夫のお披露目
そのことを旅仲間に話すと、皆は私を冷やかした。
「うっそだぁ、タキにいい人がいるなんて。どこのもの好きだよ」
在命はいつも通り、端から馬鹿にしてかかってくるし、
「信じられねっす。もっと詳しく教え、いや、知りたくない気もする。大体、そんな何にも知らなさそうな顔して、結婚してるなんておかしいっしょ。しかもさ、ほんとに貴族の娘なの?この人が?」
ゆっぴぃはなれなれしく私の頭を押さえつけて顔を覗き込んでくるし、
「んだ、貴族様んとこのお姫さんだぁ。まだうぶなとこあるのは、昨冬に結婚したばっかりのほやほやだからだべ。お婿さんはどこの馬の骨とも知らんと思ってたが、そうかぁ、地方回りのお役人さんかぁ。さぞ忙しくしていらっしゃろうな。何しろタキんとこに通算三回はお通いなすってるが、続けて泊まったことはねぇし、後朝の文も出さねぇんだ。こんだけの期間でたったの三回、連泊もできねぇんじゃあ、よっぽど年寄りで体力がねぇか、もしくはやっぱし姫様に興味がねぇのか、いずれにせよすっぐに捨てられちまうんじゃねぇか、先が思いやられるって皆案じてたんだべ。んだども、来られないちゃんとした理由があんなら、一安心だべ」
口の軽いもっちぃは好き勝手に言うと、けーっとゲップをした。今はまだ悪漢どものほとぼりが冷めないので里中に行けないが、明日、明後日にでもなれば私たちも普通に里の中に滞在できるようになるだろう。そしてこんな感じでゲップをされながら気軽に話され、私たちの結婚は里中の人々にも知れ渡りそうである。
「え、相手は若くないの?じじぃと結婚したの、タキったら。なんか不憫。これまで優しくしなくてごめんねって気になるな。なになに、身分は従六位下だって?まあじじいでそれなら、先もないし、タキでも大切にしてもらえんじゃない。そうだといいね」
「あ、若くないんじゃねぇかってわしらが勝手に思ってるだけで、ほんとのところは知んねぇよ。わしらもお屋敷に務めてるわけではねぇんで」
「もっちぃ、何でもっと早く教えてくんなかったんすか」
「そうだそうだ、そもそもどこのヘンテコ貴族だ、タキの親は。タキをそんな奴と結婚させて、それからこんなところに旅に出して」
「それはさあ。本人が言わんことをわしがベラベラと言いまわることはできんべぇよ。まあ、酒でもくれたら別かもしらんが」
私は自分の素性をある程度は明かすにしても、夫婦御供の話は伏せようと決めていた。梅太郎が人間と知れ渡ったら、彼がこの社会で生きづらくなるのではないかと思うからだ。
ただ私はフツにだけは結婚生活における複雑な心情を時折吐露していた。フツはフツでこの旅路でゆっぴぃのことを異性として意識し始めていて、上り坂で励ましてもらっただとか、川から水をくむのを手伝ってもらっただとか、石を蹴りながら歩くのが様になっているだとか、彼のさりげない仕草を私に聞かせてくれた。
ゆっぴぃと在命はたぶん、都でそれなりの身分があると私は推測している。以前に在命がそれっぽいことを言っていたが、あながちただのおふざけではないと感じるのだ。フツの恋心に水を差すような推測を告げるべきかどうか悩んだが、私は結局自論をフツに話した。道ならぬ恋に踏み入っては苦労するのはもっぱら女の方だからだ。
今思えば、フツはとても賢い人だから、とっくにそんなことには気づいていたのだろう。それでもフツはふんふんと興味深げに聞いてくれた。かえって私の差し出がましい言葉を喜んでいるようだった。彼に関する情報は、どんなものであれ彼女の気持ちに火をくべるのだ。淡い恋心を抱くフツはまったく花が咲いたように明るく、美しかった。憧れのようなものならば、わざわざこれ以上私が口を挟むことではなかろう。
