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― 受け継がれる想い ―

 開いて頂きまして、ありがとうございますっ!


 是非ともこの先へとお読み進めて下さいませ。


 誤字脱字などお気づきの点等ございましたら、


 どうぞご遠慮なくお申し付けください。


 なお、実はこの話、


【こう見えても実は俺、異世界で生まれたスーパーハイブリッドなんです。】


 の序章、その第四話となるお話、最終話です。


 是非ともそちらもお読みになって頂けると幸いです。

 ある処に、若い夫婦がいた。


 結婚して数年間、これまで二人は幸せに暮らしていた。


 だが、お互いに影の部分を抱えている。


 それはお互いに認識はしているものの、解決は出来ないままとなっていた。


 夫は自分の妻が妊娠する事に、一抹の不安があった。


 自分が生まれる際に彼の母親は、出産に耐えられずにその命を落としていたのだ。


 産声を上げた彼のその声は、母親には届かなかったのだろう。


 生まれてからは父親が男手一つで彼を育てて来た。


 最愛の妻を亡くした父親の気持ちを思うと、彼は子供ながらにその心をずっと痛めてきたのだ。


 そんな理由もあってか、自分の子供が欲しいと言う気持ちは、他人よりも少なかったのかも知れない。


 夫は妻の健康だけが一番の幸せだと考えていた。


「子供が出来たら男の子と女の子、どちらが良い?」


 いつだったか、妻にそう訊かれた事もあった。


 本心ではどちらでもいい、妻の健康だけが彼の望みだった。


 そんなある日、妻の健康診断で聞き覚えの無い病名を耳にした。


『抗精子抗体の疑いがあります』


 妻の健康自体には何の問題も無いが、自然受精の見込みだけはないという。


「圭吾さん……赤ちゃんが産めなくてごめんなさい……」


 妻はそう言うと涙を流し、夫は妻を優しく抱きしめた。


 自分が子供よりも妻の健康を願っていたのは、決して後悔などはしていなかったが、妻の落胆ぶりを目の当たりにしてからは、その残酷な運命を悔しんだ。


 それからというもの、二人は幾度となく神に祈った。


 どうか、治りますように……。


 そして、妻に夫は優しく諭すように話す。


「人工授精なら見込みはあるらしいし、考え過ぎたら良くないよ」

「ええ……」


 返事をした妻のその目には涙が溢れてくる。


「俺は、君が好きで結婚したんだ。例え子供が出来なくても、君が居てくれるだけで幸せだよ」


 そう言われて、尚更、彼女の涙が止まらない。


 家で夫の帰宅を待つ間、静寂が彼女を包むと、結婚して間もなく夫が話していた事を思い出していた。


啓子けいこにそっくりな女の子だったら、俺は絶対、嫁にやる自信がないから、出来る事なら男の子がいいかな」


 そう言われた事を思い出しては、また涙が流れる。


 こんなにも涙を流す事など、これまで彼女には経験がなかった。


 こんな日が何日も続き、何も考えて居なくても自然に、彼女の目には涙が流れていた。



     ♢    ♢    ♢



 ある時、夫の圭吾は一週間程の休暇を取って、妻の啓子を旅行へ誘う事にした。


 全てにおいて無気力になってしまっていた妻は、家から出る気など無かったのだが、彼女はそんな夫の気遣いが嬉しかった。


  そしてまた、涙が溢れて来た。


 折角なら都会の雑踏からも離れ、自然溢れる所が良いと二人は考えた。


 そして夫の休暇がとれると、二人は高千穂と呼ばれる土地へ来ていた。


 数々の滝や渓谷があり、高千穂峡たかちほきょうと言われ有名らしい。


 そしてそこは偶然にも、神が地に降りた場所との言い伝えもあった。


 その為か数々の神社もあり、二人が想像したよりも多くの観光客が来ていた。




 二人がその土地へ来た日の宿は、小さな山村にある民宿だった。


 こじんまりとしたその宿は豪華な宿とは程遠いが、それがまた妻を和ませていた。


 その日の深夜、妻は窓から差し込む月の光に気付いて、ふと目を覚ました。


 時間は午前一時を回っている。


 夫は旅の疲れと夕食の酒で、ぐっすりと眠っていた。


(月の明かりってこんなに明るいの? 田舎だからかな?)


