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Debug  作者: 岡本翔平
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Episode6

Episode6 王


拍手喝采。

涙の嵐。

唸り声。

全て自作自演だ。

「素晴らしい! 悪政も、国のためを思ってのものなんだな……」

テルは大吠えを唱えながら、窓の外を覗き込んで嗚咽を漏らした。

『最初から知っていたくせに……』

 頭の中に語りかけてくる囁き声など無視する。

「そんな国の民達が、今は殺し合っている! 非常に悲しい!」

馬鹿げた演技だ。

感に触らないと言われれば、嘘になる。

マラカスは静かに剣を構える。これ以上語る気はないとばかりに。

「でも心配するな。お前の後任に、事態の収拾はしっかり行ってもらう。お前は安心して、退任していいぞ」

 誰のことを言っているのか、マラカスも承知していた。

 操られ、失い、裏切られ、絶望し、自暴自棄になり、暴走し、眼下で戦場の最善戦に立っている女のことだ。

 彼女に、王になる資質などない。

 今の現状を作り出したこの男も、彼女も抹殺する。

 それが、マラカスの出した結論だ。

「君に操られている彼女に、王になる資格などない」

「はあ? 俺は操ってなんかないぞ。ただあいつに、刺激を与えただけだ。あいつはその刺激を乗り越えようと必至になってもがいて、今ではお前よりも誰よりも完璧な王になれるさ、きっとな」

 テルは最大限の期待を込めて切望を口にした。

 失い、失い、失う絶望を与え続けた。

 それは、未熟な彼女が『唯一』の王になるための最短経路だ。

 もうすぐ会える。

テルは、心の底より楽しみにしている。

「そうもいかないな!」

 マラカスは一気に加速し、すぐにでも終わらせるためにテルとの間合いを詰める。

 先程と同じように、首を斬り落とす。

 蘇っても、何度でも同じことを繰り返す。

 完全な死体となるまで。

 マラカスは力を込め、反応できるわけもない一閃を首元へと投げ打った。

「そう早まるなよ。まだお前の質問に答えてないだろ?」

 が――。

 五分前とは決定的に違う結果がもたらされた。

 鉄と鉄がぶつかり合う金属音だけがその場に鳴り響き、首の落ちる重たい音は一向に聞こえてこない。

 ――弾かれた?

 その事実に、マラカスは確かに驚嘆し、一歩下がる。

「もう一度、俺を殺してみろ。それだけで、俺はもう起き上がってこないよ、永遠にな」

 ――わざと、殺されてみせたのか?

 ――いや。

「手を抜いていたのか?」

「いいや、違う。ただ――」

 明確に気配が変わる。

 楽しそうに、狂いもなく、笑みを浮かべて異形は言い放った。


 ――ここから先は『唯一の意志』が相手だ。


 最後の決闘(殺し合い)が、ようやく始まった。


 右方はまだ綺麗だ。

 前方は駄目だ。

 左方は山積みになっていて、即興の塹壕として使えそうだ。

 ヴァンパイアも政府軍の兵士も、原始的に撃ち合い、刺し合い、叫び合い、無心のままに殺し合っている。

 その壮観な風景を作り上げるのに、レジスタンスの総司令官であるエステロスも一〇〇を超える貢献をしていた。

陰って色を失った虚ろな隻眼が、今の彼女を明瞭に表している。

 転がる死体を踏み潰して、彼女は息を吐くことも止めて血に濡れた銃を構え、引き金に僅かな力を込める。

 ここには身を守る塹壕も、壁もない。どこからでも銃弾が飛んでくる惨状だ。

 そうであれば、素早く移動している者にわざわざ照準を合わせようとはしない。止まっている奴を狙った方が楽だ。

つまり、流れるように動き続けることだけが、死を遠ざける唯一の方法と彼女は知っていた。

 それでも、三発の銃痕が腹部には残っていた。防弾服を着ているとはいえ、傷が抉られ、少なくない血が流れるているのが分かる――同時に、瞬く間に塞がっていく自らの回復力も。

