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7話「迫る決戦」

 

 午後のおやつの時間、今の時間は午後の四時程を示していた。玲夜はそれなりの大きさのある丸い机を椿とSの三人で囲みながら、それぞれ好きな甘い物を食べながらテレビを視聴していた。玲夜はてんさい糖入りのプレーン味クッキー、椿は隠しておいたビーフジャーキー、Sはのり塩味のポテトチップスを食べていた。

 少し前、玲夜はいつもの通り、椿とSが通っている学校までバイクで赴き彼女達を乗せて家へと戻った。帰り際に玲夜とSは店に寄って好きなお菓子を買って、家へと戻り家に着くなりテレビの電源を入れると、ニュースを見ながらおやつの時間を始めた。

 玲夜達三人はニュースの内容なんかよりも今食べている好物のお菓子の味の方が気になっていた。

 玲夜は今も昔も変わらずてんさい糖入りのクッキーが大好きだった。ホンワカとした甘い味にしっとりとしてして、甘過ぎず逆に甘くない訳でもない程良く甘い味、玲夜は飽きずに昔からよく口にしていた。勿論今もこの瞬間、玲夜は口に放り込んでいた。


「玲夜って本当にそのクッキー好きだよな?飽きないのかよ?」


「上手いモンは昔から変わらず。だから変わらない味はいつ何時でも上手いものなんだよ。てか、お前もビーフジャーキーいつも食ってるよな」


 ずっと同じ物を食べていた飽きないのか、と椿は口にビーフジャーキーを咥えながら玲夜に話す。椿は玲夜とは対照的に特別甘い物は好む性格ではなかった。逆に塩系の食べ物を好む傾向にあり、獣の因子が肉体に取り込まれている影響と言うべきなのか、肉類を強く好んで食していた。

 そして椿に似るかの様にして、Sも同様だった。彼女もまた椿と同じ様にして塩系の食べ物を好んでいた。しかし椿とは別に肉を特別好んでいたと言う訳ではなく、どちらかと言うとジャンクな食べ物を好む傾向にあった。言ってしまえばジャンクなお菓子やそう言った系の食べ物を強く好んでいる。いつも目を盗んでは食べている為、たまに止めている事があった。

 まぁ、Sと会った時期的にジャンクな食べ物を好きになってしまうのも仕方のない事なのかもしれないが…。


「のり塩……美味しい…」


「太るぞ~」


「私…機械だもん…」


 彼女の逃げにしか聞こえてこないセリフに玲夜は苦笑いを見せながら、逃げのセリフを発するSに話しかける。


「なぁS?こんな時だけその設定持ってくるのは……」


「美味しいもん……食べないのは……嫌」


「知ってたよ……そんな事…」


「アハハ、腹が減るってのも良い事だと思うぞ?」


 椿はビーフジャーキーをゴクンと飲み込むと、玲夜と同様に少し引き攣る様な苦笑いを見せ、場を和ませようとする。そして彼女に対するフォローに玲夜は何も言う事はしなかった。

 寧ろ何か彼女に対して言う必要性は全くと言って無いと感じられた。この膠着しているかの様な状況を更に和ませられる事はないのだろうか、と玲夜は悩む様な形で呟いた。

 誰かタイミング良くこの家に訪ねてきてくれないかなぁ?とか醜い理想に縋る。


(はぁ――誰かこのタイミングでインターホン押してくれないかなぁ?)


 所詮は下らない願いであった。もし神が居られると言うのなら、こんな願いが聞き入れられる訳がないだろうと玲夜は確信する。一度玲夜は椿とSを見て軽く溜め息を着くと、湯のみに入れていたお茶を一口飲んだ。

 因みにだが、この湯のみのには「プライド=アホが持ってる物」と書かれている特注品だ。昔から変なプライドを持っていたり、何かと勝ちにこだわり続ける奴は嫌いだった。スポーツに熱くなり過ぎてる奴とか一番嫌い、ついでにそう言う奴を否定してバカみたいに怒らせるのは大好きだ。他人が哀れに怒るのを見ているのは楽しいと思わないだろうか?


「お邪魔しま~す!」


 ガチャっ、と扉が開いた音がした。この時点で玲夜は誰が来たのか容易に想像出来てしまった。玄関の鍵は閉めておいた。しかしそれでも尚扉を開けて入って来たと言う事は、この部屋の合鍵を持っている人物だと言う事だ。

 そしてそれと同時に自分の願いが聞き入れられたのか?と思った。確かに玲夜は先程誰か来てくれないかな、と切なくも願っていた。確かにこの少し冷たい様な雰囲気を壊す為にも誰か自分の友人(少ないけど…)が家に訪ねてこないか、と願ったがまさか本当に誰かがこのタイミングで訪ねてくるとは、運命とは時に面白い方向に傾くものだと玲夜は感じた。

 更に、声的に誰なのかも見当がついた。少なくとも合鍵持っている時点で自分と親しい人物だと言う事だけは明白だった。そしてそれと同時にこの声の主が、先程まで自分と一緒にいたヴァルヴァラではない事も理解出来た。