 こんなに月の光が明るいとは、思いもよらなかった。


 部屋の窓から空を眺めると、丸い月が光っている。


 周りの星々はその明るい月の為、光に埋もれて殆ど見えない程だった。


 窓の下へ目をやると、やはり真夜中とは思えない程明るい。


 民宿の脇に木々が見えるが、その木々の奥にほこらが見えた。


(何かある……)


 何気なく興味を持った妻は、既に着替えて見に行く気持ちになっていた。


 月明かりで明るい外は、深夜である事の恐怖など、これっぽっちも感じさせない。


 程なく、宿から少し離れた林の中を進むと、確かに木々の奥に小さな祠がある。


 その前には、湯飲みとお皿が供えてあった。


(民宿の方が、お供えしてるのかな?)


 自然に妻は手を合わせた。


 すると涙がまた流れてくる。


 どうしようもないこの気持ち。


 夫が自分を想って、誘い出してくれた。


 だが、まだ自分は立ち直れずにいた。


 そんな夫へ、申し訳ない気持ちもあった。


 きつく目を閉じ、涙を止めようとしても、どんどんと溢れてくる。


 自然に合わせた手にも力が入ってしまう。


 小刻みに震えて声を殺して泣いていた。


「どうか、どうかお願いします――」


 強く合わせていた手の力を緩める瞬間、自然にそう声が出てしまった。


 そしてゆっくり目を開けると、涙でかすんではいたが木々の隙間から、優しい月明かりが射しているのが見えた。


 そこへぼーっと白く光るもやが見えた。


(えっ⁉ 何あれ……)


 ハッと息を呑んでそれを見つめると、その光のもやから何かが出てくる。


 人のかたちに見えたが、その全身は月の様に光輝いている。


 やがてハッキリと人のかたちとなり、こちらを見て立つ髪の長い女性だと分かった。


 そして、この世の物ではないと一瞬で悟った。


 そして昼間に聞いた、神々が降り立った場所と言ういい伝えを思い出す。


 すると彼女は自然に両手を合わせて頭を下げた。


『お辛いのですね』


 そう聞こえた。


 彼女は更に涙が流れて来るのを感じていた。


(まさか、神様なの⁉)