手元のアサルトライフルが誰のものかも忘れた。自分のものは、とっくの昔に弾切れで捨てた。殺しては奪い、殺しては奪い、随分と時間が経ったが、どうにも状況が好転する素振りはない。既に数千は死んでいるはずなのに、政府軍の兵士の数が減ったようには見えない。

きっと、長引く。

 そして、負ける。

 終わらせるには――、

「王の首を取るしかないか」

 事態が王の首を晒して終わるかどうか定かではないが、可能性は最も高いだろう。

 何より、ここにいても戦況は変えられない。

 王城の入口である巨大な正門は僅か一〇メートル先に佇んでんでいる。扉も空いている。

 だが、そこは多くの政府軍の兵士が厚い鉄のシールドで固めている場所でもある。そう易々と突破できるものでもない。

「はぁ、煩わしい」

 とはいえ、考えている内に頭部に銃弾を受けて終わり、というのは面白くもない。

 死体で完成した塹壕に体を隠し、エステロスは後ろポケットから三つの手榴弾を取り出した。

 瞼を閉じ、三秒で道筋を立てた。

「難しくもないな」

 迷いなく、それらの爆薬の栓を抜き、正門に向かって遠投する。

 時間差なく自らも土を蹴り、正門へ向けて一直線に走り出す。通り抜けるには、爆発と同時にたどり着く必要がある。

 もちろん、行く手を塞いでくる政府軍の兵士が現れる。

「ま、待て!」

 慌てて、政府軍の兵士はライフル銃を構えようとするが、あまりにも遅すぎる。

エステロスはスピードを緩めることもなく、どこからか取り出した刃渡り一五センチのナイフで首を掻っ切ると、そのまま通り過ぎる。

唸り声を上げて崩れ落ちる兵士に視界を向けることもない。

ちょうどその時、正門まで三メートルに迫ったところで轟音が鳴り響き、衝撃がエステロスの体に伝播した。

三つの手榴弾は役割を果たし、門前を固めていた兵士達を見事に吹き飛ばしている。

「後は――」

 中がどうなっているかは定かではない。

 もしかすると、蜂の巣にされるかもしれない。

 ただ、リスクを考えている時間もない。もしも、そこで死ぬのであれば、その程度の存在でしかなかっただけだ――甘んじて受け入れる。

 息を吐き、エステロスは止まることなく正門の中へと滑り込んだ。

 中は――。

「なるほど……」

 右も左も、横たわった者ばかり。

 そこにはもがき苦しむ体の一部を失った負傷兵達と、それを治療する医療兵で溢れていた。その中には、女の看護師もいる。

 誰も、ここまで敵がたどり着くことなど考えていない様子。

 思っていた以上に、悪くない状況だ。

 ただ、悠長にしていられる程、簡単でもない。エステロスにはレジスタンスの証であるリストバンドが取り付けられている。

 間もなく、気づかれてしまう。

 行路は一つだ。

 エステロスは前方にあるはずの、大きな階段へと視線を移した。

「どうなってる……」

 しかし――。

 そこは見るも明らかに、崩れ落ち、瓦礫の山が積み上げられ、最上階まで大きな空洞が出来ていた。

 何者かに爆破された?

 一体、誰が?

 レジスタンスの兵士で、エステロスよりも前にたどり着いた者が?

 そんなこと、ありえるのか?

