9話「悪夢とトラウマの一角」
悪い夢を見たくなかった。過去の因縁に縛られ、束縛されるかの様にして、悪夢に心を蝕まれるのはもう嫌で嫌で仕方のなかった。目を瞑り、深い眠りに誘われ、寝転がる自分の隣で温かく、熱を持ち柔らかい裸体の女を自らの手で抱いたまま眠る。自分の周りの環境にはには彼の心の傷を和らがせる存在は沢山の様にあった。自らが愛する者達を抱き、その柔肉を貪り、親友と呼べる様な程に信頼のある者と時を共に過ごし、切っても切れない友情がある者との時を楽しみ、殺しと傷付ける事により興奮を得る。しかしこんなやり方は個人的には好きにはなれなかった。現実から目を背けて、永遠に逃げに徹するのは嫌いではなかったが目を背けて逃げ続ける度に心の傷は更に抉られるかの様な、侵食される速度が上がるかの様な気持ちでいっぱいになりそうであった。
しかし今まで幾らでも変えられる、忘れられる、塗り替える事は出来たはずだった。しかしどれだけ求め、欲を言い、求めたい物を求めても傷が癒える事はなく、まるで毒が体を巡り続け体が汚染されていくかの様だった。何度も何度も塗り替えようとした、何回でも忘れようとした。
そして今夜だって苛まれるかの様な悪夢は見たくなかった。毎回夜の時になり、眠りに着けば見てしまう、無論だがゴチャゴチャな悪夢なんて見たくはなかった。だが、どれだけやっても悪夢から逃げ切り、振り切る事は出来る事はなかった。過去の不幸な因縁から振り切る事は出来ぬ様にして、一度脳裏に焼き付いた景色と言う名の光景と出来事は離れぬかの様に頭から離れる事はなかった。脳裏に焼き付いた出来事はもう何年も前の事になると言うのに、何かに憑かれているかの如く自らの頭から悪夢とトラウマが消える事はなかった。
今日の夜もまた悪夢を見た。いつもの様に高確率で玲夜は悪夢を見ていた、内容なんて思い出したくはない。想像するだけでも反吐が出そうな程に醜かった。口に出すなんて以ての外とも言えるぐらいだ。
「もう…朝か…」
気が付けば、玲夜は目を開いた。視線の先にはまだ若干暗い部屋の天井が見える。自分は裸体のまま布団に寝転がっていた。喉が僅かにだが乾いている様な気がし、どこか目が乾いてまだ眠い様な気もしてきた。寝起きなので当然だろう。逆に寝て起きてすぐに目がパッチリと開くなんて、自分にはとてもだが出来る様な事ではなかった。
そして部屋に設置してある時計の時刻は朝の六時前を示している。起きる時間的には一番良い時間だろう。
夜、椿と何回戦が行った後、どうやら玲夜と椿は眠ってしまっていた様だった。眠る前の怯えの後からそれ以降の記憶はあまりない。結局は眠った後なんて胸糞悪い悪夢を見ていた記憶しかなかった。
夢の記憶なんて暫くしてしまえば、全て忘れてしまう。悪夢の事なんて紙をグシャグシャに丸めて捨てる様な形で忘れてしまえば良い。そう玲夜は自分に言い聞かせた。
言い聞かせると同時に、玲夜はまだ隣で寝息を立てながら眠る椿を差し置きながら、下半身は座ったまま上半身だけを一旦起こすと体を大きく伸ばして、まだ眠い目を数回右手で軽く擦ると玲夜は立ち上がり、周囲に散乱している自分達の服と昨日使ったゴムを片付けると部屋の鍵を開け、そのまま台所へと向かって行った……
◇◇
部屋から抜け出す様にして出ると、歩く度にギシギシと響く音が僅かに聞こえる廊下を歩き、玲夜は少しだけふらついた様な足取りで台所へと向かう。
そして十数えるぐらい時間が流れると同時に玲夜は台所に辿り着いた。今からやる事は単純明快だ、お茶を一口飲んだ後に椿とSにお弁当を作る事だった。言わせてもらうが、椿かSとの夜の営みと学校がある日には二人に弁当を作る事と朝必ずお茶を飲むのは日課である為外せない事であった。
まずは朝必ず飲むお茶を注ぐ為、専用の湯呑みを玲夜は棚から取り出した。因みにだが使っている専用の湯呑みにはそれぞれ何かしらの言葉が綴られている。何が書かれているかはその時次第だ。
