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北風日記  作者: 小烏屋三休
干滝殿
28/88

分天寺

 分天寺というのは、天を分ける、という字であるので、寺の由来にたいそうな出来事を予感させるけれども、実際の縁起は違うようである。詳細はうろ覚えだが、尊い方の垢が点々と空から降ってきた場所に建てられた寺、というものらしい。新興貴族が積善のために三十年ほど前に建立した新しいお寺であり、それまではただの山であった。山の中に隠れるように建てられた質素な寺で、小さな門が一つあるきり、あとは岩が天然の塀となっている。寺を探すのに難儀し、木登りまでして高いところからお堂の屋根を発見することができた。

 ところがようやく探し当てた寺の門は閉ざされていた。私はもう一度よじ登れそうな木を見つけると、そこから岩場に飛び移って境内に潜入した。

 岩場から飛び降りて中に入ってしまうと、そこはがらんどうと広く、遠くの方に小さなお堂があるばかりだった。お堂の手前には、葉を落とした木が一本細長く立っている。

 私はそそくさと岩場側に戻り、お堂に向かって歩いた。身を隠す木や茂みが圧倒的に少なかったので、もはや丸見えであるが仕方ない。

 ところがお堂にも人影がなく、私は誰にも見咎められずに済んだのだ。小僧さえいないのは、どこかにお遣いにいっているのだろうか。お堂の向こう側に石碑が見えたので、そこに行ってみた。それは天の垢が降り積もった場所を記念するものだった。つまりこの石碑がいわば寺の要たる部分であろうが、見た目がめっぽう悪い地銭(ぜにごけ)に蝕まれていて、ろくに手入れがされていない。ここの住職は呪詛などという悪事ばかりに首をつっこんで、要の部分を清潔に保たないとは、まったくけしからん。

 石碑の裏は茂みになっていて、その奥には切り立った岩があった。どうもここが洞穴になっていて、人がいるらしい。ぼそぼそと話し声が聞こえるので、私は気配を殺して様子をうかがった。

「どうも先日来、呪詛があんじょういかへんのどす。こう、のれんに腕押ししているような、なんとも手ごたえがありまへん」

「和尚。今日が結願の日なのに、手ごたえがなくてどうする」

「そないなりますと、呪いが返ってくるかもしれまへんなぁ」

 この気の抜けたような声は、あの晩の坊主の声だろう。身を乗り出すと、湿った土のにおいに混じって、木の燃える香りがした。岩室(いわむろ)の中では、僧衣の者と大副が二人して護摩壇(ごまだん)を囲んでいる。

「そんなこと言われずとも知っている。しっかり呪い倒せと言っているのだ」

「なんやら手ごたえがなぁ。こない言うたらなんですけど、大副はんからもろた情報、ほんまに全部合うてます?呪いちゅうもんは漠然と相手の名ぁだけでもまあええんおすけど、名前、親の名前、性別、年齢、在所、趣味、呪う側の名なんてな諸々のことをきちんと断定してからの方が効き目があるんどす。効き始めるのも早うなりますし。せやけど間違った情報並べたら一気に効かななりますよって、あやふやなことならむしろ書かない方がええんです。ひょろ瓜の名前、それと親の名前はほんまに合ってますのん?」

「合ってる。真名はわからぬが、通り名で十分だろう」

「さよですか。ほんなら、本人はふらふらして、屋敷におらんのかもしれまへんな。どら、在所の範囲を広げてみましょか」

「ひょろ瓜のやつ。死に際の悪いやつだ」

 はて、と思った。梅太郎が失踪していて大副邸にはいないことを、この坊主に伝えていないのだろうか。

「ほな、中京区間之町通御雲下る東側いう箇所を、中京区全体に変えまひょ」

 中京区とな?大副本宅は下京区蛸壺通五条下る東側である。今この坊主が言った中京区間之町通御雲下る東側というのは、神祇伯邸の住所である。

「中京区におりし名見教資(のりすけ)が娘、遠の君、齢十五でよろしおますか?」

「おお、合うておる。しかし今考えると、十五にしては老けて見えた。怪しいな、歳もはずそうか」

「性別は女ってのもほんまでっしゃろな?なあんて聞いてみたり」

「いやいや、実に疑わしいのはそこだ。私が見たときにはな、面構えがまこと、女のものではなかったわ。妙に上背もあるらしいし。性別も念のため書かぬが良いだろう」

「おっほ、男同士なんて、けったいな夫婦御供おすな」

 つまり呪詛の対象は私であるようだ。つまり、ひょろ瓜というのは私、あの夜、『食うて寝てるばかりやさかい一ひねりできるわい』と侮られていたのは私、私が毒で死なないから梅太郎を標的にすることにしたのではなく、最初から最後まで亡き者にしたいのは私だったのだ。そして見目好い三毛猫というのが梅太郎ということか。大副ったら、自分が梅太郎の側の後見だもんだから彼ばっかりひいきして、欲目に見てるんじゃないの?

