1日目(1) 覚醒
本日は3話投稿します。
それは突然訪れた。
最近よくある、祈りの時のめまいに耐えかねて思わず伸ばした指先を、床にできた小さなささくれが傷つけた。その拍子によみがえる記憶の奔流。
聖水盤に散る赤い血の珠。表面を覆う光。額にはめられるサークレットの冷たさ。
視界を覆う人影。耳に響く『力ある言葉』。
それらは入り混じってハレーションを起こし・・・記憶が飛んだ。
目を開ければ、そこはいつもの白い部屋。
周りに人ひとりいない、静謐な空間。あるのは祭壇の水晶と私。
ここでひたすら祈りを捧げて国の結界を支え、安寧を紡ぎ、安らぎを生み続ける、国の礎たれと教え込まれた存在、それが聖女たる私。
「・・・・・・・・・」
私。わたしは、一体いつから、ここに居たのかしら?
この国の女はすべて12歳の時に、教会の聖水盤に自らの血をにじませる。
何もなければ聖水の中で傷つけた指が治るだけ。聖女たるときのみ、聖水盤が光り輝く。
そして、聖女と認定されたものはこの部屋に導かれて、大切な勤めを全うせよと教え込まれる。
この国にいる女の務めだと知っていた。大事なことであり、名誉なことだとも。
父も、母も、祖父母たちも、親戚も。周りの人たちは誰もが、選ばれたならしっかり果たしておいでと送られた。
聖女の務めは最長3年間。それが終われば解放されると聞いていた。
実際、近所にいた雑貨屋のお姉さんがそうだった。
5年前に聖女となって2年後に戻ってきていた。
ただ、ひどくやつれていた。顔色が悪かった。
『祈ってただけなのよ、部屋で』
そういってほほ笑む口元も元気がなかった。
聖女のお役目が大変だったんだろうと、大人たちは噂した。
そして・・・戻ってきた2日後に、お姉さんは不帰の人となった。
あんなに元気な人だったのに。あっという間にいなくなってしまった。
国からは死を悼む言葉と見舞金が届けられ、それを受け取った直後、雑貨屋の一家は引っ越していった。
まるで、何かに追われるかのように、真夜中に居なくなってしまった。
私はまだ幼すぎてよくわからなかったけれど。
聖女の務めに何かいやなものを感じていた。
その私が聖女をしているなんて。しかも、今の今までそのことを忘れていた。
いえ、思い出してみれば、大司教から聖別のサークレットを授けられ、司教たちの『力ある言葉』を聞いた時から、私の記憶が途切れ、何も考えなくなったんだ。
それからはこの部屋にこもって祈りを捧げるだけの毎日になった。
この場所を動くことが許されるのは食事とトイレと沐浴、そして寝る時のみ。しかも食事は10分、トイレは1回3分、沐浴は15分と決められていて延長は許可されない。
沐浴の後に寝る部屋へ行くのだけれど、起床時間が明け方設定。まだ空が暗いうちにジンと響く割れ鐘でたたき起こされるのだ。
そんな生活に何の疑問も抱くことなく、そう、今日で1年と4か月過ごしてきた。
私付きの護衛は扉の外にいて、私を守ってくれている。そう、思っていた。
でも、拘束が解けた今になると、監視をしていたのではという疑いになった。
聖女と言われながら、記憶を奪われるってどうして?
祈りを捧げ、毎日疲れ切って寝るのに暗いうちからたたき起こすのはなぜ?
明け方から寝るまで、延々と祈り続けた挙句にあの食事は少ないと思うけど?
次から次へと疑問がわいてくる。でも、今はそれよりやることがある。
衝撃にほどけていた手指を組みなおし、祈りの形に偽装する。
そろそろ様子をうかがいに来るはずだ。その時にバレたなら、私はどうなるの・・・?
逃げ場のない現実にカタカタと歯が鳴る。
「いつまでこれを続ければいいんですか・・・」
独り言がこぼれ、白い部屋に消える。
「・・・もう、十分尽くしたと思う、けれど・・・」
視線を下げると胸元のメダリオンが光る。
「私は・・・ここから出られないの?・・・」
問い掛けに答える声は、どこからも来ない・・・と思っていたのに。
(やあ!やっと気が付いてくれたね!キミが初めてだよ)
新連載です。とはいっても短めですが。
『覚醒』から始まる反逆の6日間、お楽しみください。