10話「接触」
きっかけは昨日の深き夜の時、それは深夜の事であった。椿との夜の営みを済ませて彼女の裸体を抱きながら眠る。本来なら済ませた後は静かな夜に包まれながら眠るのが普通であろう。
しかし毎度毎度悪夢に魘されて何度目を閉じて素直に眠ろうにも魘された挙句、結局は眠れない日々を送っていた玲夜は、今回もいつもの事ではあったが、その日も思う様に眠る事は出来ず、夜中の深夜二時ぐらいにまたしても目を覚ましてしまった。
そして玲夜が目を覚ました時、彼は無意識のままにも布団の近くに捨てられたかの様にして置かれていた自分が使っていたスマートフォンを手に取る。気が付けばスマホを手に取り、電源を入れて使っている、最早これは今の社会においては普通の事になっているのかもしれないと玲夜は感じた。それは彼も同じ事、スマホは一日中ずっと触っている訳ではなかったのだが、彼もまた無意識のままに触っている事があった。
今回もまた無意識のままに手に取り、液晶画面を開いた。別にメッセージが来ているとかゲームをするだとか、誰かに電話をする訳でもないが画面を開いた。
(通知は………ん?)
何も連絡や通知は無いだろうと思った。こんな夜中に自分に連絡をしてくる人もいないだろうし誰もいないだろうと感じた、しかしそれは間違いであった。
ボイスメッセージと思われるメールが通知欄に送られて来ていたのだった。送られて来た時間は今から約二十分前、まだ玲夜自身は眠っていた時間に送られていたのだろう。
普通なら、気にも止めないが玲夜は今眠る事も出来なかったので、玲夜は僅かに心の中に浮かぶ好奇心と眠れぬ事に対する暇潰しの為にも玲夜は真っ暗な部屋の中でスマホの液晶画面を指で突き、匿名で自分宛に送られてきたボイスメッセージを開いた。
誰から送られてきたのかは分からない。送ってきた奴は匿名で送ってきている為、誰が送ってきたのかは本当に分からなかった。しかし送られてきたボイスメッセージには確かに声があった。真っ暗で静寂に包まれる部屋の中で玲夜は敷布団の上に楽な姿勢で座りながら、耳を澄ました。
「明日……今から送る場所に、来い……来る人数は問わん」
声には加工が施されていた。声の主が男なのかそれとも女なのかは検討が付かない。そしてボイスメッセージを開いたと同時にまたしても自分宛にメールが送られて来ていた。
ボイスメッセージの中に込められていた「今から送る場所」今またしても自分に送られてきたメッセージにその場所が記されているのだろうと玲夜は察知した。
「ったく…イタズラ……?ではないな」
一つだけ玲夜には分かった事があった。少なくともこれはただの悪戯ではないと言う事だ。まず第一に玲夜が知る人物の中にこの様な悪戯を仕掛けてくる者はいない。
もしくは何処かの馬鹿が見境なしにこんな馬鹿げた様なメールとボイスメッセージを送っている可能性も否定は出来ないが、残念だがその線を肯定するのは難しい事だった。やはり何者かが意図した行為だろうと感じた。
そしてボイスメッセージの連絡に続いて、もう一つ連絡が自らのスマホに送られてきた。恐らくその連絡は来るべき場所が記された地図の画像であろう。案の定、ボイスメッセージの後に送られてきたもう一つの画像、それを玲夜が目を通した所それはまず間違いなく地図の画像であったのだった。その地図は、玲夜達が住まうこの第二区の地図であり、送り主が来てほしいと指定された場所にはピンが刺されていたのであった。 どうやら、このピンが刺されている場所に送り主は来てほしい様であった。
あまり気は乗らなかった。罠な気しかしない。どの角度から見ても狡猾で卑怯な罠としか思えない。だが本能的に何か感じる。誰だろうか、誰がこれを送り付けてきたのか。
分からないが、玲夜は不自然な程に違和感を覚えていた。この胸の謎めいた胸騒ぎ、奇妙としか言い様がなかった。そしてそれと同時に謎の好奇心も湧き上がる。
過去の不幸な宿縁か、玲夜はそう心の中で一言呟く。過去を消す事は不可能であり、変えられる未来とは違って覆す事は出来ない。鈍い頭痛が彼を襲った。
◇◇
「ここか……」
玲夜は無表情に近い表情を見せながらも、眉をひそめる。何も無い、誰もいない、静寂に包まれた静かな世界、周りにはそれしかない。