 思うに私は韜晦(とうかい)しすぎて暮らしているのかもしれないね、今度からはもう少し自分の魅力を見せつけるべきだ。もっと私のことを知ってもらえたら、もう少し見直してもらえると思うのに、残念である。

「さ、大副はんは今言った通りに呪詛状を新しく書いたってください。あては新しい火を焚かなあきまへん」

 坊主はそう言うと手に持っていた紙を火炉の中に捨てた。

「おお、おぬしも早くするのだぞ」

「へぇ」

 大副がまず立ち去る気配がしたので、私は慌てて岩の重なり合っているところに隠れ、身を細くした。まもなく大副がおぼつかない足取りで出てきて、お堂の方に戻っていった。さほど足場が悪いわけでもないのに、驚くほど年寄りじみた歩き方であった。見ている方も心配になるほどだ。大副は見たところ三十代半ばくらいなのに、こんなんでこの先大丈夫だろうか。

 しばらくしてから護摩木の山をつついて崩し終えた坊主が立ち去った。新しい薪を取りに行ったのだろう。

 あたりに人気がなくなったのを十分確認してから、私は中に入っていった。天井も開口部もいびつな形をしているのは、自然にできた洞穴ということだろう。

 すぐ目の前にある小さな池の光を反射して天井が光っている。呪詛などしていなければ、まことに心落ち着く空間であろう。

 中央には美麗な護摩壇がある。なるほど、これが大副がこの寺に寄進したという、特別注文の護摩壇だろう。私が縁の下に潜んでいたあの夜、坊主が大副にお礼をいっていたものだ。金による装飾は四隅にちょこんとあるのみだが、それを補うように豪華な彫りが施されていて、華やかさを演出している。大副の本宅でも別宅でも感じたことだが、彼は趣味がいいらしい。ごてごてさせずに品よく飾り立てて、分別がある人だという印象を受ける。実際は地位を獲得するために人を呪殺しようとする分別のふの字もない人だが、これが都の金持ち貴族というものか。

 護摩壇の中の火炉にはまだほとんど燃えていない呪詛状が置いてあった。これに、自分への呪いが書かれているのか。どんな恐ろしい言葉が書いてあるのだろう。きっと簡潔に書いてあるのだろうけれど、意外にどろどろした恨みつらみと凄惨な死に方の指定があったりして。いやもっと呪いを聞き届ける鬼の耳に入りやすいよう、ただの悪口である可能性もある。

『遠の君は還俗しても元神子風をぶんぶんに吹かせ、すかした態度をとっているが内心は人間に欲情している俗物中の俗物である。無理やり同衾に及んだ人間にも逃げられるという、差し歯で耳の中が獣臭くて鼻の下の産毛を処理しないどころかすぐに伸ばしたがる、ひょろ瓜みたいな顔をした救いのない人物である。おまけにふた月に一遍足の小指の爪が自然にひしゃげるのも気持ち悪いので亡きものにしたまへ』とか。別に呪詛にしなくたって、これが怪文書として都に出回ったら、それだけで私はもう夫婦御供を投げ出して田舎に帰りたくなるかもしれないよ。

 このようなことを考えている場合ではないのだ。私はこれ以上呪詛状が燃える前にと、小刻みに震える指を伸ばした。

 呪詛状を手にしたとたん電撃が走るとか、いやな悪寒に包まれるとか、そういったことはなかった。拍子抜けするほど軽い紙であった。

 中を確認すると、確かに私への呪詛状であった。予想通り簡潔な内容であった。なんだよ、大副って、ひねり、遊びがなくてつまんないね。予想と違っていたのは、願主たる大副の名前が書いてなかったことくらいか。その代わり火炉の中の乳木(にゅうぼく)の燃えさしには私の名前と大副の名前とが書いてある。これも持っていこうか。これらを持って帰れば、私の身も、梅太郎の身も今後は案じる必要がなくなるのだろうか。