「入るよ、玲夜!」


「お、来たか「光玘」丁度作戦会議を始める所だ、座れよ」


 魅了されてしまうかの様な綺麗な声が聞こえてくると同時に、先程まで閉じられていた引き戸が引き戸の後ろから聞こえる足音が近付くと同時に開く。引き戸の後ろからは案の定、見覚えがあり親睦のある人物が姿を現したのだった。

 綺麗で美しく整えられた靡くかの様な茶髪の髪に、ハイトーンで聞く者を魅了してしまうかの様なソプラノボイス。華奢で不意にも抱き締めたくなってしまうかの様な美しい肉体。そして女性と見間違えてしまう程に整えられた容姿、玲夜は何度も見ている光景だと言うのに、その姿を自らの双眸に映す度に照れ臭いと言うか、眩しいと言うのか綺麗過ぎて自らの目に写すのが勿体ないぐらいと思う程であった。

 しかしそう思うとは言っても、目の前に立つ自分の大切な親友を追い返す事は出来ない事であった為、玲夜はすぐに彼の事を迎え入れた。

 玲夜の前に立つ者の名前は「和中光玘(こうき)」この第二区の中に住まう一人の人間であり、私設殲滅武装組織「TEAM13」の雑務担当や接客の担当を任されている人物でもある。一言で言わせてもらうと可愛いとしか表記しようのない程に磨かれた姿の持ち主だ。

 また、美しいソプラノボイスに中性的いや最早女性に見間違える程に美しい容姿や華奢な肉体等初見では、どう見ても女性にしか見えない人物なのだが、彼はれっきとした男性である。理由は詳しく尋ねないでおくが、女の子要素がかなり積まれてはいるが、女性ではなく男の子と言う事だ。間違っても「男の娘」なんて呼ぶ様な気にはならないが。


「あ、光玘君も来た。ゆっくりしてきなよ?」


「いらっ……しゃい…」


 少なくともではあるが、光玘は椿とSの数少ない男友達だ。この四人の中では一番歳が上である玲夜は自分を含めた四人は仲良くしてほしいと切に願うものであった。そして全員が集まった事を確認すると、玲夜は椿、S、光玘の三人に声をかける。光玘は呼んでなくとも、学校が終わったら勝手に来ると思っていた。もし自分に連絡を入れてくれたら、素直にバイクを運転して迎えに行くつもりだったのだが。


「さてと……早速だが、今日は重要な話がある」


「ん?ヴァルヴァラと話聞きに行ったとは聞いてたけど、玲夜…何かあったのか?」


 玲夜の畏まった口調に、場にいる三人は緊迫するかの様な空気に包まれる。玲夜の目は何処か重大さを物語るかの様な視線となっており、冷静且つ落ち着いた口調の裏にはどこかただならぬ恐怖が存在していた。

 そんな風にどこか重大さを見せている玲夜に対して、それを見ていた椿はすぐさま疑問の言葉を投げかけた。椿も何があったのか知りたい限りであった。玲夜の瞳を見て、何かただならぬ事が起こったのではないか?と感じた椿は更に、話の続きを要求する。


「何かあったなら、聞かせてくれるか?」


「ぼ、僕も聞きたい……」


「重要情報なら……聞いて…おく」


 三人の言葉に玲夜は首を縦にコクリと振った。玲夜は今回の事を話す姿勢だった。

 そして玲夜は一度息を吸うと、今日ヴァルヴァラと作戦会議に赴いた際に起こった事を全てその場にいる三人にくまなく全て話した。この第二区を密かに取仕切るマフィアチームである「TEAM5」がこの地区の最高責任者である「東雲冴霧」を座から引きずり下ろそうとしている事、更にこの区に大きな変革を齎す事、更には平和しか知らぬ者に対して「TEAM5」がこの地区を防衛する為に使用している天の御柱の発生装置の破壊を目論んでいる事も、全てをこの場にいる三人に洗いざらい話したのだった。

 そしてこのまだあまり世間や一部の私設組織の面々にしか聞き届いていない話を聞いた反応は全員それぞれであった。


「成程……な、施設の破壊工作にトップの殺害と言った所か…」


「少なく……とも…報酬は…多そう…」


「これ、絶対に大きい戦争になるよね?僕の出番あるの…?」


 顎に指を当て考える者、まだ取らぬ狸の皮算用だと言うのに既に報酬の事を求める者、自分に出番がないだろうと思う者。反応は人それぞれであり、玲夜も何て反応するべきなのかは分からなかった。少なくとも今は少しだけ怯えを見せている光玘に対して何かしらの言葉をかけるのが定石かもしれないと思った玲夜は机越しに彼の事を宥めた。