このときも私たちは目くばせを交わし、お互いの大事な人についての打ち明け話を共有している状況を楽しんだ。
「フツはすっかりタキと仲良くなったべなぁ。少し仲良くなりすぎじゃねぇか。フツ、おめぇはいつもどんなもんにだって優しくしすぎだべ」
「確かにフツは、市井にはめずらしい賢い子だ。共感力があるから、どんな変人も受け入れられるんだろうね」
在命も珍しく人を褒めている。
「どんなもんも受け入れてたら、追いはぎみたいな悪党にもたぶらかされるべ。おらがしっかり守ってやらんといけんべぇ。ほれ、もうちっと離れてよ、タキ」
「まぁまぁ、もっちぃ。タキは悪党ではないからいいっしょ。それにしても、俺、てっきりタキはフツ狙いなのかと思ってたよ。男のなりしてるし、そっちに興味があるのかとさ。でも男と結婚してるんじゃなぁ」
ゆっぴぃの言葉にフツの目が丸くなり、ついで顔が紅潮した。目ざとい在命がさっそく茶化そうとした。私はふふふと笑ってフツの手をとり、ゆっぴぃに見せびらかすようにその手を撫でさすった。
「結婚は結婚、フツはフツだよ」
するともっちぃが思いのほか強い力で私の手をはたいた。
今は身をやつしているとはいえ私は一応姫様で、もっちぃはこれまでも一抹の丁寧さは残して応対していてくれた。つまり、とうとう私たちは、越えなくて一向構わなかったけれど、身分の垣根を越えて交流し始めたということだろう。
「フツはえらい女だべ。確かなもんにしかやらんと決めている。タキはじいさまと新婚しておれ」
「ねぇフツ、聞かせてくれねっすか、タキの相手についてさぁ」
このしつこい連中に根掘り葉掘り聞かれたら、私やフツのような若い女の子は口を閉ざしきれず、すぐに全てが詳らかにされてしまいそうだった。
だがそれは杞憂だった。どこから出てきたか酒を飲みながら、いつも通り皆で寄ってたかって会話をまぜっかえし合っているうち、その話は煙のように消えて行ったのだ。男たちはそもそも私という人物というか私の女性部分にあまり興味を持っていないのだろう。
ところが一刻ほどして梅太郎が姿を見せると、一同の熱は再び上昇した。宴がたけなわで皆がいい加減に酔っぱらっていたのもあるが、梅太郎が予想外に若くて美男子だったからだろう。へへん。皆が少し離れたところから梅太郎と私のやりとりを興味津々に窺っているし、フツまでもが、いそいそと梅太郎に出す湯を沸かしたり、藁を集めたりしながら、好奇心むき出しに観察している。
私は最初こそ美男子の夫に鼻高々だったが、後でさんざん茶化されるんだろうと思い至ると、居心地が悪くなってきた。
在命とゆっぴぃともっちぃがこそこそと、「タキが女に見えるんだから不思議だなぁ」「まったくっす」「タキが姫さんだとは知ってたが、やっぱし実は嘘でそこらの下人の男なんじゃないかと思えきてたとこだったんだべ」とか言っているのが聞こえる。私は努めて普通の顔を保ちながら、梅太郎が茣蓙の上に広げた物品と米袋を検分した。先ほど飲んでしまったお酒のせいで、体がぐらつきそうになるのを必死でこらえる。
米は少量だったが、物品は今夜寝るときに使える暖かい夜着、交換価値の高そうなとても良い衣や刺櫛、新し気な石帯やそれに吊るすのに合いそうなお洒落な鉄の魚袋もあり、これだけあれば坂東の二人も十分な旅ができるだろう。ただ、一介の役人にしては持ちすぎではないかと思うほど物があるので、やはりこれは采女司と一緒に接待されるうち、いろいろな物品をもらっているということだろう。中には女性から個人的にもらったものもあるかもしれない。特にこの、色とりどりの端切れで作られたかわいい感じの小袋とか。綾紐で連ねられた小袋の中には、いくつものお守りがそれぞれ分けて入れてあった。私はそれらをついと梅太郎の方に押しやった。このお守りは物々交換には使わない。