 瞬時に願いを聞いて貰える好機だと感じた彼女は、手を合わせ下を向いたまま首を横に振った。


「私の夫が可哀そうでなりません」


 妻はそう言って手を合わせたまま下を向いて泣いている。


 光り輝くその者には、彼女の辛さが分かっていた。


 そして、彼女がどんなに苦しんでいたのかも……。


 それなのに、自分を目の前にしてこの妻は、彼女自身よりも夫の気持ちを想っていると察した。


 光り輝くその者はゆっくりその妻に近づくと、そっと優しく彼女を抱きしめた。


「神様……どうか、あの人をお救い下さい」


 彼女は腕の中で小刻みに震え、か細い声で泣きながらもそう言った。


『私は貴女のおっしゃる様な神様ではありませんよ~』

「え……」

『ですので~そのお願いはお約束出来かねます~』

「そ……そんな」


 光り輝くその者の腕の中で、彼女が一瞬びくっとしたのが分かる。


 光り輝くその者はゆっくりその妻の肩を掴むと、近くで顔を見合わせた。


 涙の流れるその瞳には失望感と不安感が見えていた。


『ですが~提案があります~』


 光り輝くものがそう続ける。


『貴女に子供を授けられます~それでどうですか~?』


 そう言われると、その妻はきょとんとした表情になった。


 だが、見つめられたままゆっくり頷く。


 彼女の了承を確認したのか、光り輝くものが微笑んだ瞬間だった。


 妻が軽い眩暈を感じて目を閉じた、次の瞬間、彼女は何かを感じハッとその目を開けた。

 さっきまでの月明かりの祠前ではなく、目の前には立派な祭壇の様な物がある。


 そして、妻は近くの椅子へ座らされた。


「私は~名をルーナと言います~」


 ルーナは妻に向かって微笑んだ。



      ♢    ♢    ♢



 時を少しさかのぼる――。


 ここはエランドールと呼ばれる世界。


 様々な生命が共存共栄しており、その宏闊こうかつな大地や無限に広がる宇宙空間などは、主に十二名で構成された元老院が統率していた。


 更に、元老院はこの世界へ繋がる異世界までも、その圏域けんいきと考えていた。


 私の友人の先祖も遠い過去に異世界から大陸ごとこちらへ来て、共存を始めた種族であった。


 だが、エランドール(こちらの世界)ではその大陸があった世界を、今では関わってはいけない禁断の場所として定められているらしい。


 私はその友人を心から敬愛していた。


 故に、その友人のご先祖が生まれたその異世界にも、興味を持ってしまったのだ。


 遂に、こっそりとその禁断の場所を覗き込んでしまった。


 そこはとても不安定な運命を背負った世界だった。


 しかも、その時偶然にも別世界との接触が見受けられた。


 ある妊婦の魂と契約している様なのだ。


 最初に私が視た時にはそれが誰なのかは特定出来なかったが、何度か視ている内に、その方法が私の知る者、メングロズに酷似していると気付いた。


 メングロズは別世界にある魂のその時期が来た時、自分達の世界へ連れて行くのだ。


 ゆえに死神と呼ばれ、忌み嫌う世界もある。


 だが、私はメングロズを死神とは思ってはいない。


 むしろ、人知れずに行動している救護する者であると認識していた。


 そんなメングロズと酷似したモノの所業を目の当たりにしたのだ。


 最初に遭遇したのは、ある事故が起こる前兆時だった。


 高校一年生の女の子を迎えに来ていた。


 だが、その時は特殊な次元の歪と同級生の男の子によって事故は回避され、その女子高生は生き永らえる事が出来た。


 だが、その者達の魂に対する執着は執拗だった。


 私がその後も注意していると、やはりその時は来た。


 その女子高生は既に成長し、妊婦となっていた時だった。


 臨月が近くなって来た頃、重大な事件が起きた。


 その妊婦に私でも死神と思える者達が、事もあろうに顔所の魂を狙っていたのだ。


 そして、一つの魂を巡り戦いが起きた。


 結果的に、メングロズと酷似したモノは辛うじて魂を護り通せた。


 その数日後、妊婦と死別したその夫、そして看護師に抱かれた一人の新生児が居た。


 その後、その新生児は健やかに育つのだが、その父子には先に逝った母親の守護があると私には確信できた。


 そんな地球という世界。


 他にも多種多様の生物が混在する中で、人間だけが一際目立っていた。


 人間は、その世界にあるものだけで、己の大地までも遠く離れ、到底生活など出来そうもない土地にまで降り立って見せたのだ。


 そして人間は、己の世界を汚す者もいれば、命を懸けて守ろうとする者も居た。


 そんな人間を、複雑な心境で見ていた。


 知れば知る程、人間が分からなくなってしまう。


 小さな命を己の命を懸けて守ったり、弱った命を甲斐甲斐しく世話したり。


