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2話「飯作りも楽ではない」

 

「はぁ、はぁ……ただいま…」


 荒らげた息を上げながら玲夜は階段を駆け上がり、二階まで来た所で自分達の部屋へと向かって全速力で走る。その時の走りっぷりは凄まじいもので100m走を全力で走るのと大差ない程のスピードでアパートの二階に駆け上がると同時に、玲夜は荒い息を吐きながら部屋の前へと辿り着いた。

 心臓の鼓動は絶え間なくドクドクとどんどん速くなっていき、額からは運動した後の様にして汗が垂れていた。案の定、全力で家まで走ったせいで疲労感は体中を駆け巡っていた。体は熱を発して熱くなり、汗が体から垂れる。可能なら今すぐにでも横になって休みたい気分になった。

 しかしその前にさっさと晩飯を彼女達に作ってやらなければならなかったので、玲夜は左腕を使って額や顬から零れる汗を乱暴に拭い取り、少しだけ呼吸を整えて呼吸を安定させると、部屋の鍵を使って施錠された扉を開き、部屋の中へと戻った。


「おーい、お前ら帰ったぞ」


 玲夜の一言に反応する言葉は普通にあった。誰も迎えてくれないかの様な悲しく、冷たい様な現実では泣く誰かが自分を待っていてくれると言う温かい現実であった。

 何故なら目の前でまるで自分の帰りを待ち侘びていたかの様にして、一人の少女が自分の前に立っていたのだった。

 銀色の髪、非常に整った顔立ち、頭頂部から二つ生えた狼や狐を彷彿とさせるモッフモフなケモ耳、豊満で揉みたくなる二つの大きな胸、尾てい骨辺りから生え、下に下がっている触り心地の良さげな尻尾、自分がよく知る女性は自分が帰ってくるや否や、すぐさま自分に声をかけてくれた。

 一人で外出して、帰ってきた時にはいつも言われている事だが玲夜にとっては、孤独だったあの時と比べて、自らを待つ人がいると言う事に玲夜は大きな嬉しさを感じていた。


「ただいま、椿」


「あぁ、おかえり玲夜」


 彼女の名前は「霧矢椿」訳あって昔から自分と共に暮らすと同時に共に私設組織で戦う大切な仲間であり恋人の一人だった。若干獣の様な所があるがそれはご愛嬌の様なモノだ。何も問題もないと玲夜は感じていた。

 玲夜にとっては一番手放したくはない存在でありずっとずっと一緒、自分の傍を離れないでほしい存在であったのだった。椿の微笑ましく、彼の事を大切に思う様な美しい笑顔に、玲夜はその笑顔に答える様にして疲れの姿を隠しながらも、自分も笑顔で「ただいま」と椿に答えると同時にいつも通りの日課に移った。


「んっ♡」


「んむっ…つ、ばき♡」


 行ってらっしゃい、行ってきますのキス、ただいま、おかえりのキス。玲夜と椿はこれを日常的に行っていた。最近になっては忘れる事はなく欠かさず行う様な行為となっていた。夜の時も忘れずに行っているが、最近はすぐに互いの唇を重ねてねっとりと互いの唇と下の感触を味わう様になってしまっていた。いつもの事のはずなのに、自然と二人は頬を赤らめ、まるで初めてのキスの様にして口付けを続けてしまった。

 帰って鍵を使って扉を開け、互いに見つめ合った後すぐさま彼女のピンク色で奪い取ってしまいたい様に綺麗で自分だけの物である椿の唇を奪い取り、暫く互いに口付けの幸せの喜びに浸る。

 無論ただのキスで終わる事は一切なく、すぐさま互いの舌を絡み合わせてより深く互いの気持ちを伝えようとする。


「……ふぁ、れい…やぁ♡んむっ♡」


「おま、え……の、舌…やわら…け♡」


 ちゅ、くちゅと互いに聞こえる程度の淫乱な水音が鳴り、二人は互いに濃く温かく柔らかい舌を絡ませ合う。気が付けばいつもの日課であったはずのキスは徐々にエスカレートしていき、玲夜は手に持っていたはずの買い物バックを床に落とし、椿の体を抱き寄せ、椿も彼の引き締まった肉体を抱き締めて離そうとしなかった。獣の強い力の様にして彼女の抱き締める力は強い。今更引き離す事なんて出来そうになかった。


「お腹…減った……ご飯まだ…なの?」


 椿と夢中になって舌を絡ませ合いながらディープキスを続ける二人であったが、後ろからのやる気がなさそうで、途切れ途切れになっていて変にだるそうな声で二人はふと我に変える。互いにディープキスに夢中になり過ぎて周りの事が全く見えていない様であった。椿の後ろから聞こえた声で二人は互いに抱き寄せていた手を離し、分かっていながらも多少照れる様にして頬を赤らめてしまった。

 いつもの事だ、夢中でキスをしていたら後ろの方からもう一人の同居人の声が聞こえてくる。夢中になり過ぎて気付かない事が多々あるので、少し申し訳ない様に思っていた。


「あ、あぁすまん。今作るよ「S(シス)」」


 椿の後ろに立っていたのは涼しそうなパーカーにショートパンツと言うファッションでまだ眠そうな目をスリスリと擦り、欠伸をしながら、少し乱れた髪で玲夜と椿を見つめる無表情に近い女性であった。