「む。これも」
梅太郎は一度押し返されたものを指先で再度押し出してきた。
「いらないわよ、お守りなんか物々交換したら罰があたるわ」
もっとも積極的に高値で交換する人もいるが、私は信条に反するのでしない主義だ。
「これは交換用に持ってきたんじゃない。行く先々の神社に行ったときのお土産なんだ。いくつも一緒に持ち歩いて神様が喧嘩したら困るから、一つずつ別の袋に入れられるようにしたんだ。一応、ほら、君が気にするかなと思って」
なぜ照れるのか不明だが、言って子供のようにそっぽを向いている。私の信心深さを思いやってくれたのだと思うと、私も胸がとくんと一つ鳴る。
「神様はそんなことで喧嘩なさらないと思いますが、お気遣いありがとうございます」
それにしても、いかにもこの小袋は小田舎の若い女手によるものである。
後ろでフツがくすりと笑う気配がした。お土産を渡すのにも不器用な梅太郎をほほえましく思ったんだろう。その暖かいほほ笑みの奥で、在命たちが「何あれぇ」「絶対他の女に作ってもらったものっす」と馬鹿にしているのも聞こえる。
頃合いである。これ以上梅太郎が長居すれば、在命とゆっぴいが私たちの間に割り込んで茶化し倒すのだろう。私は小袋を丁寧に茣蓙の上に戻すと、居住まいを正した。
「こんなにたくさん、ありがとうございます。先ほどお話しいたしましたように、ここ師永津の受領にいいように使われ、金品を奪われました。持ち物を取り返したいのに、門前払いをされて話も聞いてもらえません。そこであなた様から名主様にお願いして、荷物を返すよう受領様に口添えをしていただけませぬか。あなた様の滞在なさっている先の名主様はなかなか勢力をお持ちの方と伺っておりますので、受領といえど無碍にはできますまい。ついでにお上に受領の悪行を隅から隅まで言上してくださりませ」
二人きりでない今、梅太郎も私とは適度な距離と敬意を保つように接してくるので、私も彼の対面を保つような話し方を心がける。夫婦とは、そういうものなのね。喧嘩が多かったが、二人の時に気の置けない話し方をしていたことを思い返すと、今のやりとりは秘密めいていて胸を騒がす。
ところが殊勝に頭を下げたものの、梅太郎はこちらを見る代わりに魚袋をじっくりと検分して返事をしない。まさか聞いていないということはないわよね、私にしては頑張って丁寧に話したのよ、と疑い始めた途端、なんとその魚袋を懐にしまった。太っ腹なところを見せて持ってきてはみたものの、高価なものだし、改めて見てみて私たちに渡すのが惜しくなったというのか?確かに魚の顔つきも良く格好のいい魚袋ではあったが、なんというせこい根性だろうか。
「一度取られた荷物は誰に言っても返ってきやしませんよ。今回は、失くしたものは諦めるということで」
なんでよ。いいから魚袋おいてきなさいよ、とは新妻の謙虚さが邪魔して言い出せない。
「そういうことではございません。なんならこんなに持ってきてくださらなくても良かったのです。今日明日を耐えしのぐ食料と衣服、それから私たちが道中えんやら持ってきた荷物を取り返す手伝いをしてほしいと、私はただそれだけなのです」
梅太郎は当然手伝ってくれるものと思っていた。秘密捜査のため采女司の役人のふりをしているとはいえ、受領の不正を糺すことが勘解由使庁の役人の本分であるはずだもの。
しかし梅太郎は違う考えのようだった。