 そうかと思えば、いとも簡単に命を奪うものや、時には、無差別に数え切れないほどの命を奪うものもいた。


 どうして傷付け合ったり、愛し合ったりを繰り返すのだろう。


 私には、全く理解が出来なかった。


 私は、母親に先立たれた新生児と、妻に先立たれたその夫が気になって、その後も幾度となくその土地を覗き見していた。


 そしてある時、地球の事を友人に聞いてみることにした。


「ねえ、セリカ。知りたいことがあるのだけど~」


 意を決してそう話し始めると、セリカと呼ばれたその女性は、少し驚いた様子でこちらを伺う。


 セレスティア・リリー・カルバン、それが彼女の名前だが、彼女の両親にも面識のある私は、セリカと呼んでいる。


 黒髪の中に黄金色に光る髪が混ざり合い、その長い髪を後ろで一つに束ねている。


 そして右目は金色に光っているが、左目はそれとは対照的な漆黒色である。


 そう、髪と瞳の色が黄金色と漆黒色に分かれているのだ。


 それが彼女のコンプレックスだったらしいが、私にはとても魅力的に思えた。


 身長は私よりも高く、軽そうで動き易そうな鎧をいつも着ている。


「一体どうしたと言うのです? ルーナらしくもない口調で」

「前に話してくれた、セリカのご先祖様の世界なんだけど~」


 そう言ったところで、セリカが更に驚いて目を見開いた。


「ま、まさか! 行ってきたのですか!」

「いえいえ~行ってはいませんけれど~? 覗き見してただけ~」


 確かに行ってはいない。


 かなりの時間見てはいましたけど。


「そうですか。関わることは禁止事項ですよ? 我が王が地球と決別してから、ここエランドールでは、封印された世界になったと聞いております」


 私も気になって少し調べたが、そうなっていることにショックを受けていた。


「それはそうなんですけどね~。ねね、ラムウ王国の方々がこちらへ来てから、どのくらいだと思う?」


 セリカは腕を組み、考え始めたがすぐに諦めた。


「いえ……」


 でしょうねえ。


 エランドールでは、時間の概念が少し違っていた。


「えとね、地球では二万年近くらしいの」


 そう言ってみたが、セリカにはどうもピンと来ないらしい。


「二万年、ですか?」


 ピンと来ていなそうだが、それはそうだろう。


 この世界で生きる人にとっては、地球の年月等は無意味に近かった。


「えとね~? 今の地球では、人間の平均寿命が七十年位らしいの」


 そう言うと、セリカはかなり驚いた様子で指を折りだした。


「え⁉ そんな……幾つも世代が……」

「ええ。きっとセリカの王様も生きてらしたら、きっと驚くわよね~」


 セリカの先祖。


 それは、かつて地球に存在した大陸に存在していた。


 ラムウ王国と呼ばれていたその大陸は、その王の名前であった。


「ルーナ殿、貴女は我が王を詳しく知っておられるのか?」


 セリカは自分の先祖を伝説としか知らない様だが、それは私も同様だった。


 ここエランドールにある知識の間で、こっそりと調べただけだ。


 ラムウ王の意志はエランドールに対し、永遠に信義を誓うことにあった。


 ラムウ王が統治していた土地の民は、ラムウ王亡き後もそのまま王の教えを代々受け継いで来た。


 ラムウ王の血縁である王族達は、初代王であるラムウ王以外を王としない風儀があり、王亡き今もなおラムウ王の代行者として血縁者が統治し、国民は平和に暮らしているのだ。


 ラムウ王の血縁であり、しかも直系であるセリカは、王の代行者として玉座に座る資格があり、彼女の祖父はエランドール元老院議員の一人でもある。


 私はゆっくりとセリカへ話し始めた。


 大昔、地球のラムウ王国はエランドールと交易があった事。


 ラムウ王国民は道徳心もあり博愛主義で、エランドールは安心してその知識と知恵を授けていた事。


 だが、ある時ラムウ王が知ってしまった、自分たち人間の行く末、地球の結末。


 それを悲観したラムウ王が自分の命と引き換えに、王国全ての民を救って頂きたいと、エランドールへ嘆願して来た事。


 勿論、エランドールはラムウ王の命を奪う事等はしなかったが、元老院の協議の結果、エランドールへの移住計画が遂行された。


 調べ上げた全ての事をセリカへ話して聞かせた。


「そして地球の大地、大陸ごとラムウの民をこちらへ移動させたという話ですね」

「ええ、だけど、移動させたのはそれだけではないの」


 セリカが不思議そうに耳を傾ける。


「他にも多くの種族がこちらへ移住しているのは知ってますよね?」

「ええ」


 セリカは深く頷く。


「実はユーナのご先祖も地球から移住して来ていたの」


 ユーナとは、セリカと私の共通の友人である。


 かなり以前から私のお目付け役として、エランドールの元老院が派遣して来た方だ。


