第10話 怪物になる呪い。
「リオス・フレクティア! 聖光盾!」
僕はセレスティンとアデルの間に割って入り、聖術で生み出した光の盾を出現させた。そして既に振り下ろされていたアデルの斧を防ぐ。
問題はセレスティンの聖剣。これはいかなる方法でも防げない、ガード不能の攻撃。
僕は未来予知と、マルファの精神感応による読心術で聖剣をギリギリかわす。そして聖女秘伝の武技、聖拳による右拳でセレスティンのみぞおちを打ち抜く。
「ぐええッ!」
吹っ飛ぶセレスティン。そして尻餅をつき、ぐったりと頭を垂れる。気絶したのだろう。
「ふぅ......」
僕は安堵の溜息をついた。聖女も時として戦わなければならない場面があるため、攻撃・防御用の聖術や武技である聖拳を体得してはいる。
だが本気の勇者と戦えば、おそらく勝てない。今は不意をついたので何とかなった。
呆気に取られる勇者パーティーの面々。僕は微笑を浮かべて彼らに向き直る。
「皆さんこんばんは。少し乱暴なやり方でしたが、緊急時とお見受けしたので仲裁に入らせていただきました。私は王国を護る【国護り】の一人、時の聖女マルファと申します。以後、お見知りおきを」
すると酒場中の客達がざわめく。どうやら僕達のやり取りに注目していたようだ。
「聖女様だって!」
「噂に聞く、あの聖女マルファ様か!」
「初めてお目にかかるが、何と美しい......!」
「全くだ。心が洗われるようだ......!」
「ありがたや、ありがたや」
手を合わせて祈りを捧げる者までいる。
「あなたが、聖女マルファ様......!」
一番近くにいたアデルがひざまずき、それにならってユティファとルークもひざまずく。
「どうかそんなにかしこまらないで下さい。私も皆様と同じくこの国を愛する国民の一人です。偉くもなんともありません。ただ、皆様のお力になりたい。それだけなのです」
「何と謙虚なお方だ......!」
感動の涙を流すアデルの手を取り、立ち上がらせる。そしてユティファとルカにも同じように対応した。
「しかし聖女様にお会い出来るとは、これも何かのご縁です。実は俺達は国護りの一員、勇者パーティーのメンバーなのです。先程聖女様が殴り飛ばしたのが、聖剣の勇者です」
「そうでしたか。しかし、なにやら争っていらしたようですね。何があったのですか?」
「それが......」
アデルは気絶しているセレスティンを横目で見る。
「実は勇者セレスティンの様子が、最近おかしいのです。最初に気づいたのは医師のルカでした。探索士マルコの恋人である筈の冒険者ユティファと、度を超えて仲が良くなっていた。挙句マルコを勝手にパーティーから追放し、俺達に対しても傲慢な態度を取るようになりました。時には一日中、ユティファと部屋にこもっていた事もあります」
僕はユティファとセレスティンの様子を想像してしまい、胸が苦しく感じた。だが今は女になっているせいか、男の時よりは苦しみが軽い。
「続けてください」
僕はアデルに続きを促す。アデルは頷いた。
「三日ほど前の事です。この町の住人からダンジョン出現の報告を受け、俺達はそれを破壊する為にやって来ました。聖女様もご存知かとは思いますが、ダンジョンからは怪物が這い出して来ます。貴重な財宝も眠っていますので、それを目当てに冒険者が探検し、命を落とす事もある。混沌の神ケイオスが人々を試す試練の場として作ったのがダンジョンです」
「ええ、存じております」
僕は静かにそう答えた。僕自身、マルコとして何度もダンジョン探索をした。その恐ろしさも、人を惹き寄せる魅力も、良くわかっているつもりだ。
「最下層にある宝玉を破壊すれば、ダンジョンは力を失う。そして棲みつく怪物達と共に、やがて崩壊します。俺達は今までそれに失敗した事はありませんでした。しかし、今回初めて失敗した。宝玉を守るボスモンスターに呪いをかけられ、命からがら脱出してきたのです」
アデルはそう言って、自身の右腕から籠手を外した。すると彼の皮膚は紫色に変色しており、ぬめぬめと光っていた。
「これが呪いです。ボスモンスターの名前はデアヌス・ヴォテプ。全身から触手を生やした、気味の悪いタコのような怪物。奴の呪いは相手を自分の眷属にしてしまう。俺たちは全員、明日には紫色のタコになっちまうって訳です」