「あなたたちが提供した労働も、持っていかれた荷物も、ここにある衣や物で十分贖えるものでしょう。それをもって今回は収めましょう。受領の横暴など、どこの国でもよくあることです」
「なんでこちらが涙を飲まなけりゃならないのですか。それじゃあガメたもん勝ちで、そんなだからますます受領が増長するんじゃないの」
たまりかねて私が言うと、梅太郎は意外そうに口を歪めた。
「だって、ここは元々そういう世界だろう?」
「引っかかる言い方するわね。あんたのいたところは違うっていうの」
「少なくともここまで無数の無頼漢と蚤がはびこることがなかったことは確かです。ここは外を歩けば大量の害虫と悪人がいて、いっときも休まらない。そんな中、今回は死人が出ているわけではなし、些細な出来事をいちいち荒立てたっていいことは何もありません。さ、タキ殿は用意をしてください。今日はもう少しましな家に泊まってもらいます」
「ちょっと待ってよ。些細な出来事って。あなたね、さっきから私たちの労働や荷物を取るに足らないものみたく言うけれど、私たちにとっては大切なものなのよ。本当言うと、あんたからの援助物資なんてひとっつもいらないのよ。だって必要な物は受領の屋敷にあるんだもの。私たちの荷物を過不足なく取り返して受領に謝罪させなきゃこっちの気は済まないんだから、そこのところを手を貸してねって言ってるのよ。ほら、返すわよ、これも、これも、こんなお守りも。いらないったらいらないもの」
茣蓙の上のものを順番に指で梅太郎の方に押し返すと、後ろの方で在命たちがざわつく気配がした。
梅太郎はため息をつこうと少し息を吐いたが、すぐにそれを飲み込んだ。よしよし、私がため息を禁止したことがまだ効力を持っているらしい。ただもう私に相対する気力を失ったらしく、続く言葉はひどく物憂げな声音だった。
「受領が簡単に謝るわけないし、物を返すわけもないだろう?それくらい分かっても良さそうなものだが」
言い捨てるように言って、もはや私と話したくないように顔を背けた。梅太郎はいつもこうやって物を知っている風に顔を背けて、私を遠ざけようとするのだ。
その時突然、もっちぃが、
「その男は人間だぁ!」
と叫び出した。
なぜもっちぃがそんなことを言い出したのかはわからないが、梅太郎はすっと背筋を伸ばしてもっちぃを見つめた。何か言うのかと思ったが、姿勢よくもっちぃを見つめているだけで特に釈明もない。
「いま突然思い出した。そういやぁ、どこかの姫さんが人間婿取りしたって、そりゃこの男んことだべよ」
「ちょちょっと、もっちぃ、滅多なことを……。お口が過ぎますよ」
「そうそう、飲み過ぎだよぅ、もきっちゃん」
周りがなだめていたので私は黙っていれば良かったのだが、すでに頭に血を登らせてしまっていた。
「人間だから何よ!話をそらすもんじゃないわ。怖い男たちに追い回され、極寒の季節にあばら家で死を隣に感じながら眠る屈辱、晴らさないではいられないわよ。梅太郎殿、采女司の馴れ合い仕事ばかりするうち、そんなオジンみたいな諦め方するようになっちゃったの?何を貴族社会に染まって丸くなってんのよ。もっととんがりなさいよ」
半分肯定するような言い方をしてしまった。やはり先ほど飲んだお酒のせいで理性が緩んでしまっていたのだろう。
後ろで「人間てなんの話っすか」「やっぱりあの噂はほんとうだったんだべ。人間だぁ、なんちゅうこったぁ」「まさか、もっちぃ、落ち着きなよ」という男たちのやりとりが始まっている。
「もういいわよ!早く荷物をまとめて帰んなさいよ」
私は茣蓙の上の荷物をまとめて梅太郎の膝に乗せると、この場を下がらせようとした。
すると在命とゆっぴぃがすかさず出てきて、
