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北風日記  作者: 小烏屋三休
師永津
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旅の仲間

 それは、そろそろ残りの米が乏しくなってきた最後の道程であった。すでに師永津領には入っていたが、町につくまではもう一息というところで、大きな川に出た。素朴な板を継いだだけの、手すりもない橋が一本あったが、そこを渡るためにはべらぼうな通行料が設定されていたので、私たちは川沿いをさかのぼることにした。聞くところによると、上流には(かち)で渡れる浅瀬があるという。

 そこを目指したのだが、延々と続くきつい坂道に嫌気がさしてくると、私たちはこれまでの飲食活動について暗にお互いを責め始めた。この頃には歩き巫女たちとは別れていたのだが、神秘的な領域で働き、文句も言わずに悪路を突き進むお目付け役がいないと、私たちは徐々に節操をなくしていた。

「はぁ、はぁ。腹ぁ減ったなぁ、もきっちゃん」

「も少しの辛抱だぁ、フツ。でも、はぁ、なんちゅうか、難儀だべなぁ。まだまだ若いおめに精のつくもん食わせられんで、すまね」

「精のつくもんなんて、こんなしなびた畑っきゃないところじゃぁ、なかなかねえんじゃねぇか、気にしないでくれよ。おら、体の大きいもきっちゃんの方が心配だぁ」

「そんなことねぇべ。例えば、麦縄だって、食べれば少しは精がつくだろうよ」 

 坂東の娘と叔父がぽそぽそと話しているのに私も同感、と首を大きく縦に振り振り歩きながら、少し遅れてくる男性二人組を振り向いた。

「……」

 二人はむっすりした表情で黙り込んでいるかと思うと、一人が私に向かってこう言った。

「おい、タキ。お前なんであの店で粥をおかわりしたんだよ」

 私は鳩が豆を顔に投げつけられたときのような顔をわざとした。そんなことをいわれるのはまったく心外だということが分かるようにだ。

 確かに私はお粥をおかわりした。しかし男二人の方はお粥の三杯の値がつけられた麦縄を、大きな音を立てて食べていたのだ。私は店の片隅の日も当たらない席で、ひっそりとお粥をおかわりした。それもお粥というにはあまりにも薄く、重湯というもなおはばかられる、米のとぎ汁のようなものを。立派な成人として人妻となった今、こんな淋しいお粥のおかわりを他人に咎められるとは思わなんだ。

 ちなみに私は護身のために再び貴族の姫の姿をやつし男姿となり、根無し草のタキとして旅をしていた。といって仲間内に女性であることを隠しているわけではなく、あくまでも旅の用心として男の姿をして、仲間外には男として見えるように扱ってもらっているのである。師永津までの道のりは最近とみに治安が悪く、飢えて逃散寸前の農民が旅人を襲う事件が頻発している。女が多いとなめられて襲われる確率が高くなるのだ。

「お前の米で払って食うんじゃないんだから、遠慮するべきだった。なによ、がっつがつ食べちゃって。坂東の二人は粥一杯に抑えたでしょうよ」

「えー、がつがつしてた?恥ずかしいなぁ。でもまだすごくお腹が空いているんだよ。あれ、なんだかすごくしゃぴしゃぴしたお粥で」

 私はなるべく角が立たぬよう、相手の言いがかりを柳のように受け流す術をこの旅で学んでいた。これはこの世界で生き抜く極意である。これを知っていたら、もっと梅太郎のこともうまく躱せただろう、と今になって思う。

 ただ、受け流しはするが、決して謝りたくはないので、上述したようにあの粥が腹の足しにならなかったことを主張しておくことは忘れない。

「しょうがない子だね。ほら、じゃあさっきゆっぴぃが見つけたモグラ食べなさいよ」

「いや、遠慮しときます」

「なんでよ、いいよぉ、モグラ」

 よく言うよ。自分だってゆっぴぃがモグラをとらえたときは、それ食うのか、お前本気か、と大騒ぎしていたじゃないか。

「気持ち悪いと思うからいらんのです」

「なんだと。こっちは親切で言ってるのに、ゆっぴぃの食べものを馬鹿にする気か?」

 面倒だなぁとそっぽを向いても、この人は執拗に食い下がってくる。するといつも通り隣の男から助け船が出た。

「うるさいですよ。俺のモグラを勝手に人にやらんでください。大体、タキの銭を落としたのはあんたでしょ?」

 私は仲間よりも一足早く、すでに素寒貧になっていた。道中、崖に渡された丸太を行く私が危なっかしいからと、荷物を持ってくれたのだが、それが谷底に落ちてしまったのだ。だから一切が私の責任で無一文になったとは言いかねるのだが、それでも大手を振って食事をできる状況ではなかった。