「とはいえ……」

 答は瞬時に出ない。

 それに、浮かび上がった疑問を吟味している時間もない。

 ここで、すべきことは一つだ。

 登る階段がないと判明した。

 ならば――。

 エステロスは足に力を込め瓦礫の山を駆け登ると、そのまま地を蹴り、上空へと高々と舞い上がった。瞬く間に壁へと衝突しかけるが、次に壁を蹴り、さらに上へと跳躍していく。

 終いには、上空の姿すら消えてしまった。

 その場にいた兵士達はあまりに突然のことに、一部始終、口をあんぐりと開けて呆然と傍観しているだけであった。

 

 真二つに割れて横倒しになったテーブルに腰掛ける二人。

 シルクは、隣に座る少年の素顔を初めて見たときは少々驚かされたことを覚えている。

 南地区の統治者、タールス――身長が低いとは思っていた。でもまさか、フードの奥に隠されていた素顔がここまで少年であるとは思いも寄らなかった。青い髪に童顔、歳はよくて一五だろうか、と。実際は一六だったわけだが。今は、ようやく一七になったくらいであろう。

 小さな体の右腕は、焼き爛れ、瞼の辺りから血が流れ出ている。

「落ち着いたかい?」

「ええ、少しだけ……」

 満身創痍だというのに、小さな統治者は奈落の底へ向けて身を投げようとしていたシルクの心境を案じている。

 己の酷く醜い有り様に、シルクは本当に顔を覆いたくなる。

 自害を、止められたことについては未だに不満気な面持ちを作らざるを得ない――後少しだったのに、と。

「ふぅ、聞かせてもらおうか、一体何があったのか……」

 貴族達が集まっていた応接間は、焼け焦げた黒炭の跡と廃墟のような有り様――身元も分からない程にあちこちに散らばった、六人の仲間の死体だけが残されていた。

 兵士が持ってきた差出人『zs』の箱を開けて、凄まじい衝撃波を受けて……タールスもそこから記憶がない。

 シルクは、一部始終を体験していた。全て、覚えている。

「兵士が持ってきた箱、中に入っていたのは束になった手榴弾……開けるとピンが抜ける仕組みになっていたのでしょう。全員、爆発に巻き込まれました。少し離れて座っていたわたくしは、軽傷で済みましたわ」