例の場所へと招かれた玲夜は左ポケットに手を入れながら指定されていた場所に自力で辿り着き、周囲の観察を始めた。周囲には何も存在していない、生命体や人の気配は一切なかった。
玲夜はまるで、静寂に包まれ、廃れて寂れてしまったゴーストタウンの一角に一人意味もなく佇んでいるかの様な気分になった。玲夜自身が何者かによって指定されて来た場所は自分達が住まう第二区の外れの様な場所であった。
経済的、技術的にも以前よりは強く発展も遂げ、人々は偽りの平和に塗れながらも平和に暮らしており、透き通っている様で美しいこの第二区だが何処の場所にも露見していないかの様な闇は存在している。それがこの「第二区‐北」と呼ばれている方面だ。他の方面に住まう人々はこの場所には近寄ろうとはしない。近付く事はまるで汚染地区とも呼ばれる外区に赴く程までに危険視されている程だった。
じゃあ、何故この第二区‐北がこの様に呼ばれているのか理由は明白であり簡単な事であった。まずこの北の方面は言ってしまえば治安は悪い。
マフィアであるTEAM5の連中が巣食っていると言う情報もあり、他にも犯罪者達が潜んでいると言う情報もある。更には薬物や麻薬の密売、違法的に入手、軍から流れた武器や兵器の売買、更には売春やゴロツキ共専用の娼館まであるって話だった。この今も尚育ち続け、未来的な世界が広がる第二区とは程遠い様な世界、まるで別世界だ。誰も寄らない為か北方向の境界線は仕切られており、国の連中の仕業ではないだろうが、まるで隔離するかの様にして境界線近くには錆び付いたフェンスや有刺鉄線が張り巡らせている。別に立ち入り禁止と言う訳ではないので、出入りするのは自由だが基本的に普通に今を暮らしている人は入らないだろう。
そしてここに住まう人々も低所得層であったり、聞く気にもならない様な、何かしらの事情を抱えた様な人達、更には犯罪者や狂的思想等を持つ者が集う場所。一見すれば誰だって目を背けたくなる様な世界であった。
それなら警察や軍が一斉に検挙すると言う案もあるが、それが出来たら苦労はしない。今だって世界はリジェネレイトの侵攻を絶え間なく受け続けている。人類は今もリジェネレイトと戦っていると言うのに、今から同士討ちを始めた所でどうにもならない。結局は身内で数を減らす愚行になる事だった。
更にはここにある兵器の総数だって誰も知らないだろう。その気になればこの北方面に潜む者達が全てを滅ぼす事だって出来るかもしれない、ここにはありとあらゆる兵器やジャンク品が眠る宝の宝庫の様な場所でもある。結局は国はこちらが滅ぼされる事や人員が減る事を強く恐れていた。
いつまたリジェネレイトがこの世界を滅茶苦茶に破壊し尽くすか分からない状況、全滅が怖い国側は何も出来ずにいた。その結果放置され続けて今の「第二区‐北」があると言う事だ。
「呼び掛けに応じて来た。もし、居るのなら姿を見せてほしい」
そして玲夜は誰も存在しない空間の中で一人声を出した。左手はポケットに手を入れたままであったが右手は拳を強く握り締める。
玲夜は周囲に瞬きすらしない勢いで目を凝らす。口を閉じながら、可能から腰のホルスターに収納されたグロッグ17を構えておきたい所だが、視覚外から攻撃されて殺られてしまったら意味がないので今はまだ携行武器を手に取る事はしなかった。
「おやおや、まさか本当に来てくれるなんて……」
「なっ!?」
先日何処かで聞いたかの様な声が聞こえた。少し低めの男の声、何処か低く感じるがまだしも高く感じる。聞くだけでも十分にその声は綺麗だと思えた。
「罠と分からんかったんやろか?……ま、罠じゃないけどな」
この二人の声は聞き覚えがある。軽快な口調に何処か方言が混じっているかの様な話し方。
先程までは、一切気配は感じなかった。本の刹那、後ろに気配を感じた玲夜は神速とも思える程のスピードで腰のホルスターに収納されたグロッグ17に手を伸ばし、引き抜くとまではいかないもののグリップに手を伸ばしそのまま掴む。足を開きながら立ち、踏ん張る様にして力を入れながら気配がした方向を見る。
