10.レイラの面影
ガルロフは、アーロンと話をした翌日には、コルニエ王国を後にした。
ギルドマスターを副マスターに譲り、身軽になった彼は、単身ユラニア王国に、そして、辺境伯領に向かった。
その前に令嬢のアイーダと、レイラに繋がりがないかも調べあげた。
そして、初めて、里が滅んでいた事を知った。あの里には、もう誰もいなかったのだ。
どうしてもっと早く帰らなかったのかと後悔した。
行き場を失った気持ちで、ガルロフはユラニアに向かった。今の彼にとっては、あの瞳だけが気になって、仕方がない。
もう一度見たい、と、思った。
ガルロフは、堂々と辺境伯の屋敷を訪ねる事にした。手土産には酒と焼き菓子を用意した。
「やぁ、熊殺し。もう来ないかと思ったよ。」
「お嬢様に顔を出せと言われて、無碍にはできないだろう。」
「よく来た。父上にも会って欲しい。」
誘われるままに屋敷の中を進み、執事に手土産を渡した。辺境伯の屋敷は華美さはなく質実剛健の雰囲気がある。それでも、女性の細やかな気遣いが感じられ、夫人の人となりが透けて見える。
「父上、先日の熊殺しが来ました。」
「おお、よく来られた。」
ガルロフは、平民っぽく頭を下げた。
「ガルロフと申します。あちこち旅をして暮らしています。」
「旅を。もしや流れの傭兵か?」
「たまには傭兵をする事もあります。」
「そうだろうな。立派な体躯だ。ユラニアにはゆっくりされるご予定か?」
「まだ決めておりません。」
「ぜひゆっくりしていってくれ。」
あまりの警戒心の無さに、ガルロフの方がしり込みをしてしまう。
「私のような流れ物は不審ではないのですか?」
「娘がいいと言うならば大丈夫。もし、あなたが当家やこの国に悪意ある行動を取ろうとすれば、首と胴は離れ離れになるだろうな。」
「わかりました。」
辺境伯ドリストは、笑顔でウンウンと頷いた。
─俺など簡単に倒せる自信があると言うことか。
アイーダは、先日の狩猟着とは違い、今日はドレス姿だ。まだ年若く、大人の女には少し届かないが、後2~3年もすれば、誰もが振り返らずにはいられない美貌になるだろう。
レイラも美人だった。普段はきつい顔なのに、時折、とても優しい顔になる。
そして、あの男には、甘やかな顔を向けていた。
やはりこの少女を見ていると、レイラを思い出してしまう。
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間近で見れば、ガルロフと名乗る男は、やはりマクスとよく似ていた。歳も近い。
何か良い事でもあったのか、先日よりも殺伐とした感じが無くなったせいだろうか。
この世に再び生を受けて、アイーダは、隠れ里の現状を調べた事がある。
あの戦いで戦力になる者たちが全て失われ、コルニエ王国の影から姿を消した。
今、影を務めるのは、別の者たちだ。
年寄りと子どもばかりになった里は、今は別の道を辿っている。
あの里は、年寄り子どもには、厳しい場所だ。彼らは里を捨て、このユラニアに向かった。そして、苦労の末、ユラニアに住み着いたのだ。
それも、この辺境伯領に。
彼らは知らずにとった行動だったが、アイーダは嬉しかった。今度こそ里のものを守れると思ったからだ。
もちろん彼らには何も告げていない。領主の娘として接している。
それでも年々子どもは大きく育ち、あの当時子どもだった者も、伴侶を得、家庭を築いている。
中には今度できる研究棟への参加を、夢見ているものもいるそうだ。
年月の速さを思うも、今の年齢を考えれば、あまりに年寄り臭い考え方をしていると、可笑しくなる。
ガルロフが辺境伯の屋敷に宿泊を勧められ、泊まった翌朝、元里の者が屋敷に顔を出した。
マクロスと言う、マクスの昔馴染みだった。
「おはようございます!お嬢様、マクロスがまいりました。」
相変わらずの大声だ。今日は何を届けにきたのだろう?
「おはよう。マクロス。今朝は何を持ってきたんだ?」
「白狼茸です。偶然見かけたので、一株持ってきました。今からご一緒しませんか?」
「どれ、見せて。これは立派だな。」
既に取り尽くされたと言われる茸で、高い薬効がある。前から探していたものだった。
「すぐ、行こう!その前に一緒に朝食を食べないか?」
「もちろん食べますよ。」
辺境伯の屋敷は、貴族も平民も関係ない。役立たずは弾き出すし、役に立つなら、貧民でも接待する。
かつて、レイラの見た夢のような場所だ。
食堂では、辺境伯とガルロフが、話しながら、食事をしていた。旅先の話がたいそう気に入ったようで、辺境伯は昨夜から彼を独り占めしている。
そこに現れたマクロスを見て、ガルロフの顔色が変わった。彼の顔を見忘れるはずがない。彼に最後に会ったのは、8年前。偶然の再会だった。挨拶だけで別れてしまい、その後、里の消滅と共に会えなくなっていた幼なじみ。
「マクロス?」
「マクスか?」
─やはり、マクスだったのか……。
思いは口には出せないが、アイーダはマクスをじっと見つめた。