さて、今回の湯呑みには何が綴られているのであろうか。
「お、今回は…」
「勝ち負け気にする奴は馬鹿」と綴られていた。強く同感出来るし、こちらとしてはご最もであった。朝から囁かな幸せを実感出来た気がする玲夜は冷蔵庫に入れられたお茶ボトルを取り出した。
飲むお茶は、時に温かく、時に冷たいのである。そして玲夜は冷たいお茶を湯呑みに注ぐと一口で湯呑みに沢山注がれたお茶を飲み干した。朝であった事で喉が干上がってしまった池の様にして乾いており、喉の痛み僅かながらではあるが発生してしまっていたので玲夜の痛む喉は冷たいお茶によって潤された。朝のお茶の一杯は玲夜にとっては至福の様な事であり、束の間ではあるが心を落ち着かせた。
「ふぅ……弁当作るか…」
一杯のお茶を飲み干した玲夜はすぐさま次の作業に取り掛かった。次の作業は椿とSの弁当を作る事だった。言っておくが基本的に椿は料理が作れない。Sはある程度なら作る事が出来るのだが、基本的に彼女はおかずとかの食べ物ではなく、甘い物のスイーツ系列の料理しか作れない。
椿なんて酷いものだ。作らせた事があるが恐ろしいぐらい料理下手でマトモに料理を作れない。包丁の使い方すら覚えられないぐらいだ。
ヴァルヴァラに任せるのも手だが、彼女の料理も大概そんな変わらないので結果的に玲夜がこの家の料理担当を請け負っていると言う事だ。
言っておくが別に文句がある訳ではない、料理が嫌いな訳ではないし、過去に料理がを教わった事もあったので得意と言える程ではないが作れないと言う訳でもなかった。その結果、任されたのは玲夜になったと言う事だった。
◇◇
「ふあぁぁ~玲夜、おはよう」
「……おは…よう……まだ、眠い…」
「お―――起きたか?朝飯は作ってあるから食って行けよ」
寝起きの二人の声が聞こえた。二人はまだ寝起きだった為、まだ眠る時の為の服を着ていた。Sは普通に寝る時のパーカーを着ていたのだが椿は昨日は裸体で寝ていた為か朝からかなり刺激的な格好をしていた。下着と白色のシャツだけと言う何とも美しくも無防備な格好をしていた。体のラインはくっきりとシャツや下着越しにも浮き出ており、丸みを帯びた美しい尻の形も浮き出てしまっており、豊満な胸の先端のピンク色の乳首も形が浮き出ていた。玲夜は目が釘付けになりそうになり、目が離せなかった。男として普通だ、何も問題ない。
玲夜は作った弁当を布に包んだ後、更に二人の朝ごはんまで既に作り終えていた。作り終えるなり、私服に着替え、髪を整え、歯を磨き、携行している武器の調整を済ませるとテレビを付けながら、日差しが僅かに差し込む部屋の中で寛いでいた。
今日は普通に食パンを焼いてバターを塗り、プレーン味のヨーグルトと言うシンプルな朝食であった。
そして玲夜は二人が起きてきた事を確認すると立ち上がった。
「悪いが今日は急用がある、僕は行くから学校は歩いて行くか折り畳み式の自転車使って行け」
「え、玲夜?何処行くの?」
「椿の……エロボディをマジマジ見るの…恥ずかしくなったの?(小声)」
「悪いが急用は急用だ。すまんな…」
無表情に近く、心の奥に殺気を秘めた目をしながら、立ち上がった玲夜はそのまま床に置いていた薄い灰色のコートを手に取ると、袖に手を通し、そのまま着用する。そのまま後ろを振り返る事もなく、淡々としながら、椿やSを置いたまま部屋から去り「行ってきます」も言わないまま、何かを隠したかの様な背中を見せながら部屋から去ってしまった。椿とSは彼の背中をただ見つめる事しか出来ない。
何か言おうにも、彼の去るだけの姿を止める事は彼女達には出来なかった。止める勇気も出なかった。
気が付けば部屋から玲夜の姿はなく、その場にいるのは椿とSだけ、椿はこの事を割り切る。
「ねぇS、取り敢えずご飯食べようか?」
「うん…そうしよう」




