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猫が出てくるお話

サビ猫と彼と無断欠席と

作者: ちくわぶ(まるどらねこ)




その猫を見つけたのは偶然だった。


小さな公園の木の下にゴミが捨てられている。


マナー悪いなあ……

と、思いながら見たらゴミはもぞもぞ動いた。


猫、だった。


黒と茶色がぐちゃぐちゃに混ざった毛色だ。

サビ猫というやつだろう。


こちらにお尻を向けべたんと座ってる。


料理下手なお母さんが作ったおはぎみたいだと思った。

柔らく作りすぎたせいで横にたれた、胡麻のおはぎ。


猫はそれはそれは美しいものだ。


生まれた時から一年前まで一緒だった猫、シオンに教え込まれた私の常識を、そのサビ猫はべたんとつぶしていた。


遠目で見ても毛はぼさぼさ。

シオンのグレーの、ビロードのように美しい毛とは全然違う。


―――あれ、本当に猫なの?


私は思わず立ち止まってそのサビ猫を見ていた。


そのせいだと思う。


猫は勘が鋭いのだ。

シオンでわかっていたはずなのに。

私はちょっと後悔した。


サビ猫はピクリと耳を動かして振り向くと私を見た。


私の周りには何人も、私と同じ制服を着た子たちがいるのに。

サビ猫は私を――自分を見ていた人間を正確に見抜いた。

そして立ち上がると伸びをして、こちらへ歩き出した。


私は動けなかった。


歩く姿は確かにシオンと同じ猫、だったから。


近づいてくるサビ猫が一度だけ鳴いて

その声がよく言われる《にゃあ》でも《みゃう》でもなくて

シオンと同じ《きゃあ》だったから。


動けずにいるうちにサビ猫はもう私の前に来ていた。


猫にとって視線を合わせることは威嚇だ。

だから猫は人と視線を合わせない。


どの猫の本にも書いてあるその常識を、

目の前のサビ猫は容易く破っていた。


私と視線を合わせたまま目を逸らさない。

シオンと同じように。


しばらく見つめ合ったあと。

私は覚悟を決め、ゆっくりしゃがむと恐る恐る手を伸ばした。


と。


「飼うの?」


心臓が跳ねた。


驚いて振り返るとそこには彼がいた。

登校中。廊下。グラウンド。

気がつくといつも私の視線の先にいる彼が。


だけどすぐ近くで見るのも、

ましてや話しかけられたのなんて初めてで


私は緊張で硬直してしまった。声なんて出ない。

返事なんて――


《きゃあ》


まるで私ができなかった返事の代わりのようにサビ猫がないた。

彼は私の後ろ――たぶんサビ猫の方を見る。


私も再びサビ猫の方に振り返った。けれど。

サビ猫はもうさっきまでの位置にはいなかった。


探せばサビ猫は私の横にいて


しゃがむ私と同じ方向を見て、同じように座り

位置を決めるようにもぞもぞ動いてから

つぶれたおはぎのようにべたんと座った。

身体がほんの少しだけ私の足に触れている。


その座り方は―――――


「……………シオン?」


「名前も決めてるんだ」


「え?」


「いや、コイツ数日前からここにいて。

今日もいたら連れて帰ろうって思っていたんだ」


「だけど先をこされたみたいだ」と言って彼は笑った。

私はやっぱりまだ返事が出来ずにいる。


でも………


返事の代わりに私は、胡麻のおはぎのような身体を撫でる。


私が知っているグレーの、密度が高いビロードのような毛とは

比べ物にならないほど貧相な薄い毛だった。

けれど同じくらい気持ちいい。まるで直に地肌に触れているようだ。


―――生きてる猫だ


そう思った瞬間いきなり込み上げてきた涙をぐっと堪える。


私は知っている。

このコもシオンと同じ。


この温かさは永遠じゃない。その命は人間よりずっと短い。

いつか呼吸を止め体温を無くし、固くなり動かなくなる。


そして私はまた見送るのだ。深く傷つき悲しみ、泣くのだ。

どれだけ時間が経っても。何度も何度も繰り返し思い出して。


けれど、それがなんだという?


