第3話 運命の書。
街の中をひた走る。すれ違う人々が騒めき、僕に指を差す。
「あれ、聖女様じゃない? 時の聖女マルファ様!」
「だよな! でもなんだあの格好! エッロ!」
言われてハッとなる。そう言えば今の服装はマイクロセクシーメイド服。顔が熱くなる。
だけど構ってる暇はない! そして声の発信源、結構遠いみたいだ。もっと急ぐ必要がある。
「モーティアス・ファストベルロ! 神速歩!」
呪文を唱えると同時に僕の足は輝きを放ち、走る速度が劇的にアップする。跳躍は建物を飛び越え、壁の歩行すら可能にする。
「もう少し!」
いくつかの家や商店を飛び越えた先、ようやく目的の民家が見えた。あそこに声の主が居るはずだ。
「ていっ!」
屋根の上から飛び降り、目的の家の玄関前に着地する。周囲の人々が、一斉に歓声をあげる。
「きゃあー! 聖女マルファ様よ! こんな間近で見られるなんて!」
「おおお! 本当だ! マルファ様だ! だけどいつもと格好が違う!」
「マルファ様のたわわな乳や尻ががほとんど丸見え......! 眼福じゃー! 若返ったわい!」
ザワザワする街の人達に、僕は恥ずかしくなって両手で胸を覆い、前屈みになる。
「皆様こんにちは! えっと、この服装にはちょっと訳がありまして! 好きでこんな格好をしている訳ではありませんので、誤解なきようお願い致します! はい、ちょっと失礼しまーす」
僕は集まって来た人だかりを掻き分け、目的の民家のドアノッカーをノックする。すると見た目三十代後半くらいの男性が顔を出した。おそらくこの家の主人だろう。
「はい、どちら様......ってマルファ様! そ、そしてその格好は一体......!」
「こんにちは! 今は服装の事は置いて置いて下さい! この家から私を呼ぶ声が聞こえたのです。女性の声でした。声のトーンからして、奥様では無いですか?」
そうは言ったが彼とは初対面。彼の家族構成も知らない。
僕は何気に有名人。僕の姿を知っている人は多いが、僕自身が直接関わるのは運命を変えたい人だけ。なので向こうは知っていても僕が知らない、と言う事はかなり多い。
「そうかも知れません。実は今、娘が原因不明の病に侵されていまして......お医者様の話ではあと三日の命との事なのです。アネッサ、聖女様が来てくださったぞ」
主人はそう言って、僕を家の中へと通した。入ってすぐの部屋は、狭いがおそらくリビング。食卓のテーブルに突っ伏して、女性が嗚咽を漏らしている。
彼女......アネッサさんは主人の声を聞き、顔を上げて泣き腫らした目を僕に向けた。
「ああ、聖女マルファ様......私の声を聞きつけて来て下さったのですね! 本当にありがとうございます!」
彼女は椅子から立ち上がり、僕の足元へ駆け寄って跪いた。
「娘が......娘が死にそうなんです! どうぞ、どうぞお助け下さい!」
声を震わせて懇願するアネッサさん。僕は彼女の髪を優しく撫で、微笑む。
「私が来たからにはもう大丈夫です。きっと娘さんの命を助けてみせます」
「ああ......! マルファ様......! ありがとうございます! ありがとうございます! 娘は中央の部屋です!」
震える指先を、部屋に三つある扉のうち、正面にある扉へと指し示すアネッサさん。僕はコクリと頷き、扉へ歩み寄ってノックする。
「はい」
中から男性の声がする。状況から察するに、おそらく医師だろう。
「私は聖女のマルファ。中へ入っても?」
「聖女様、ですか。ええ、構いませんよ」
男性の許可を得て、僕は扉を開ける。すると中にはベッドに横たわる少女と、その横には白衣を着た男性が立っていた。やはり医師のようだ。
窓のカーテンは半分閉められ、部屋は少し薄暗い。ベッドの側にある机には、女の子らしく人形が置いてあった。青い目をした、金髪の少女の人形だ。
「聖女様が、何の御用ですか? 失礼ですが、あなたに出来る事は何もないと思います。噂に聞く聖術も、治癒力を高めるだけで治療は出来ないと言うではないですか。医師の私がお手上げなのですよ。いたずらに患者を刺激しては、死期を早める可能性もあります。今すぐ、お引き取り下さい」
医師は謙虚な言葉使いではあるが、やや高圧的な口調で僕に退室を命じた。
だが当然、それには応じない。
「いえ、出来る事はあります。あなたはそこで見ていて下さい」
「なんだと? 一体何をする気だ! むっ! 体が動かん!」
医師の背後には、いつのまにかタラスクが立っていた。彼は今姿を消していて、僕にしか見えないようにしている。
タラスクは「続けて」とでも言うように僕に手を差し伸べて合図した。僕は頷き、両手を広げる。
「運命の書よ! 我が前に現れよ! そして因果と宿命を示せ!」
室内に風が巻き起こり、僕の目の前に、一冊の黒い本が現れる。それは宙に浮いた状態で、パラパラとめくれていく。そしてとあるページでピタリと止まった。そのページはベッドに横たわる少女......運命の書によれば名前はリジー。彼女の運命を記したページだった。
リジーはずっと目を閉じたままだ。眠っているのだろうか。運命の書には、彼女が辿る結末が記されている。すなわち、今日から三日後の死だ。
「運命の書よ! リジーの因果の可能性を、我に示せ!」
するとリジーの死が記載された項目のすぐ下に、もう一つの項目が現れる。
病気を克服し、生き延びる。
そう記されていた。良かった、因果は変えられる。彼女の病気が生まれつきのものならば、それは因果ではなく宿命。宿命は、絶対に変える事が出来ない。
僕は即座にその「因果の可能性」である項目に触れる。すると頭に声が響く。
「因果を変えるのならば、次の行動を取れ......『医師を殴る』」
運命の書は、間違いなく、僕にそう告げたのだった。
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