「あの銭はタキから逃げたがっていたんじゃあないかな。隙を見てひゅーっと自分から落ちてったんだもん。そういえばさ、タキは銭に逃げられる顔をしているよ」

おしゃべりなこの男は在命(ありなが)と呼ばれていた。面長でひょうきんな顔をしたこの男は人好きがして、私もすっかり気安く話していた。

「あんたの方もよっぽど銭に逃げられてるじゃないか。あんなぼったくりのいんちきのお守りを買っちゃって」

 在命は山道の途中に座り込んで商品を並べていた山姥のような婆さんから、大量の米を得体の知れないお守りに交換してしまっている。

「なにをぅ」

「ほらほら、ちょっとは静かにできんのですか、あんた方二人は」

 連れの男でゆっぴぃと呼ばれている在命のお目付け役はたしか基之(もとゆき)、ちがうな征里(ゆきさと)、いやさ行次(ゆきつぐ)という名前だった。自信がないのは、あだ名の方が耳に新鮮すぎてそちらばかりを覚えてしまったのだ。

 在命に関してはあちらからしきりと話しかけてくるので受け答えもそれなりにしたし実のところそれを楽しんでしまってはいる。しかし男装はしているものの、私は一応人妻なので妙齢の男子に自分からは極力話しかけないようにと心がけていた。同じ理由でおいそれとはあだ名などでは呼びかけない。在命は仮名だし、呼ぶのに抵抗のない名であるのでいい。しかしゆっぴぃと呼ぶのは、なぜかしらすこぶる気恥ずかしい。だから、彼の名を呼ぶときは『ほにゃ ゆき ほにゃさん』とほにゃのところを小声で言ってお茶を濁していた。

 そうして旅も序盤をとうに過ぎたというのに、今更もう一度名前を聞くわけにもいくまい。ここでは便宜上、行次と書いておこう。いややはり、ゆっぴぃにしておこうか。例え人妻であっても、心の中で親しく呼ぶくらいいいじゃないの。在命とはたくさん話したけれど、より信頼できて好印象なのはゆっぴぃだった。

そのゆっぴぃが金策のあてになりそうな作業を見つけてきた。

 私たちは最近は使われることのない駅路に出ていたが、小休止のときにゆっぴぃが用足しに一行を離れた。藪を進んでいくと、いつのまにか私たちが目指している浅瀬がすぐそこに見えるところまで来ていた。そこには先客がいて、二人の男が貴族の邸宛ての荷物を運搬しようとしているらしいが、難儀していたのだ。

 ゆっぴぃは皆がいるところに戻ってくると、彼らの手伝いを申し出れば師永津での宿と食事を口利きしてもらえて、さらに運が良ければ米や衣が手に入ると興奮気味に持ち掛けてきた。何しろ先方はたった三人の上、荷運びに使っていた牛馬のうち馬一頭と荷車がここにきて使い物にならなくなったようなのだ。

「でも、師永津には在命たちの知り合いがいるんでしょ?そこに泊めさせてもらうんじゃないの?」

「いるにはいるが、俺らは身を隠している最中だから、お前たちをぞろぞろ連れて知り合いを訪ねるわけにはいかない。お前らはお前らでどっかに泊まれよ」

「身を隠してるって、あなたたちお尋ね者なの?」

「けっ」

 在命はふざけて答えなかったが、ゆっぴぃは「違うっす」と答えてくれた。

「やむにやまれぬ理由があって身を隠してるけど、お尋ね者じゃないっす」

「雲をつらぬく尊い身分を、隠しているのだ」

 在命がまぜっかえす。

「タキは一文無しだし、フツともっちぃはまだ旅が続くっしょ?手持ちの米を使わんで寝場所にありつけるなら、その方が都合がいいんじゃねっすか?」

「んだ、んだ、手伝って寝床さ貸してもらお」

 坂東の叔父と娘も賛成したので、私たちは早速話をつけた。


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