 口数は少なく常に冷静沈着で、背は高くは無いが容姿端麗である。


 何より、銀色に光沢を帯びた髪と瞳が印象的である。


 そんな彼女が、元は地球のアトラス王国からの移住者であったのだ。


「ユーナ殿が同郷でしたか⁉」

「私もね~地球の事を調べる内に偶然知ったんだけどね~」


 そこで私は知りたくなった。


 セリカにしろユーナにしろ、私にとって尊敬できる存在である。


 そんな二人のご先祖が誕生した世界、地球。


 ラムウ王が悲観するほどに、地球の結末に何があったのか。


 今も存在している事は確認できたが、その後はどうなって行くのか。


 私はそれが知りたくて仕方なくなっていた。


 遠くの地から地球を覗いていて、その感じた事の全てを打ち明けた。


 小さな命を己の命を懸けて守ったり、弱った命を甲斐甲斐しく世話したり。


 そうかと思えば、いとも簡単に命を奪うものや、時には、無差別に数え切れないほどの命を奪う者もいた、そんな事実を話した。


 どうして傷付け合ったり、愛し合ったりを繰り返すのだろかを訴えた。


 しかし、勿論、セリカにはそんな事など分かる由も無かった。


「それは、わたくしには分かりかねます。それに、地球に残された人間達がその様になっているのかなど……」


 それは、思った通りの答えだった。


 だがこれで良かったのだ。


 確認をしたかったのだ。


「ねえ、セリカ。ちょっと一緒に来て欲しいの」


 そう言ってセリカを、とある神殿に招き入れた。


 大きな白い柱が、何本も周りに立っている。


 その柱の間から、二人は祭壇へと向かう。


 祭壇の前に立つと、私は祝詞のりとを唱える。


 間もなく、祭壇の上には靄の様な物が出現した。


「これは?」


 私の祝詞のりとが終わるのを待って、セリカが問いかける。


「これが今の地球。こちらを覗いてご覧?」


 セリカは、恐る恐る靄に顔を入れた。


 エランドールの世界しか知らないセリカには、とても不思議な世界に見えていたであろう。


 暫く靄に顔を入れていたセリカであったが、急に声を上げて顔を戻した。


「これは!」


 その表情は蒼ざめ、色の違う両目からは涙を流していた。


「何と言う……辛い想い……」


 一瞬でそこまで感じ取ったセリカに対し、私はかなり驚いた。


 地球の様子を覗き見た位で、セリカが涙を流すとは思えなかったのだ。


 その時私はいつも覗き見していた、あの男の子を見せていたのだ。


 勿論、今は男の子では無く、立派に成長し妻を娶っている。


 しかもその頃の私は、その妻の事を気にかけていた。


 もしかしたらセリカは、その妻の何かを察したのかも知れないと思った。


 驚いた私もその靄に顔を入れた。


 すると、すぐにセリカの言った意味が理解出来た。


「セリカ、ちょっとここで待ってて! 誰か来たら適当にごまかして頂戴!」


 そう言うと次の瞬間、私は靄の中へ飛び込んでいた。


 祭壇に独り残されたセリカはただ呆然としていた。


 セリカにしてみれば、靄を覗いた時に感じ取った辛く悲しい想いにも驚いたが、その後のルーナの機敏さにも数倍驚いていた。


 ルーナと知り合って随分と経っているが、これまであんなに慌てて素早く行動した彼女を、これまで見た事が無かったのだ。


  話しぶりも彼女らしくもなく、あんなに切羽詰まったルーナなど、それこそ違和感でしか無かった。


 広い神殿に独り残されたセリカは、嫌な胸騒ぎしか感じられなくなっていた。


 ただ、今は祭壇の上の靄を見つめて、ルーナの無事を祈るしかなかった。



     ♢    ♢    ♢



 そしてここは、エランドールの別の場所。


 その時の私は少し気になっていた。


 暫くの間探しているのにかかわらず、ルーナの姿が見えないのだ。


 普段はこの神殿に居るのだが、最近はちょくちょくその姿が見えなくなっていた。


 いつもはその後、気が付くと戻って来ていたのだが、今はルーナの気配すら感じなくなっていた。


 この世界での私は、少し変わった立場の役割を持っている。


 元老院から、ルーナのお見付役を言いつけられていた。


 ルーナは、思ったまま自由に行動をしてしまうところがあったからだ。


 それが元老院方には面倒らしい。


 どうかその前に阻止をしてくれと私に頼んでいた。




 そんな私は何か情報を得ようと、時空管理を主にしているノルン神殿へ向かっている。


 ノルン神殿へ着くと、中からは聞き覚えのある声がしていた。


 意識して中の様子を探るが、ルーナの気配は無い。


 ここに普段入り込んで賑やかに振舞っている、スクルドの声しか聞こえていない。


 スクルドの役目は時空のズレを監視し、遭難者を保護することにあった。


(――⁉)