この陽だまりのようなあたたかさに触れていられるのなら

満ち足りた気持ちで笑える日があるのなら


受けてやろうじゃないか。


このコを見て決めたんだ。


私はサビ猫を抱き上げた。羽のように軽い。

だけど温かい。命は確かにある。


彼がどこか楽しそうに言った。


「あ、良かったらこれ使って。

すぐに病院に連れて行こうと思って持ってきたんだ」


「え?」


そう言って私の足元に置かれたのは黄色のキャリーバッグだ。

猫を連れ外出する時に、猫を入れるプラスチック製の蓋付きのかご。


私は彼といて感じる緊張より驚きが優って声が出た。


「どうして今、これを持ってるの?」


「だから。すぐに病院に連れてて行くつもりだったんだよ。

保護するなら健診は必要だろ?」


「そうだけどこれから学校――」と言いかけて彼を見れば。

制服は着ているけど持っているのは黄色のキャリーバッグだけだ。


彼はにこにこと笑って

「行くよな?お金も持ってきたから心配ないって」

と、まるで親しい友人を誘うように私に言った。


私の口はあんぐりと開いてしまった。

こういう人だったんだ……。知らなかった。


私は躊躇いつつも頷くと、彼に即されるまま抱いていたサビ猫をそっと黄色いキャリーバッグに入れた。


サビ猫が素直に入ってくれたことにホッとしてから、私はようやくキャリーバッグの真新しさに気付く。


「これ、このコの為に買ったの?!」


思わず声が大きくなった。


今日サビ猫を保護するためにキャリーバッグを買い持ってきて、

保護できたならそのまま病院に連れて行って健診を受けさせて。


そこまで考えていたなら保護者の了解ももらい、家には既にこのサビ猫を迎える準備が整っているはずだ。


私は青くなった。


「ごめんなさい。このコ、連れて帰るつもりだった?」


彼はひらひらと手を振った。


「ああ、平気だよ。ソイツは任せた。俺はアイツを連れて帰るから」


「アイツ?」


「え。気が付いてなかったのか?もう一匹いるだろ茶色のヤツ」


「え?」


「木の下にそのサビと一緒にいただろ。見えてなかったのか?

ほら、今も木の下にいてこっちの様子をうかがってる。

仲間……かな?兄妹にしては大きさが違うし。

この公園には茶色の、アイツの方が先にいたんだ」


見ると確かに茶色の猫がそこにいた。

サビ猫よりも少し大きい。


「俺はアイツを保護しようとしてたんだけど上手くいかなくて。

で、数日前からソイツも増えて。もう時間はかけられない。

今日は何時間かかってもなんとかしようと………」


「それでキャリーバッグだけ持ってきたの……?」


「そう」


知らなかった。こういう人だったんだ。

ずっと視線の先にいた人なのに私は今日、初めて知った。


彼にアイツと呼ばれた茶色の猫はそわそわと動いている。

こちらに来ようかどうしようか考えている様子だ。

人間が怖いのかもしれない。


《きゃあ》


その時、黄色のキャリーバッグの中でサビ猫がないた。

茶色の猫はその声を聞いて覚悟を決めたようだ。


こちらに近づき、彼によってサビ猫と同じキャリーバッグの中に

おさまった。


「やった!ほら、早く行こうか」と言って彼が立ち上がった。


学校に背を向け歩き出した彼をみんなが驚いたように見る。

だけど彼には全く見えていない。

黄色いキャリーバッグが揺れないように歩くことだけに集中している。


私はそんな彼の背中を追いかけた。

サビ猫。彼。無断欠席。何もかも初めてのことにわくわくしていた。


けどその一方で帰ったらお母さんに叱られるな、と思うとひやりとする。

だけど……叱られたくもなってきた。慰めてくれるサビ猫がいる。


猫たちを怖がらせないようにゆっくり歩きながら

彼は誰に言うとはなしに呟いた。


「さて名前、なんにしようかな」


「え、保護するのは用意周到だったのに名前は考えてなかったの?」


「茶色とサビ、セットで考えていたんだよ。

でもサビは《シオン》になっただろう?」


「――そのコは《シオン》じゃないよ」


「へ?」


「《シオン》は別のコの名前なの。さっきはつい呼んじゃったけど」


シオンが繋いでくれたコだ。だけどサビ猫はシオンじゃない。

たとえ生まれ変わりだったとしても新しい、別の猫だ。


私の言葉を彼はどう理解したのか「そうか」としか言わなかった。


「……ああ、そうか。でもじゃあなんて名前にするんだ?」


私は少し考えて


思いついた名前を口にした。


「おはぎ」


途端に彼は大笑いして

驚いている私に言った。


「すげー。それ、俺が考えていたやつと同じ」


「え?」


「これで茶色も無事、きなこに決まりだな」



私は初めて彼と二人、声を上げて笑った。




良い一日を

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