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ある騎士の2度目の恋  作者: ダイフク
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1.ある騎士の死

お読み頂きありがとうございます。

タイトルの割には、中々恋に進みません。すみません。



目の前に蛍が飛んでゆく。

ずぶ濡れの体を必死に水から引き上げたが、もう残された時間はほとんどないだろう。首にかけた笛を吹くと暗闇の中コウモリが飛んできた。


その足に隠しから取り出したものを震える手で結びつける。

それが最後で、力を失った手は力なく水の上に落ちた。


最後までお仕え出来なくてすみません。私はずっとあなたにお仕えしたかった。

ずっとお慕いしておりました。もう二度とお目にかかれないのが、私の最後の未練です。


しかし、意識が亡くなるその時に浮かんだのは、怒った顔で涙を流す、弟のような少年の顔だった。



******


その日、最も優秀な影の騎士と連絡が取れなくなった。


この国に反乱を起こす為に必要な最後の一手。

危険なその証拠を取りに行かせたのは自分だ。彼女でなくてはできないと思っていたが、彼女ならばやり遂げてくれると信じている。


未だ連絡の無い彼女から、何らかの連絡があると信じ、その夜は眠ることもできずに、ベランダに夜空を見上げた。

その夜は月も星も見えない日で、それが更に不安を煽るようだ。


暗い空から黒い生き物が飛んできたのは、そんな時だ。


「来たか。」


それは待ち望んだ知らせだった。

しかし、それ以上に知りたくない知らせだった。


口の中で小さく別れを告げた。



******


3年がかりの反乱が成功したその日、喜びに湧く仲間の中にあって、俺は一人悔し涙を流していた。


こんなクソのような国の為に、あの人がなぜ命を散らさなければいけなかったのか。

見つかった遺体には無数の傷があって、あの最後の便りが送れたとは思えなかった。


どれだけ痛くて苦しかっただろう。


俺はその日誰にも告げずこの国を捨てた。

あの人を捨てた国を俺は捨てるんだ。


殺したくて仕方がない、あの人が愛した男を視界に入れない為に。


******



大陸の北端にあるその国は、冬は雪に覆われる国だが、広い大地は肥沃で鉱山にも恵まれた豊かな国だった。


コルニエ王国。


現国王は、前国王の不正を暴き、前国王と共にその不正に関与していた第一王子を倒した庶子の第二王子だ。


15年前、隠し続けた不正の証拠を突きつけ、現国王と彼に従う若者達とで城を囲み、反乱を成功させた。

その際、王子は左手に大きな傷を負い、今でも麻痺が残っている。



満身創痍で始まったその治世は、苦労もあったが、今では民の暮らしも穏やかで、落ち着いたものとなっている。

王子の頃からの伴侶である王妃との間には、一人息子が生まれていた。反乱の荒波をも超えた父親似の息子は、今や父親の支えともなる優秀な王太子に育っている。



******


反乱が成功した日、一人の女性が一人の女の子を産んだ。

それは交わることの無い離れた国。大陸の南端にある小さな国の辺境伯の屋敷での事。


長年待ち望んだ初めての子ども。

お転婆な少女は、彼女を愛する両親と使用人達に大切に大切に育てられた。


そして、反乱から15年の歳月が流れた。


******


「お嬢様、もう屋敷に戻りましょう。」


馬上で息も絶え絶えに前を行く馬に声をかけるのは、今年入ったばかりの騎士だ。


「何をいってるの。そんなにひ弱ではこの領地の騎士は務まらないわ。頑張りなさい。」

「で、でも、もうすぐ雨が振ります。」

「大丈夫。もう少し行ったところに小屋があるから。今から引き返しても濡れてしまうわよ。」


流れる黒髪に深い紫色の瞳の子どもは、少女だろうか。少年のような出で立ちだが、その声は小鳥の囀りのように軽やかだ。


新米騎士は遅れそうになる馬を必死に走らせて追いかける。確かにお嬢様が言う通り、前方に小屋が見えてきた。あそこならあと少しでつけるだろう。



2人が小屋について馬を縛っている間に雨が降り始めた。


「ギリギリでしたね。お嬢様。」

「そうね。早く小屋に入りましょう。」


この小屋は辺境伯の狩り用の小屋で、日頃はあまり使われていないが、雨風を凌ぐのは問題ない。少しばかりの保存食も常備している。


キィっと扉を開けると、中に人の気配があった。


「誰だ!」


新人騎士のマルロウが辺境伯息女のアイーダを背に守り、侵入者に剣を向ける。


「やめなさいマルロウ。怪我人だわ。」


マルロウを横に押しやり、アイーダは前に進んだ。

中にいるのは、目深にケープを被った人物で、血の匂いからかなりの傷だと思われる。突然剣を向けられたのに身構える気配がない。


─余程の手練だろうか?


「突然剣を向けてすまなかったわね。小屋に傷薬があるの。手当をさせてもらってもいいかしら?」


その言葉に、相手は驚いたように顔を上げた。顔色は悪いが顔立ちの整った男だった。30ぐらいだろうか。

その男の空色の瞳と、彼女の紫色の瞳が交差した瞬間、男が弾かれたように立ち上がり、そのままぐらりと体を揺らしてその場にくずおれた。


「大丈夫なの?マルロウ、薬!」

「あ、はい。」


近くで見れば、男の肩から腰にかけて獣に襲われたような傷があった。薬箱の中から消毒薬を取り出して傷口に振りかけると、男が苦痛に呻く。


「お、お嬢様、乱暴です。」

「煩い!軟膏と包帯!」

「はい。」


アイーダは呻き声を気にすること無く薬を塗り、包帯を巻く。


「お嬢様、上手ですね。」

「器用なのよ。今知ったの?」


包帯を巻き終えて、男を横たえると、腰の水筒を男の口に近づけた。


「水よ。飲みなさい。」


これがアイーダと、ガルロフの出会いだった。


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