「それでこの有り様か。犯人は……」

 タールスは、もう一度部屋を見回した。

 正直、少しでも気を緩めれば吐き気に耐えられなくなる、惨鼻な現場になっている。

「もちろん、箱を運んできた兵士ですわ。当然、偽装でしょうけど。その後、わたくしはその男に抵抗しましたが……」

 裸の体に応急的に被せられたマントを両手で強く握り締め、その先を言おうとしたシルクをタールスは首を振って制した。

「くそっ……」

 二人共、言葉が出なかった。

 下を向いて項垂れて、有り得ないような現実を実感するしかない。

「得体の知れない輩を信じたわたくし達の浅はかさが招いた事態ですわ……」

 良いように乗せられて、信じ込んで、最後には全て破壊されてしまった。

「その男はどこに行ったんだい?」

「それは……」

 少し惑いながら、シルクが答えようとしたところで――隠しもしない明確な足音が二人の耳に届いた。

 はっと、タールスは顔を上げた。

「誰だ!」

 コツコツと厚いブーツの音を床に響かせ、彼女は現れた。

「驚いたな……、既に六人死んでいるとは。残りの二人も瀕死か」

 黒髪、隻眼の女はまるで興味が無いように感想を述べながら二人の元に歩いてくる。

 慌ててタールスは懐からピストルを取り出そうとするが、爆発の時に弾き飛ばされたのか、見つからなかった。

「な、に――」

「そう怯むな」

「一体、誰だい?」

「貴様等が憎んでやまないレジスタンスのリーダーだ」

 エステロスは、軽く自己紹介をした。

 それで、十分だと知っていたから。

「ティンバートン・エステロス……なら、王城はもはや突破されてしまったのか……」

 絶望的な可能性に、タールスが言及するがエステロスは首を横に振った。

「いや、安心していいぞ、それは違う。わたしが強行突破してここまで辿り着いただけだ。他の者達は下でまだまだ殺し合ってる」

「どうやって……」

 ここは王城の最上階、何も事情を知らないタールスは狼狽した声しか出てこない。

「ところで、貴様等は八人の貴族達の内の二人か?」

「……」

 タールスは答えない。

 素性を敵のリーダーに打ち明ける道理などあるはずがない。

 しかし――。

「そうですわ」

 シルクが即答した。

「おい!」

 タールスは思わず、シルクを問い詰めてしまう。

「隠しても仕方がありませんわ。どの道、少し考えれば分かることでしょう」

 頷いて、エステロスは次の質問に移る。

「何があった? ここまで繋がる階段は全て爆破されていた。おまけに、この階の廊下には首を裂かれた兵士の死体しか転がっていないし、貴様等二人以外の貴族は既に焼け死んでいるようだが?」

 エステロスとて、状況を呑み込めるわけがない。

 何が起こればこうなるのか、さっぱりだ。

「何を仰っているのかしら? あなたのお仲間がやって来て、この有り様ですわ」

 シルクは呆れたようにそう言い放った。

 仲間?

 エステロスは、命令した覚えなどない。それどころか、ここまで無傷で辿り着ける兵士など、自分くらいしか思い当たらない。加えて、音信不通のマラカスくらいか。このような強行に出る男ではないから、可能性は低いだろう。

 後は――。

「その者はどこへ?」

「招かれて、王の元へ行きましたわ」

 シルクから語られた真実に、タールスも固まった。

「まさか……」

「事実ですわ。王は、確かに奴を招いていましたわ」

 忌々しそうに、シルクは爪を噛んだ。

「なら、王はどこにいる?」

 シルクはエステロスの質問に答えるよりも前に天井を指さした――正確にはその一部を。

「あのタイルを破壊すれば分かりますわ」

 エステロスは言われるがままに天井を凝視した。

 意味は分からないが、ともかく壊せば答えが現れるというのだ。

 右肩に掛けていたアサルトライフルを構えると、躊躇なく何もないように見える天井に向かって射撃を開始する。けたたましい音を鳴らしながら、天井には大量の穴が空いていく。全弾撃ち切ると、一つの大きな空洞ができているのが分かった。

 エステロスは後ろ右ポケットから少し火薬が多めに敷き詰められた手榴弾を取り出した。残していた最後の一つだが――空洞の中へと向けて放り込んだ。

たちまち爆音と共に、天井のタイルが崩れ落ちていく。

 煙が晴れて、現れたのは――、

「なるほどな」

 いちいち、反応もしていられない。

 現れた先の見えない隠し通路に、エステロスは表情一つ変えない。

 すぐさま、飛び乗ろうとするが……。

「わたくし達を殺しておかなくて、よろしくて?」

 シルクは、まるで食いつくように聞いた。

 ヴァンパイアを虐げてきた人間の統治者を前にして、エステロスがそのまま立ち去ろうとしている姿に、疑問を持つのは当然かもしれないが――。

 エステロスは小さく笑った。

「わたしが王になった後、貴様等はこの国の復興に必要な存在だ。殺すつもりはない……それに……死にたがっている奴を殺すのは、罰には当たらないからな」

 それっきり。

 シルクは、つい数分前に自分の心を八つ裂きにした男と、同じものを見た。

「でも……」

 だが、すぐに否定してしまう。

 去っていく背中を見て気づいたのだ――作り物だ、紛い物のピエロだ。あの正真正銘、狂っていた男とは違う。

未だ、明るい希望を抱いているように思えてならなかったのだ。


 膂力。

 速さ。

 経験。

 何もかも、優っている。

 それどころか、圧倒的な差がある。

 一つとして拮抗する要素はないのにも関わらず、防がれて弾かれて避けられて、結局のところ決定打は巡ってこない。

 嫌な雰囲気だ。

 目まぐるしく攻守が交代する。

 いや、マラカスの一方的な剣撃をどうにかこうにかテルが躱している構図に近い。見ての通り、防御に徹しているだけのテルが持つ剣は磨り減り、いつ折れてもおかしくはない。あくまで、時間稼ぎにしかなっていない。