 彼女の名前は「S(シス)」英語のSと書いてシスと読む。カッコつけてるとかは言われたくない。だってこれが名前なんだからしょうがない。そして彼女もまた色々厄介絡みな事情の上、玲夜達と共に暮らしている女性だ。

 別に厄介者だとは一切思っていない。彼女もまた椿に並んで美しい女性だ。撫でたくなる赤金(ストロベリーゴールド)の少し短めの髪(少ししたら伸びそう?)椿に比べると少し小柄な体、椿程ではないもののたわわな胸、冷たいけどそれがどこか良いと言うギャップ。可愛い、美しいの言葉しか出てこない。共に屋根の下で過ごして時間はかなり経つが、それでも未だに可愛いを言い続けられる様な気がした。


「ふーん……と言うか…おかえり、玲夜。今日のご飯……何?」


「今日は鶏肉と卵が安く買えたから、親子丼にするよ」


「お、お肉?」


「美味しそう……じゅるり」


「居間でテレビでも見て待ってろ。今作るから」


 椿とSはヨダレを垂らしそうな雰囲気で玲夜の事を見つめた。美味しい料理を食べられる事を胸に、二人は一足先に居間へと向かう。玲夜は二人とは別に親子丼を作る為にキッチンの方へと向かっていった。

 そして居間に辿り着くと床に引かれた座布団の上に座りながら、二人は四人程で囲める丸い机とテレビとそれを置く為の台しかない居間に寝転がりながらテレビを見始めた。

 この時間帯でやっているのは基本的には大体ニュースなので、椿とSはテレビを見るついでに二人で雑談を始めた。


「さっきの椿、尻尾フリフリしてたね…何か…可愛い、かった」


「嬉しくなると、つい動くんだよ。仕方ないだろ?」


 どうやらSは先程の行為を見ていた様であった。確かに椿の獣の様な尻尾は、嬉しい出来事や喜びの感情を受け取ると動物の様にして無意識に動く事はある。Sは二人が夢中になってキスをしている間こっそりとフリフリと左右に揺れる椿の尻尾の事を、じぃぃ―――と観察していた様であった。

 フリフリと動いている所を見られていた事で少しだけ恥ずかしかったのか、椿はSに対して少しだけ頬を赤くし、照れるかの様な表情を見せた。


「何で恥ずかしがってるの?」


「……き、聞かないでよ…!」


 結局その後は暫くの間、二人で雑談を続ける事となった。正直会話の内容は他愛もない様な小さな会話であった。


 ◇◇


「おーい、出来たぞ~」


 その言葉に椿とSはすぐさま声が聞こえた方向をくるっと素早い速度で振り向いた。後ろには緑色のエプロンを身に付け、親子丼を作った玲夜の姿があった。爽やかな雰囲気を醸し出す玲夜の作り上げた親子丼は非常に素晴らしい見た目をしていた。卵と鶏肉の良いバランスと炊きたての米を使った事により見栄えは最高の一言であった。


「玲夜!美味しそう!」


「じゅるり、早く食べたい」


「おいおい、焦るなって。納豆とリンゴもあるからさ、落ち着いて食おうぜ?」


 そう言うと、丸い机の上に玲夜は親子丼を三人分置き、キッチンの横に設置された冷蔵庫からパック式の納豆を取り出し、椿とSに手渡した。そして玲夜本人は包丁を使ってリンゴを食べやすいサイズに素早く切り、皿に盛り付けると彼女達が待つ居間へと向かった。

 今日のメニューはメインが親子丼、更には納豆とリンゴも付けた感じのメニューであった。椿もSもその出来栄えの高さに目を光らせ、早く食べたいと言う思いで一杯であった。


「いただきます!」


「いただきま~す」


 玲夜が床に座る前には既に、もうSは食事に手を付けていた。それは椿も同じく。しかし別に咎める気なんて一切ないし食べたい時に食べれば良いと玲夜は思っていたので、気に止める様な事はしなかった。玲夜は冷蔵庫の中にあるポッドから三人分の水をコップに入れると机の上に置き、自分も食事を始める事にした。


「うん、美味いな…」


「美味しい!やっぱり玲夜の作るご飯、美味しい!」


「これなら……幾ら…でも食べら…れる。パクっ」


 味は相変わらず好評の様であった。美味いのなら個人的には嬉しい限りであった。今のこの日常は玲夜にとっては大きな幸せであった。椿とSと戦わずに平和な日常を過ごす事が出来る。

 偽りの平和なんて嫌いと先程まで言っていた自分の事なんてそこにはもう存在しておらず、そんな事はもう忘れていた。彼女達と平和にそして一秒でも長く共に過ごす事が出来る。小さくない大きい幸せである様に玲夜は感じていた。壊れないでほしい、その一心だけが玲夜の心の中に残った。いつの日か訪れる終焉を忘れる気持ちで三人での食事を楽しんでいた。いつの日か崩れるのだろうか……。

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