 だがその時、彼女ではない男性の声も聞こえたのだ。


 これまでに無い気配を感じて聞き耳をたてると、スクルドが何やら男性に教えている様子だった。


 どうやら新しく来たばかりの人らしい。


 しかし、今の私はそれどころではない。


 中々見当たらないルーナの事が気がかりなのだ。


 ざわざわと心の中が騒いだ。


 何とも言い難い感じ。


 私はそっと音も無くその場を離れ、普段からルーナが出入りしている神殿へ急いだ。


 その神殿前まで来ると、間違いなくそこの中に違和感を感じた。


 神殿へ素早く入ると、祭壇前にセレスとルーナが立っている。


 そして、その前の椅子に見慣れない人間が居た。


「あ、ユーナ! 来てくれたのね?」


 私はゆっくり頷いた。


「早速なんですけど~実はお願いがあるの~」


 嫌な予感がした。


 こんな感じで彼女がお願いを言う時は、大抵が難題が多いのだ。


「そちらは?」


 私はまず、目の前に座っている女性を知りたかった。


「こちらは~え~と、あ、お名前伺ってませんでした~」


 やっぱりそうだ。


 この人はまた大変な事をしている。


 進行形で……。


「あ、霧島啓子きりしまけいこと言います」


 その人は弱々しくも、しっかりと答えた。


 その時、私は一瞬でこの人の感情を感じてしまうと、それに戸惑った。


 例えようも無く、辛く悲しい感情。


 愛する人を辛さや悲しみから救って貰いたい想い。


 そんな感情が流れ込んで来る。


 自然に自分の目にも涙が溢れてきて、更に戸惑った。


 こんなにも辛い思いで、ここに存在している事が信じられなかった。


 同時に、何故この人がここに居るのかは、容易に理解出来た。


 ルーナが何処かから連れて来たに間違いない。


 確かにこの世界には、こんなにも辛い想いのまま存在している人は極端に少ない。


 横に立つ凛々しいセレスでさえ、その人の悲しみに耐えかねて震えている。


「ユーナ、感じている様ね。そうなの、私が連れてきちゃったの~」


 ただ黙ったまま頷いた。


 それは私には分かっている、でもどうしろと言うのだろうか。


「でね、この方に男の子を授けたいの~」

「――っ‼」


 絶句した。


 本当にルーナには驚かされる。


 想像も出来なかったその答えに、思わず固まってしまった。


 彼女の行動は稀にこうやって私の予想を外すのだ。


 しかも、そう言う時は大抵が理解など出来ない事が多い。


 目の前に座っている女性でさえも、その意味が分からずきょとんと見ている。


 同時に、彼女のこれまでの悲しみに支配されていた感情が、段々と希望の感情に移り変わるのが感じられた。


 例えルーナが突拍子の無い事を言っていても、彼女には必ずそれなりの理由があると私は信頼している。


 セレスも驚いているが、決して否定的な眼差しではない。


 私もルーナにお願いをされた時点で、その覚悟は出来ているつもりだ。


「で、どうやって?」


 そう聞くしかなかった。


 私には男の子を授ける方法など、到底見当がつかない。


「こちらの啓子けいこさんの、染色体を使用します~」


 私はその方面には詳しくない。


 セレスもそのはずだ。


 その辺りはルーナに任せるしかない。


 と言うよりも、ルーナはその方面の専門でもあった。


「ただ、ここでは地球との接触は禁じられているので~もっともらしい言い訳を考えなくてはいけませんね~」


 もっともらしい言い訳……?


