第8話 タラスクとの関係。
「ま、こんなもんかな」
知ってはいたけど、タラスクの強さは尋常ではなかった。ほんの数秒で十数人の怪物達を抹消し、騒ぐルナさんとフィリアさんを軽い打撃で気絶させた。
「この二人はとりあえず医院に連れて行くか。医者に魔薬とやらが治療出来るかどうかは分からないが、何もしないよりはマシだろう」
タラスクは二人を両肩に一人ずつ担ぎあげ、医院へ向かう。僕もフラつきながらその後について行った。
「そうですか、そんな薬が出回っているのですか......禁断症状などが不明の為、当医院の患者様に該当の中毒者がいるかはわかりません。とりあえずこの二人に関しては、入院してもらって経過を観察します」
「わかりました、お願いします。費用は全てこちらで持ちますので。また後でお伺いします」
僕は自宅の住所をメモした紙を医師に渡し、医院を後にした。宿屋に着くと、僕は主人に水をもらってガブ飲みした。
「やれやれ、とんだ目にあったな」
宿屋の部屋で、一息つく僕達。酔いが覚めてきた。
「そうだね。ただ、一つ分かった事がある。セレスティンはやっぱり怪物を見逃している。そしてその理由には、魔薬が絡んでいる。まだ頭の回転が鈍いからはっきりした答えは出せないけど、ほぼ間違いないだろうね」
「ああ、そうだな。だがそれが事実だとしたら、セレスティンは間違いなく勇者失格。クビだろ」
「まぁね。でもルナさん達の言葉や怪物に襲われたって状況証拠だけでは、まだ不十分だろうね。やっぱりセレスティンに直接接触して、真偽を確かめた方がいい」
「そうだな。居場所はわかってるんだろ?」
「うん。聖王カインド様から授かった【魔通信】によれば、奴は現在【アイントレイア】の町にいる。
「んじゃ、西の方だな。わかった。明日の朝出発しようぜ。今日はもう休もう。少しでも体力を回復した方がいい」
「うん、そうだね。ところでタラスク」
「ん? なんだ」
「あのさ、もしフィリアさんをあのまま抱く事になってたら......君は抱いてたの?」
「ああ、まぁ、そりゃな。せっかくだから抱いてたさ。なんでそんな事聞くんだ?」
「え? いや、別に。ちょっと気になっただけだよ」
「ふーん、変な奴」
そう言って、ゴロン、とベッドに横になるタラスク。僕が勇者パーティーに所属していた時は、彼はずっと姿を消していた。当然僕は、宿屋でも一人として扱われていたのでベッドは一つ。タラスクは床で寝たり野宿したりしていた。
あの期間はかなり申し訳なかったが、今はそんな事をする必要はない。ちゃんと二人部屋に宿泊しているので、ベッドは二つだ。
僕もベッドに横になり、タラスクに背を向ける。
「今から寝るけど、寝込み襲わないでよ?」
「ははっ。襲わねぇって。俺は男を抱く趣味は無いって何度も言ってるだろ? それにお前だって、今日はもう勘弁してくれみたいな事言ってたじゃねぇか。だからちょっかいは出さねぇよ。安心して眠りな。俺も寝るからさ。おやすみ」
「うん......。おやすみ」
タラスクと就寝の挨拶を交わした僕は、何故かとても寂しい気持ちになった。何故だろう、と自問自答する。
もしかしたら、と思い当たる。ユティファとセレスティンの間に魔薬と言う存在があった事に気づき、モヤモヤしているのが原因かも知れない。
僕はもう、ユティファを好きだった自分には別れを告げた。一刻も早くこの気持ちを忘れ、安眠したい。
そうだ。男ではなく女になれば、心も女になる。そうすればユティファへの恋愛感情は薄れる筈だ。かつての仲間として心配にはなるかも知れないが、少なくとも今よりは眠れるようになるだろう。
「聖転換」
僕はタラスクに聞こえないように、小声でこっそりと聖転換。聖女マルファに変身した。
すると、自分の気持ちの正体に気付いた。気づいてしまった。僕がモヤモヤしていたのは、ユティファの事ではなかったのだ。男の時にはわからなかった気持ちが、女になると突然わかったりするものだ。
「おやすみ、タラスク......」
僕はもう一度タラスクに就寝の挨拶をし、そのまま目を閉じた。そして彼に気づかれないように、そっと自分を慰めたのだった。
翌朝、目覚めてすぐに隣のベッドを見る。そこではタラスクが気持ち良さそうに眠っている。その寝顔を見ていると、何故だか妙な気持ちになった。
「くそ、なんだよこれ」
僕は自分の気持ちに気付いてはいたが、気づかない振りをした。認めたら面倒な事になると思った。
「新しい恋人、見つけなきゃ。優しくて穏やかな女の子がいいな」
そう言いながら僕は男に戻り、身支度を始める。そして深呼吸をして、タラスクに声をかけた。
「おーい、起きてタラスク。朝だよ」
ゆさゆさと揺さぶる。すると眠そうに目をこすりながらアクビをし、タラスクは起き上がった。
「おー、おはようマルコ。いい朝だな」
微笑むタラスクに、僕も笑みを返す。
「おはようタラスク。いい朝だね」
「ふあああ。だけどもう少し寝てたかったぜ。もうちょっとでマルファをイかせられたのに」
「......ッ! バカ、なんて夢見てんだよ」
「しょうがねぇじゃん。昨日の夜は我慢したんだからよ」
「朝に何回もしただろ。それに昼もした。それは我慢したとは言わないよ」
「いいや、我慢さ。俺はいつだってマルファと繋がっていたいんだ」
「はいはい。とりあえず今の僕はマルコだから、また我慢してね。顔を洗ったら朝食を食べに行こう」
「うえー、また我慢かぁ。しょうがねぇなぁ。だけどマルコもちゃんと尊重しねぇとな。なにせ俺たちは親友だ。よし、それじゃあセレスティンに接近するまで、マルコのままでいいぜ。それまではマルファを抱くのは我慢してやるよ」
「え!? そうなの?」
「ん? なんか残念そうだな。気のせいか?」
「き、気のせい気のせい! 残念な訳ないだろ! ほら、食事処に行こう!」
「ホントかー? まぁいいけどよ」
僕達はそう言って笑いあった。モヤモヤした気持ちは、いつに間にか晴れていた。




