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北風日記  作者: 小烏屋三休
干滝殿
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神殿へ

 私はどこにでもいるような普通の女児として、言葉にするほどの身分もない父母の間に生まれた。

 父は母と、まだへその緒のかさぶたがとれやらぬ私をつれて、都から逃れるように、粗末な船で母の故郷である南の島へと漕ぎだした。病がちであった母は旅の途中で命を落としたが、父と私は椰子の木がわんさか生えている南の島までたどり着き、しばらく穏やかに暮らした。

 数年たったとき、その椰子の実が落ちてきて父の頭を打った。幸い直撃ではなかったので一命はとりとめた。しかしそれをきっかけにしたように、父は人が変わったようになった。おどおどとおびえて暮らすようになり、しまいにはまたもや何かに追われるように、別の土地を目指して荒波を進んだ。

 牙のような波が、夜も昼もなく(いかだ)と見紛うような船に降りかかる、寂しい旅だった。櫂を繰る父が終始震えていたのを覚えている気がするが、後に父が聞かせてくれた話を自分の記憶のように考えているのかもしれない。

 やがて父は大河の流れる国へとたどりつき、そこで郡司の娘と結婚した。ここは最初の逃避行の際に通過した国だったのだが、なんとこの郡司の娘のところには私の腹違いの妹がいた。つまり父は最初にこの村を通過した際に郡司の娘を腹ませたのだ。その旅の途中で母が亡くなった悲壮極まる旅だったはずなのに、男とは本当に誠意がないというか、見境がないというか、はたから見ると納得のいかない点もあるが、当人たちの事情もあるだろうので、深くは追及しないことにしている。

 継母は悪い人ではなかったが、当然というか、実の娘の方を手塩にかけて育てた。

 ひがんでいるわけではない。継母は私に優しく接してくれた。ただ郡司が管理する土地は豊かではなかったので、娘たちに注げる財力に限りがあったのだ。私ときたらひょろひょろ背が高いだけで秀でたところもなく、今後高貴な方に見初められて栄達の道を進むこともないと思われたし、それに反して妹は愛嬌があって仕込み甲斐があった。そこで妹の方にお行儀やお琴などの芸事を田舎にしては厳しく仕込み、私のことは放任しておく、という教育方針がとられた。

 私は子供ながら、自分の身の気楽さをかみしめてそれを愛していた。好き放題させてもらったので、男の子の遊びもできたし、相撲やとっくみあいの喧嘩をしたこともある。普通、というには恵まれ過ぎていたかもしれないが、自分の感覚ではまったくのんきな普通の幼児だった。


 普通でない、と知れたのは数えで七つのときだ。わらべ歌をくちずさんでいたら、周りの(わらわ)たちが次々と昏倒したのだ。神子は歌う声に神威が宿ると言われているから、私もきっと神の子だろうということで、神殿(かむどの)と呼ばれる、国境にある吉川大神宮の一施設に預けられることになった。

 そこには私以外にもたくさんの神子(みこ)が集められていて、神々の怒りが世界に及ばないようにと朝から晩まで、舞ったり歌ったり、唱えたり、ひたすらに神を畏れ敬って暮らしていた。舞いや歌の指導は厳しく修練を重ねつつ、実践で祈祷をする。地震や日照りなどに見舞われた災害地に赴くこともある。毎日は忙しく、しんどいことが多かった。とりわけしんどいと感じることは、性の抑制であった。

 建前と化している部分が多いけれど、神子というのは純潔でならねばならないし、性的であってもならなかった。古参の神子たちは出で立ちもふるまいも中性的だったが、そうでない新米の神子たちは実際の性と逆になるような衣装や挙措を基本とするように指導された。

 また、そういった外面一枚だけでなく、体そのものについても、女性らしい、あるいは男性らしい発達をしないように調整をしていた。具体的には朝晩一つずつ丸薬を服用すること、冷たい水で(みそぎ)をすることが課せられていた。

 矯正を続けるうちにだんだんと体が目指すものに近づいていくのが、人ならぬ力がまざまざと働いているようで、とても不思議だった。頼りなげだった腕や足が、若木のような少年らしさを蓄えていく。

 この体の改造、いったいどこまで変化してしまうのか、については神殿を出て、ここに来てからも折に触れて良く聞かれる。神祇伯や北の方、侍女や下働きの者たちまで、興味深々らしい。しかし、神子ひいては神殿の秘事に触れるので誰にも話したことはない。此度もこれ以上の言及はよしておくことにする。還俗(げんぞく)したといえども、秘密はきちんと守らねばならないのだ。

 そんなふうに性別についての抑制はあり、それに関する個々人の葛藤、そこから生まれる軋轢(あつれき)など、息苦しい面もあった。しかし私は大股で歩くのも好きだったし、低い音程で歌うことも好きだったので、男として暮らすこともそれなりに楽しめた。


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