「まぁ、戦闘に得意苦手はある。無理して意地だけは張るなよ、光玘」


「玲夜…僕だって…戦う事は……」


 光玘はこれに続いて何か玲夜に言葉で伝えようとした。しかし話していた光玘を見ていた椿は湯呑みに入っていた水を一口飲むと、一言光玘に声をかける。

 因みにだが、椿の湯呑みには「乾坤一擲」と習字の筆で書かれたかの様な文字が飾られている。意味は椿に聞いて欲しい。彼女の好きな言葉らしいので。


「ねぇ光玘。皆の役に立ちたいのは分かるけど…死んだら、どうにもならないからね?」


 そう言うと椿は光玘の隣に趣き、彼の隣に座り込むと、慣れてもいない戦いに対して両手が震えてしまっている彼の手を、椿は自らの温かい右手で優しく握る。左手は彼の背中を軽く撫でていた。彼女の手は優しく彼を包み込む様であった。実際、椿に手を握られた事により、次第に光玘の手の震えは収まっていく。強ばり、強がりながらも恐怖に縛られていたかの様な表情も、氷が溶けていく様にして安堵し美しい表情へと戻っていった。

 玲夜は恋人の一人である椿が光玘の事を慰めている姿を目の前で見ていたが、別に光玘に嫉妬する様な事はしなかった。実際光玘が怖がったりしている時は椿や玲夜が慰めてあげているので、全くと言って良いぐらい問題はなかった。


「私も……慰めた方が……良い?」


 Sが首を横に傾げながら、椿に慰めてもらっている光玘に尋ねる。本来なら、この答えを出すのは光玘のはずなのだが玲夜が先に答えを出してしまった。


「ただしS、テメーはダメだ」


「な、何故?」


「お前毒舌になる時あるじゃねぇか。だからダメだ」


「チーん」


「Sさん、効果音を自分で言うのは……」


「ガーン」


「おいS、お前ウケ狙ってないか?」


 椿の疑問の声にSは椿から視線を逸らした。これは玲夜も光玘もウケを狙っていると感じた。Sは基本的に無口であり、一部を除いた人とのコミュニケーションを好まずに、淡々と指示をこなす冷たい人物ではあるが極稀に今の様な本来の性格にそぐわない様な行動を取る事がある。

 因みにではあるが何故か理由は分からない。時々人間とは理念に背く様にして行動するとは聞いた事があるのだが、彼女が稀に見せる行動とはそう言った事なのだろうか。彼女も一人の人物である為、底が知れない。彼女自身も何かしら抱えているのかもしれないと玲夜はふと思った。


「さて、ずっと話しているのも難だし…ゲームでもやろうぜ?」


「あれ、玲夜ってゲーム機種何持ってたっけ?」


「ビデオゲームならPS2、セガサターン、ドリームキャスト、XBOXならあるぞ?ちなだがソフトも盛り沢山!」


「さ、最新機種じゃなくて結構昔のヤツだね……携帯ゲームは?」


「3DSとワンダースワンカラー」


「何で一昔前の機種しかないの?」


「少し昔のゲームは味があるから面白いんだよ」


 何のゲームをするか議論していた玲夜と光玘の会話に椿が割って入る。椿も玲夜と出会ってからはテレビゲームの面白さに気が付いているので、彼女自身もゲームは大好きであった。特に格闘ゲームが得意らしい。

 玲夜→シューティングゲーム(弾幕)

 椿→格闘ゲーム

 S→パズルゲーム、バカゲー

 光玘→オンラインゲーム

 と言う訳でいつまでも、ゆったりと出来る空間の中でシリアスなムードのままでいる訳にはいかなかったので、四人はゲームでもして、皆の気分を和やかな感じに事にした。因みにだがプレイするのはスプラッターなホラーゲームではなく、プレイして笑えるかの様なバカゲーをやるつもりだった。余興を時には楽しむ必要がある為、玲夜達は今の時間を全力で楽しむ事にした。

 こんな楽しく、美しい時間はいつまで続くかどうかは分からない。もしかしたら今すぐにでも壊れてしまうかもしれない。カッターナイフで切り裂かれるかの様にして、平和が紙を切るかの様な感覚で切り裂かれてしまうかもしれない。もしそのありふれていて平和的な日常が切り裂かれても、何度でも何回でも、繋ぎ合わせてしまえば良い話かもしれないのだがその時に自分がこの世にいるのかは分からない事であった。平和が再び繋ぎ合わされたとしても、自分の命は儚くも散ってしまってしまうかもしれない。今の余興は惨劇に染まるかの様な戦いを忘れる為に逃げの姿勢になっているのかもしれない。

 だが、玲夜は逃げの姿勢になっても恥ずかしいとか嫌な気分にはならなかった。嫌なら背いて良い、嫌なら素直に背を向けて逃げて良い、それが彼の生き方だった。

 部屋の中には彼らの仲睦まじい声が聞こえてくる。それぞれが画面を見つめながら楽しげにゲームをプレイしている。日々の平和を破壊する者達の事など忘れながら。

 しかし壊れ、切り裂かれる日は近いのかもしれない。玲夜の心の余裕は消えかけていた。明日明後日に未来はないかもしれない。気が付けば自らの明日は奪い取られ、日を無くして夜が明ける事が二度とないかもしれない。だが、玲夜はまだ戦いの闘志を捨てる事はしなかった。虚しく、負けるかもしれないと思っても、ただ自分は己の力を持って戦うしかなかった。



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