 清潔な神祇伯邸に戻って、のんびり昼寝をする生活に戻れるのだ。もう塩自に相撲で投げ飛ばされることもなく、丸まろの唾の音におびえることもなく、いきなり女性にびんたをされることもなくなる。夜な夜な聞こえる悲しい恨みつらみの声も、出勤のときに長話をしてしまって遅刻に焦ることもなくなる。

 振り返ってみると、社会の中で働くというのは、楽しいこともあったが、なかなかにしんどいことばかりであった。少しでも快適にするためには報連相、これが肝要である。それが今回、身に染みてわかった。

 神祇伯邸に戻ったら、この報連相を生かしていこう。「居候させてもらってわがまま言っちゃ悪いわよね……」「こんなこと言ったら変に思われるかしら」などと遠慮せず、まずは「鰯をください」「気にしないでいいと申し上げましたが、胡瓜はやっぱり嫌です」「興味があるので蹴鞠をさせてください」などと、自分の思いを伝えてみよう。見えない鎖から解き放たれた生活は、以前のものより快適になるはずだ。

 いえいえ、家に帰るまでが遠足、油断は禁物である。持ち物の再確認、それから退路の確保、実際の退却を順に済ませねばならない。持ち物、呪詛状と護摩木の乳木、よし。でも、とそれらを懐にしまってから、はたと思った。本当にこれで証拠として事足りるのだろうか。大副はなんといってもこの世知辛い社会を何十年も生き抜いてきている手練れである。立派な木材を買い集め、品よいものに囲まれて暮らす、大人の悪党なのだ。

 一方の私は、生きてきた年数も彼に及ばなければ、そのほとんどの歳月さえ世間から隔離された神殿で暮らしてきたくちばしの黄色いひよっこである。

 自慢ではないが、滝石として暮らして始めて二十日ほどのうちに、詐欺掏摸(さぎすり)ぼったくり、恐喝などの被害にあってきた。市井とはまこと生き馬の目を抜くような場所で、私のように後ろ盾もない世慣れていない人物はすぐに目星をつけられ、かもられるのだ。

 こんな社会的(いしずえ)のないひよっこが寄せ集めた証拠品に、どれだけ信を置いてもらえるのだろうか。大副がほんの一言、言い逃れを言うだけで、私の集めた証拠品などは捨てやられてしまうのではないか。巧みに逃げ口上を述べる奴の小さな口について、容易に想像がつく。想像しただけですでにあのおちょぼ口が憎い。

 そうだ。この護摩壇ごと持っていったらどうだろう。燃えさしの上に呪詛状を乗っければ、二つの焦げの形が一致するし、護摩壇が特注品なら大副と呪詛のつながりを証明する手立てになろう。それにこれくらいどっしりしたものならば、証拠として無視できない存在感をかもしだす。

 両手を広げれば、ぎりぎり持てる大きさである。ただ問題は重さだった。たいそう重いと推測する。私は護摩壇の上に並べられている仏具を手早く下におろすと、えいやっと護摩壇を持ち上げてみた。

 私は目と口をかっと開いた。あまりの重さにまずは腕が下に持っていかれ、それから顔中の筋肉まで下に引きずり落ろされたのだ。結婚を前に、肉が垂れさがってしまう!玉の肌は私の数少ない魅力のうち最大のものなのに!

 などと言っている場合ではないので、肌がどうなっても持っていくしかない。すでに一歩なら歩けたのだ。焦らず一歩一歩確実に積み重ねていけば、いずれは境内の外に出られるだろう。私はよろよろしながら護摩壇を運んだ。

 岩室の入り口で一休みだ。ここは足場が少し悪いから、気を付けていかねばならぬ。あ、でもそういえば、持ち物点検だけで退路についての考察をまだしていなかったね、危ない危ない。どうやってこの護摩壇を神祇伯邸まで持っていったらいいかな。誰か人足を頼もうかしら。