「あいや、これは頂きます。ありがとう」
と荷物を茣蓙に戻す。そうこうする間に米がこぼれて、男たちはわたわたしながら米粒を拾う。私はそれを横目で見ながら、怒ったためによけい回ってしまった酔いのせいで体を縦に保てなくなり、フツに支えられながら横になった。
「梅太郎殿ぉ、さっきしまってたかっこいい魚袋も置いていってねぇ!」
眼をつむりながら大声で言うと、
「あなたさっき、俺からの物は一つもいらないと……」
「あいやいやいや、もう本当に、この子はね、飲みすぎちゃったのかな、困った奥さんすねぇ。魚袋、それももらいましょう、ね、梅太郎殿」
ゆっぴぃが梅太郎の懐から魚袋を引っ張り出す。在命も出てきて、素早く茣蓙を丸めて荷物をあばらやの隅にすっかり安置してしまった。
「ほら、荷物は残らずここに置いて行って。ねね、この名のありそうな魚袋もいい家の女にもらったもんでしょう?大丈夫大丈夫、面倒くさいことにならないように、こちらで処分しとくから。隠すことないよぉ。あたしはそういうのこっそりさばくのも慣れてるから。代わりにタキをちゃんとした家に連れてくんでしょう?さっすがいい手配ですよ、梅太郎殿は」
梅太郎はフツの方を見てから、在命に向かって言った。
「そちらの娘さんも泊まれるよう、話を通してあるので」
すると顔を真っ赤にさせたもっちぃが、「フツを人間ずれには渡さんべ」と、梅太郎の肩を乱暴に小突き、梅太郎は派手に地面に転げた。それを見て私は一気に冷や水を浴びせられかけたように感じ、酔いもいっぺんにふっとんだ。
皆が梅太郎を助け起こしたが、もっちぃはなおも梅太郎に詰め寄ってくる。
「遠の君様、その男は確かに人間だべな?」
「もっちぃも酔っちゃったんすね。人間なんているわけないじゃないすかぁ。さ、フツもこんなとこじゃ危ないから、完全に暗くなる前に梅太郎殿の用意してくださったとこに行きましょ」
「だめだ、物の怪だか人間だかにフツを託すわけにはいかん」
「意固地になってる場合じゃないんだってばぁ」
と今度はもっちぃとゆっぴぃが互いをつかみ合い始めたので、フツが止めに入った。
「もきっちゃん、落ち着いてよ。こんなに立派な方が人間のはずないじゃねぇの。ほら、おらはどこにもいがねから。梅太郎様の持ってきてくださった夜着もあるし、今夜もここで寝るから」
そして私にだけ聞こえるよう、
「タキちゃん、婿殿とゆっくり過ごせばいいよ。せっかく久しぶりに会えたんだもの」
と耳打ちした。酔った勢いで喧嘩別れにしてはならないと心配してくれたのだろう。
「だけど遠の君様、本当に人間を婿どりしたのか!?なんちゅう恐ろしい。天罰があたりますぞ」
もっちぃが酒臭い息を今度は私に吹きかけながら、顔を近づけてきた。
「落ち着け、落ち着け。飲みすぎだよ、もっちぃ」
「あとはこっちに任せて、さっさと行っちゃって」
在命とゆっぴぃがもっちぃを抑え込み、私と梅太郎はフツに急き立てられるようにあばら家を後にした。「悪鬼退散。去ね!去ね!」ともっちぃが騒ぐ声が追いかけてきた。
「大丈夫かな」
「ごめんなさい。私がいけなかった」
つまり、私はうかつだったのだ。うかつに酒を飲んで酔っ払い、うかつに梅太郎に喧嘩を吹っ掛け、梅太郎が人間であるようなことを口から滑らせた。もっと慎重であったならば、フツが遠慮してお百姓の家に泊まらないなんて言い出すこともなく、もっちぃも梅太郎が手配した家にフツを泊まらせることを反対することもなかったかもしれない。後悔しても仕方のないこと、と人は私に声をかけてくれるのだが、私はこの日のことを以後の人生においてほぼ毎日思いだしては、やるせない気持ちになるのだった。