 暗く冷たい部屋に、火花と金属音だけが流れる。

 二人の剣と剣が交わり、拮抗する力が僅かな時間を産む。口だけは達者なテルは、合間を見つけては言葉を紡ぐ。

「どうした! さっきまでとは違うか?」

「……」

「まー確かになー、お前の気持ちは分かるぞ。お前は誰よりも長く生きて、誰よりも強いはずだものな。こんな得体の知れない輩に手こずるわけないよな。分かる、分かるぞその気持ち! この世界の誰も、お前が本当は何者か知らない。でもな、俺はこの世界でお前の次に、お前を分かっている理解者だからな!」

「そうかい……」

 一層、マラカスは持ち手に力を込めて、徐々に圧していく。

「はぁぁ、興味ないか?」

「いいや、ただ……」

 何とか、一歩下がって崩れたバランスを整えようとするが、マラカスはスピードを上げて詰にかかる。対して、テルは瀬戸際で斬撃を躱して、弾いて、背中を向けて逃げ回る。

「ここで長く語り合えるほど、お互い暇じゃないってことか」

「そういうことだ」

 マラカスは時間を惜しむように、無作為にテルへと向かっていく。どこからどう攻撃されようと、何が起ころうと対処できる自信があるのだろう。

 だからこそ――テルは体を回して立ち止まって、剣を構えた。

「なら、そうだな……あっけない幕切れも、ありか」

 マラカスが大ぶりに振り下ろした力任せの一撃――が、先程までの力関係からは想像できないくらい軽々しく弾き飛ばされた。

 マラカスのバランスが崩れる。

 次の瞬間――テルは実につまらなそうな顔付きでガラ空きになったマラカスの腹筋を貫いた。

 ポタポタと、口と腹から血が吹き出る。

「お、遂に一本入ったな」

 マラカスに動揺はない。

 意識ははっきりしている。

 普通のヴァンパイア、あるいは人間に取って致命の一撃であっても、マラカスからすれば取るに足らないかすり傷だ。この程度の傷なら、これまで生きてきて何度も受けた。首を切り落とされたこともある。

 ――それでも彼は死ななかった。

 なのに――、

「何故……」

 思わずそんな弱音が溢れ出た。

 体が動かない、まったく。

「動けないだろ? それはそうだ。この剣には、お前の天敵である劇薬が塗ってあるからな。一本くすねといて正解だったな」

 リパドシン――ヴァンパイアを即死させる兵器。

 ヴァンパイアとしての血が強ければそれだけ、効果が高い。ならば、始祖のヴァンパイアであるマラカスが受ける影響は誰よりも強いことになる。

 簡単な理屈だ。マラカスとて、知っている。

 だが――。

「こんな毒で……」

 マラカスは強引に力を込める。

 痺れている。全身に毒が回り、既に血液が固まり始めているのか。

「無理だなー。この毒は、お前の血液に最も効果があるように調合されてるからな。そのためだけに、この世界に生まれた。お前を殺すには不十分だが……解毒に二十年くらいは掛かるだろうな」