 さて、いつ退路について考えるべきか。少なくとも、今ではない。ここは私の人生の中でも屈指の難所、いくら気を付けても気を付けすぎるということはない、底抜け注意肝要足場だ。いわば人生の足場の山場、人生の山場である足場、人生における流鏑馬(やぶさめ)の終わった(ばば)だらけの馬場、人生におけるかげろうお銀の入浴場面(これは梅太郎より仕入れた知識である)。とにかく万全を期して注意注目が必要な場面だ。ところが歩き始めてすぐ、私は護摩壇の重さにまたしても気が遠くなってきた。気を失ったら最後、足を滑らせ、護摩壇の下敷きになって死んでしまう。そこで苦肉の策として気を紛らわし、腕に仕事をさせていることを忘れさせながらも正気を保って進もうとした。私は先ほど戒めたにも関わらず、退路について再び考え始めてしまったのだ。

 そうして私は思い至ってしまった。本日このお寺の門扉は閉じられており、私は岩場を伝って侵入したのであったということを。つまり、出るとしたらこの腕と顔の全筋肉を殺しにかかってくる護摩壇を担ぎあげていかねばならないのだが、わかっていたかね、私の筋肉たちよ。

 私の内なる問いかけを受けて筋肉が絶望したのと、おろそかになった足元が滑ったのが同時だった。私は三尺の高さの岩から滑落したが、そのときに気づいた。(かんぬき)をはずして、門を普通に内側から開ければいいじゃん、と。

 運のいいことに落ちたのは護摩壇だけで、私は木の枝につかまって耐えることができた。

 途方もないほど大きな音をたてて護摩壇が落ちていく。私は茫然と、やけに跳ね上がりながら落ちて脚がもげた護摩壇を見つめていた。

 やがて音を聞きつけてお堂から大副と坊主が駆け出してきた。そして当然のように木にぶら下がっている私を見つけ、騒ぎ出した。

「お主、一の姫の……。そうか、どこかで見たことがあると思ったら、お主が遠の君じゃないか。おい、こやつだ。奴が呪詛対象だ」

「でっかいやっちゃなぁ。あっ。こいつ護摩壇を落としよった。さっきの音はその音やったんかいな。わぁぁ、なんてこっちゃ」

 私は枝をよじ登ると踵を返して駆け出したが、坊主が大声で読経を始めると懐が急に熱くなった。慌てて胸元を開くと、水干にへばりついた護摩木がめらめらと燃えている。さっききちんと火が消えていなかったのだろうか。

 私はへばりついた護摩木を衣ごと捨てるべく、走りながら水干を脱ごうとした。ところがそのときに読経の声が一層高まり、私は胸に疼痛を覚え、もんどり打って倒れた。

 息が詰まったが、それよりも衣に火が回り始めているので、私は必死で着ているものを脱ごうとするのだが、手首を負傷したようで、ぶらんぶらんとあらぬ方向に揺れて思い通りに動かない。それでも何でもめちゃくちゃに衣をひっかきまわして上衣を脱ぎ、(さらし)一枚の素裸で駆けた。

 絶対に逃げ切る、これだけを考えて走っていたので、自分が寝転がっているのに気づいたときに、すでに神祇伯邸の畳の上で寝ているのだと錯覚した。実のところは再びもんどり打って倒れて、薄闇の空を見上げていただけだったが。

 素肌の肩を、優しい夕方の風がなぶっていった。高くに揺れる木々の葉が赤く色づいていて、気づかないうちにすっかり秋になっていたのだと気づいた。

 遠くのほうから聞こえる大副と坊主の怒声を縫って、たたた、とやけに軽い足音が近づいてきた。お遣いに行っていた小僧が近づいてきたのかしら。その足音の主は私を素早く、でも丁寧に抱え上げた。あまりにも優しく抱えてもらったので、反射的に頬を奴の胸元に摺り寄せると、

「ほんと、バカだな」

 と、聞きなれた声で言われた。

「丸まろぉ。体中がね、痛いよ」

 私はむせ込みながら言った。

「黙ってろよ」

「ご、護摩壇も担いで行ける?」

「担げるわけないだろ!いらんよあんなもんは。呪詛状だけで十分だよ」

「あ、丸まろもやっぱり神祇伯様に言われてきてたんだね。そうじゃないかと思っ、ごほごほ」

 追手が中高年とはいえ、私を抱えての丸まろの逃亡はさぞかし難儀しただろう。ずっと抱えられていたのか、あるいは途中で自分で少し歩いたかもしれない。必死すぎたのと怪我のせいで熱が出ていたので、逃亡劇についての記憶がない。ほうほうのていで神祇伯邸にたどり着いたのだが、しばらくの間寝込むこととなってしまった。


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