 セレスも首を傾げた。


「セリカもユーナも、元々は地球人でしょ~?」

「え、ええ」


 私もルーナを見つめ黙ったまま頷いた。


「でね、その研究として~啓子さんとの異種交配ハイブリッドを実験しま~す」

「え……?」


 セレスが驚いた表情でルーナを見ているが、気持ちは私も同じだ。


 それに、これがあくまでも名目だろう事は明白だ。


 このタイミングで研究やら実験をすることはない。


「セリカとユーナの種族存続の為の研究と実験なら、あの元老院も了承してくれるでしょ~?」


 にこにこしながらルーナが手を合わせて話す。


 まあ、口裏を合わせてくれって事である。


 ただ、種族存続の為と言うのはセリカにとっても、そして私にとっても有難い。


 二人の純血族は数少なくなっているのだ。


 地球で生活していた、セリカとユーナの先祖は遠い過去に、ここエランドールへ移住して来ていた。


 それからかなりの時が流れた今となっては、その血族の血も薄くなっているのだ。


 だが、私達がここで生きている以上、その血がすぐに途絶える事はない。


 この地ではかなりな時を過ごす事が出来るからだ。


 椅子に座る啓子に、ルーナは屈みこんで微笑みかける。


「よかったね~協力してくれるって」


 セレスはやれやれと私の顔を見た。


 そこで、ルーナが幾つか啓子に約束を提案していった。


 旦那さんへ、この事を全て偽りなく伝え、尚且つその守秘義務。


 そして、これから授かる男の子を、十八歳まではこの事実を内密に育てる事。


 また、男の子を授ける際に、私とルーナが常に監視する事。


 あくまでも、研究と実験の被験者としてではあるが、地球の九か月後迄には必ず男の子を授けるという事を約束した。


 帰り際、啓子は何度も振り返り、彼女達に頭を下げていたが、遂にはルーナに手を引かれ消えていった。


 その目には大粒の涙が、とめどもなく流れていたが、最初に感じた辛さや悲しさは感じられなかった。


 私とセレスは事の重大さよりも、もっと大きな何かを感じていた。


 この行動は間違いでは無い。


 不確かではあるが、そう感じる何かを不思議と感じていた。


 その後、啓子を送り届けたルーナが祭壇へ戻って来ると、私とセリカの染色体も必要だからと言い出した。


 まあ、ルーナに考えがあっての事であることは十分に理解している。


 セリカも私も全面的に協力するつもりだ。


「二人ともありがとね~では、元老院へ了解を得てきますね~」


 そう言うと、ルーナは祭壇奥の出口から神殿を出て行った。


 いくら彼女でも元老院に内緒にはしないらしい。


 まあ、元老院に了解をとるとは言っても、ルーナの言い分に従うしか無い事は分かっている。


    ♢   


 それから約束の九か月を過ぎた頃、ルーナに呼ばれた私が神殿に来ると、そこにはセレスの姿もあった。


「ユーナちゃん、ごめんね。無理なお願いを押し付けちゃって」


 ルーナはいつになく神妙な言葉遣いと表情である。


 私が地球へ行くとなると、アトラスの血縁が途絶える危険もあるかも知れない。


 だが、私はルーナと共に生きて行きたいと思っていた。


 それは元老院から依頼されていたからでは無く、私自身が彼女と共にであれば、どんな事も納得してその運命を受け入れる事が出来ると思っていたからだ。


 私はルーナに頷いて見せた。


 ルーナのその胸には、あの啓子との異種交配によって創られた、小さな赤ん坊が抱かれている。


 これがルーナと私とセレス、そしてあの地球人との子……。


 そう思うと、これまで感じた事のない感情が内に込み上げた。


「私達と啓子さんとの子も、ほらこんなに大きくなったのよ~」


 この赤ん坊の観察を名目に、共に地球で生活することになっている。


 同時に私の身体はその赤ん坊と同じ様に、乳幼児の姿になる事になっていた。


 そして、乳幼児の姿となった私の母親役として、ルーナが共に生活する。


「それじゃユーナちゃん、泉へ行きましょうか~」


 そう言われて私はルーナの後をついてゆく。


 ルーナの神殿の目の前には天を支える大木と、その根元には綺麗な泉がある。


 そこで私達の子供が生まれたのだが、私の姿を幼くする為にはこの泉へ入るのだ。


