、ハザードも、もしかしたら落ち人なのではないかと思っている。彼らは自分が落ち人だとは決して口外しないし、周りも問い質したりしない。ただ、落ち人に気づけば、ただ優しくするだけだ。
落ち人は、皆、何故か孤独を胸の内に抱えているから。
治水工事が終わっても、辺境伯領は貧しかった。土地の開墾が進んでいなかったからだ。
治水工事は、移民の奴隷を使って行われた。
そこで、当時の辺境伯は、治水工事完了の祝いとして、奴隷を解放し、領民とすると発表した。更に、土地を開墾したものには、その土地の権利を与えた。
自分が育てた作物は税さえ払えば、全て自分の好きにできる。最初に必要な道具は辺境伯から貸し与えられ、元奴隷達は、喜んで開墾を進めた。但し、一家に与えられる土地の広さには上限を設けられたので、土地争いには結びつかなかった。
畑が広がれば、用水を作り、更に子孫が土地を広げる。
この領地の民は殆どが移民だった。豊かに育ち始めた領地に他の土地から人が来るようになったのは、30年程前から。
徐々に街ができ、市場がたった。
そんな領地なので、移民に対する偏見は殆どない。
ただ、最初の元奴隷に与えられた開墾の褒美は、生活の安定と共に忘れ去られていった。