先まで玲夜は周りには誰もおらず、この場に立つのは自分だけだろうと完全に思い込んでいた。相手は気配を間違いなく殺していたのだろう。短時間でここに辿り着いたとは考えにくい。
そして後ろを玲夜は振り向いた瞬間だった。玲夜の心が恐怖に包まれそうになる。思わず歯噛みし、手からは手汗が僅かに漏れ、一瞬だけ地震の様にして震えた。
「ち、TEAM5……それも、まさか全員とは…」
正面に立つのは先日の作戦会議にて襲撃を行った黒き黒衣を纏う謎の存在であるAssassinの姿がそこにはあった。先日の時と同じ様に黒衣で全身を覆い隠し、露出する右手には大型のコンバットナイフが握られていた。
「もぅ、戦いに来たんじゃないのに、そんな怖い顔しないでよ!」
「ウィ…「Witch」まで…」
黒衣を纏うAssassinの後ろの影から現れたのはその影を潰してしまう程に明るい光の様であった。時間はまだ朝方だと言うのにその場はどんよりと沈む様にして暗く、まるで夜と錯覚してしまう程に暗い場所ではあったが、目の前に立つ女はその影や闇を打ち消してしまう様であった。
目の前に立つ靡く濃い金髪のロングヘアに見た者を異性同性関わらずに意図も簡単に虜にしてしまいそうな美貌と肉体を持つ女の名前は「Witch」TEAM5の一人であり、Assassin達と同じく危険視されている存在だ。力には未知数な所が多く、戦闘スタイルも分析されていない為何をしてくるか分からなかった。そしてあの豊満過ぎる肉体には自然と目が行きそうで嫌な気分になる。胸は椿と双璧を成す程に大きく、尻も安産型と言ってやりたいぐらいに良い形をしていた。それで腹回りは細く、まるでモデルの様な姿をしていた。今まで結構の女を抱いてきたから、今更ハニートラップに引っかかる様な事はないだろうが、男として生きている以上どうにかならないのかと言ってやりたい気分になった。
「今はまだ休戦中…ピストルなんて物、捨ててくれないかな?」
今度は上から声が聞こえた。確かにここは空き家や廃れた建物達が所狭しと並んでいる。上に誰かいる可能性は十分にあったはずだった。だが玲夜は目の前の敵にばかり目が行ってしまい、上の方向に居る敵に気が付けなかった。玲夜はハッ、として上を見上げる。上には朽ち果てており、誰も住めなさそうではあったが鉄製のハシゴが設置されていた。それは地面に続く様にして作られており実際上に居る誰かも降りる気でいるのだろう。
「ア…「Archer」もかよ!」
美しくまるで白い鳥を象るかの様な白い髪にWitchとは対照的に若干短めの髪、仮にもハシゴに登っており、下には男がいると言うのにミニスカートを履き、チャック付きのフード付きパーカーを着用している。彼女もまたTEAM5の一人、改造が施された専用のコンパウンドボウを用いて遠距離からの狙撃を得意とする狙撃手「Archer」玲夜の上にはハシゴに掴まりながら、下に立つ玲夜を見つめる彼女の姿があった。そして目が合った事で、彼女は左手でハシゴに掴まりながら、右手で背中に背負っていたコンパウンドボウを握る。どうやら撃つ気満々らしい。
まだ死にたくはないのだが。
「若くて良い才能を持ってる奴ァ、オレ達からすりゃ宝……ここは一発話に乗ってくれねぇかぃ、少年?」
「ら、まさか「Lancer」までいるのか?」
今度は玲夜の背後から声が聞こえる。聞こえると同時に玲夜は後ろを首を捻って振り返る。少しばかり低く聞こえるが、恐らくこれは女性の声だ。声のトーン的にそう思える。多少低いが間違いはない。水色の侍風ポニーテールに長身で大柄、右手には身の丈すら上回る程に大きい槍、若干男顔だが男前美人と言いたい程に美しい美貌と肉体。その女の名は「Lancer」TEAM5の中で近接戦にのみ重点を置いた生粋の槍兵だ。槍の実力は最早異次元レベル、真正面から挑めば自分に勝ち目はないだろうと感じた、精々相手に出来るのは椿ぐらいだろう。
そして今玲夜は気が付いた。完全に退路は絶たれた。前にはAssassinとWitch上にはArcher後ろにはLancerといつの間にか移動していたSaberまでいる。完全に囲まれている。
玲夜はピストルから手を離した。抵抗は無駄と悟る。それと同時に死に対する恐怖も僅かながらではあるが生まれる。
(どう…潜り抜ける?)