アデルは深い溜息を吐き、それから籠手を腕にはめた。ユティファもルカもセレスティンも、衣服で隠れているが同じ状態なのだろう。
「今までは、探索士マルコが危険を予知してくれていました。ダンジョンの探索も、マルコの探索士としての能力で迷う事なくこなせていました。つまり俺達には、マルコが必要不可欠だったんです。ですがその事に気づいていなかった。だからセレスティンがマルコなしでダンジョン探索をしようと持ちかけて来た時も、不安はありましたが決行しました。しかし、それは間違いだったのです」
アデルはセレスティンをギロリと睨む。
「そう言った訳で、言い争いをしていました。俺たちに今必要なのは優秀な探索士と、正しい心を持った勇者です。聖女マルファ様、どうかお力をお貸し下さい。俺たちのかつての仲間、探索士のマルコを探して欲しいんです。聖王様の千里眼があれば、王国中を見渡せる。きっとマルコの事も探し出せる筈です。セレスティンにも聖王様への助力を仰ぐよう言ったのですが、マルコは必要ないの一点張りで。その結果がこれです。マルコなら勇者の素質もきっとある。どうか聖王様に掛け合っていただけませんか? マルコを探し、勇者として欲しいと」
アデルは真っ直ぐな目で僕を見つめた。
「私からもお願い致します、聖女様。私はマルコを裏切ってしまいましたが、このままではいずれ私達は怪物に成り果てる。そうなってはもう、人々を苦しませる怪物達を討伐する事は叶いません。例えマルコに唾を吐きかけられる事になったとしても、私達には彼が必要なんです」
ユティファも涙を流し、懇願する。よく見ると彼女の首元は、既に紫色へと変色していた。
「私の天才的医術を持ってしても、流石に呪いは解けないようです。解く方法を知っている者も、私達の知る限りではおりません。ですから私達は残された時間で、次の勇者を見つけたい。そしてその方に協力し、せめてあのダンジョンだけは破壊したいのです。人としての意識があるうちに」
ルカも真剣な眼差しで僕に訴え掛ける。
「なるほど、事情はわかりました。では聖王様に相談してみる事にしましょう。一旦失礼します」
僕はそう言って彼らに別れを告げ、酒場を出る。
「どうする気だ、マルファ」
ずっと押し黙っていたタラスクが口を開く。
「仕方ない。マルコの姿で彼らに合流するよ。タラスクもマルファの従者としてついて来てくれるかい?」
「ああ、それは構わねぇけど、何でだ?」
「ありがとう。もちろん君を連れて行くのには、理由がある。ダンジョン探索は僕の得意分野だからいいとしても、宝珠の破壊はおそらく勇者じゃないと出来ない。かと言って僕が勇者になれるかは、現時点ではちょっとわからない。聖女と勇者の兼任なんて、前例がないからね。だから取り敢えず、セレスティンを無理矢理にでもダンジョンへ連れて行く。その為には君の暴力が必要なのさ」
「はっ、暴力と来たか。オッケー、任せろ」
面白そうに笑うタラスク。
「さて、ダンジョン攻略はそれでいいとして。勇者パーティーにかけられた呪いを解く方法を探さなきゃ」
僕とタラスクは人目に付かない場所へと移動し、運命の書を呼び出す言葉を唱えた。
「運命の書よ! 我が前に現れよ! そして因果と宿命を示せ!」
室内に風が巻き起こり、僕の目の前に、一冊の黒い本が現れる。それは宙に浮いた状態で、パラパラとめくれていく。そしてとあるページでピタリと止まった。そのページには勇者パーティーに属するメンバー、それぞれの名前が書かれている。
運命の書には、彼らが辿る結末が記されている。すなわち、怪物になってしまうという結末だ。
「運命の書よ! 因果の可能性を、我に示せ!」
すると勇者パーティーの行く末が記載された項目のすぐ下に、もう一つの項目が現れる。
呪いを解き、人間として生きる。
そう記されていた。良かった、因果は変えられる。呪いを解く方法はあるんだ。
僕は即座にその「因果の可能性」である項目に触れる。すると頭に声が響く。
(因果を変えるのならば、次の行動を取れ......ダンジョン最下層で勇者セレスティンを殺し、そののちに石造を破壊せよ)
運命の書は、間違いなく、僕にそう告げたのだった。