 にやにやと笑いながら、テルは嬉々として話を続ける。

「さてと、これからお前を国民の前に晒す。どんな反応が待っているだろうな。人間達が信じてやまないヴァンパイアを虐げていた王は、実は始祖のヴァンパイアだったてな」

「ぐ…………」

 喚いたところで何も変わらない。

 マラカスは王だ。

 そして、国を影で支える覚悟をした。

 つまりそれは、二度と国民の前に姿を現さない決意だ。

 そして王は――王としての役目を最後まで果たさなければならない。

 幸いにも――。

「傑作! ははは、楽しみだ」

 血は固まりきってない。

「さあ! あ、あ――」

 ――そして、この男は抜けている。

 テルの言葉が止まった。

 それから自らの脇腹に目をやる。

そこには、しっかりと一本の剣が突き刺さっていた。

「なる、ほどな」

 膝を付く。

 力が抜ける。

 三秒が経過した。

 歪む視界の中で、マラカスに視線を移した。

僅かな余力を振り絞って、無様に地を這っていた。奥の壁、いや正確にはそこにある大きな窓に向かって。

「はは、は、次期にエステロスが来るぞ。あいつは俺の死体と、動けないお前を見て、どう思う、だろうな。それもまた、楽しみだ!」

 マラカスはテルの言葉を聞き流しながら、どうにか窓際まで寄り付いた。

 それから、振り返って、初めて清々しい笑みを見せつけた。

「さあ、そうはならないな。僕を待っているのは、奈落の底だけさ」

「あ……」

 マラカスの肘打ちで窓ガラスが豪快に割れた。

 王城の裏側、その下は――。

 そんな現実について考えるよりも前に、マラカスは飛び降りていた。

「あいつ……本気か……」

 呆れたように、テルが声を出す。

『一〇〇〇メートル下まで続く渓谷です。彼はミンチになりますよ』

 ティスが息を呑むような補足情報を加えてくれる。

「はは、なるほど、なるほどな……あいつは最後まで意固地に王を貫くわけか。はー、どうにも、解せない奴だ」

 死ぬこともできない。

 体は粉々。

 二十年もの間、毒と戦い続けなければならない。

「絶対つまんないな……」

 想像しただけでも、吐き気がする。

 とはいえ、テルの命も長くはない。

 既に、自分の膝下には血の水溜りができている。

「後、どれくらい持つ?」

『二分程です』

「それ、は、きついな。せめて、楽しみにしていた新しい王の姿でも見たかったなー」

 テルは強引に立ち上がろうとするが、上手くいかずバランスを崩してしまう。

 このまま後ろに倒れ込んでそのまま死亡なんて――そうはならず、彼の体は優しく受け止められて静止した。

 テルを覗き込む虚ろな隻眼、それから黒い髪――エステロス。

「あ、あ」

 喉に血が詰まって上手く声が出ない。

 それでも最高の気分だ。

 この感情を失った蒼白さ、きっと完璧な王に――――王に――。

――違った。

 物言わぬエステロスの顔全体に、みるみると光が戻っていく。まるで、戦争から帰還した父に再開する少女のように……。

終いには大粒の涙を顔に落とされて、あろうことか口を開いた。

「貴様はいつも、わたしの手をすり抜けていく。掴んだと思ったのに、今もまた……」

「あ、く」

 テルの顔から笑みが消えた。

 何故だ?

 あれだけ多くの絶望を味わった。何もかも失った。

 たらい回しに利用されて、最後には心が砕け散った。

 そして、彼女は志を捨てた、はずだ。

 そんな予測は、この場において意味がない。

 ――結局、ただのランダム変数から昇華することはなかった。

『ふふ』

 体に潜む何者かは、そんな風に珍しく硬直したテルを見て微笑している。

 それからエステロスは血に汚れたテルの左手を取ると、自らの腹を摩らせた。

「貴様との子だ」

(え…………)

 初耳だ。悪い冗談にもならない。

 ただでさえひと――。

 エステロスは、溢れる涙を拭った。

「わたしはこの国なんて、全部潰せばいいと思っていた。そこから、一から作り直そうと」

「ぐ、あ」

「だが、この子がいる。だから、まだ心は捨てられない。捨てられなかった。でも……今度は失敗しない。だから見ていてくれ、差別も格差もない……」

 テルは言葉を出せない。

 いや、それ以上に……。

「あ」

 もはや――。

 死ぬ。後、数秒で。


――よりよい国を作ってみせるよ。


それが、テルが聞いた最後の言葉。

暖かく、妥当で、興味を唆られない。

こんな幕切れなんて……。


――つまらん終わり方だ。


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