 泉の縁まで来ると、私は全ての服を脱ぎそっとルーナに抱かれた。


 ルーナが抱いた赤ん坊と目が合うと、何とも言えない愛しさが込み上げた。


 そして、そっと泉に足を入れ……頭まで浸かると……沈んだ。




 間もなくルーナにすくい上げられた私の身体は、小さな赤ん坊の姿になっていた。


「あら~可愛い~」


 そう言ってルーナに抱かれ、そっと地に降ろされた。


 少しふらついたがそれも直ぐに慣れた。


「さ、向こうに行くまではこれで良いよね~」


 そう言ってルーナは大きな布で私を包んだ。


 地球で生活する場所の確保は出来ており、今日からそこへ行くことになったのだ。


 そこは今、啓子が生活している土地から遠い事もあり、これから段取り良く彼女達を引っ越しさせるためだ。


 それに、啓子の夫とも会っておかなければいけない。


 既に妻から十分な説明はしてあるとは言え、こちらからも話さなければいけないのだろう。


 傍で見ていたセレスは、二人の事や抱かれた赤ん坊が心配でもあり、何より自分が寂しくて仕方ないようだった。


「じゃあね、セリカちゃん。行ってくるわね」


 心なしかルーナも寂しそうにそう言って、祭壇のゲートに向かう。


 二人が地球へ行く為には、この神殿にあるゲートを使用しなければならなかった。


 エランドールは地球のある世界とは別の次元軸に存在している為、一時的に次元の歪を作り出し、そこから地球へ移動するのだ。


「行ってくる。元気でね」


 ユーナがそうセレスに言うとゲートに向かった。


「承知した! 何かあったらすぐに教えてくれ!」


 そう言って、セレスは胸に手を当て頭を下げた。


 この辺りは流石、軍人気質だと感心しながらユーナはゲートに入った。




 そして名も無い子供を含めたルーナと私は地球に降り立つ。


 その敷地は境界線を高い生垣で囲み、その内側にも数多くの木々が植えてあった。


 母屋と思われる屋敷は広く、二人で生活するのには無駄にも思えた。


 しかし、この先に使用する予定で広くとってあるようだ。


 ここから丁度真裏に、霧島夫妻きりしまふさいの引っ越し予定の家として確保してある。


 ここの裏へ越してくれば、私が幼馴染として近くで観察が出来るし、ルーナとしても家族ぐるみのお付き合いとして自然に振舞える。


「そろそろですね~啓子さんが来る時間」


 まだ名前も無い赤ん坊を抱いたルーナが、笑顔で優しくその子に語りかけた。


 時間という概念が、エランドールと地球とではかなり違っている。


 勿論、これからは地球の時間軸での行動を余儀なくされるのだ。


「いいお名前をママとパパに付けて戴いてね? そして私たちは、これからずっとあなたをお護りする事を誓います」


 こんなルーナの姿を見ていると、女神と呼ばれる存在がどうしても彼女と重なってしまう。


 だがしかし、それも一瞬で醒める事になった。


 いつもの口調で、こちらに問いかけたのだ。


「ね、ユーナちゃん!」

「なに?」

「わたしの名前決めたんだけどね~沙織さおりってどーお?」


 やはりこの人はつかみどころがない。


 沙織と言うのは、どうやら地球で生活する際の偽名らしい。


「ユーナちゃんは、悠菜ゆうなって言うの! いいでしょ~?」


 発音が似ていて、自分が呼び間違えても誤魔化せるからだろう。


 直ぐに察しはついたが、彼女には特に異論は無い。


 私は黙って頷いた。


 その時だった。


 備え付けられたインターフォンが鳴り、男の子を抱いたルーナが出る。


 間もなく、私にはあの子を護る任務が開始される。


 ルーナのその尊い想いの為、別世界での永い任務であろう。


 インターフォンを置いたルーナがこちらを向いた。


「この子の名前、悠斗はるとって言うんだって。それとこの子の前では、なるべく地球人として振舞ってね?」


 笑顔でそう言うルーナに私は頷いた。


 こうして、優菜わたし沙織ルーナの永い任務が始まった。


 お読みいただき、ありがとうございます。


【こう見えても実は俺、異世界で生まれたスーパーハイブリッドなんです。】


 の序章、その第四話であり最終話です。


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