気の持ちよう。
券売機が調子悪かったら、やっぱりインターホンを押すだろう。
俺は左利きだったせいもあってか、券売機の左側のインターホンを押してしまっていた。
日比野勝也 17歳
高校2年生
その日は日曜日で、新宿で遊んだ後だった。
友達と映画を観たけれど、混むだろうという事で午前中の一番目の回を見たため、その後の時間が余ってしまい、結局3時くらいに現地解散。
俺はその後、途中で降りて服とかシルバーのアクセサリーとかを見る。
日も暮れてきた。
夕方のラッシュ前に帰ろうと、駅に向かった。
切符売り場に着く。
真ん中の切符販売機が「故障のため使用中止」と書いた紙が貼ってあったので、
隣の販売機にお金を入れた。
500円がチャリンと入る。値段が出てくる。260円を押す。
切符が出てきた。
が、お釣りが出ない。
しばらく、叩いたりしても何も出てこないので、販売機の隣のスピーカーを押した。
ビー。
何もなし。
もう一度、ビー。
今度はスピーカーの向こうに人が居る気配。
しかし、無言が続く。
こちらから声を掛けてみた。
「あの、お釣りが」
「オマエハー アシター シヌゥーーー。シヌゥーーー」
機械的な声が、気持ちの悪い事を言ってきた。
(お前は、明日、死ぬ?)
そう聞こえた。
いや、そう言った。
「あの・・・?」
ギョッと振り向くと、後ろに切符を買う人が並んでいた。
慌てて、
「あ、すいません。お釣りが出なくて、インターホンでも繋がらなかったんで!」
すると、後ろに居た男性が手伝ってくれた。
「そうですか、じゃあ、改札の駅員さんを呼びましょう。あの、すいませーん」
「はい」
駅員さんが駆けてきてくれる。
男性は、僕に後はどうぞと、手で指示した。
「あ、あの。お釣りが出ないんです。500円玉入れて、260円の切符は出てきましたが、お釣りが出なくて隣のインターホンならしましたが、なんか、変だったので」
「インターホン?どこの?」
押したインターホンを指さす。
「ああ、そこのインターホンは隣のでね。壊れているんだ。待っててね。今、販売機からお金を出すよ」
言って、駅員さんは切符売り場の裏側に回ったようだ。
反対側のインターホンから声が聞こえる。明瞭な声だ。
「今から、お釣りを出しますね。お金が詰まっていたみたいです。ご迷惑をおかけいたしました」
声と共に、お釣りが出てきた。
「あ、ありがとうございます」
って言ったけれど、もう切れていた。
後ろの人に頭を下げる。その後ろの方の人にも、「遅くなりました」と声を掛けた。
少し不機嫌そうだった並んでいた人も、笑顔で頷いてくれた。
もうすぐ下り列車が来る。
でも俺は、さっきのインターホンから聞こえた内容に怯えきっていた。
後ろから声を掛けられた。
切符売り場で駅員さんを呼んでくれた人だ。
「顔色悪いけれど大丈夫?」
「ええ、すみません。少し気分が悪くて・・・」
すると、男性は大きな手で、背中をバシバシと叩いた。
「えっ?えっ?」
「大丈夫大丈夫。君くらいの若くて生命力に溢れている子は気の持ちようで、何ともなくなるさ」
男がガハハッ!と大きく笑って去って行った。
インターホンの声が聞こえていたのかな?
とも思ったが、あの声はザザザとかガガガとかの中で聞こえた小さな声だった。
でも、気の持ちよう。その言葉に勇気づけられて、気を取り直して電車に乗った。
翌日は、学校を休もうかと思った。
しかし、「気の持ちよう」と言い聞かせて一日を過ごした。
何もなかった。
火曜日の目覚めはとても良かった。清々しかった。
月曜日は、一日中恐ろしかった。
何で死ぬんだろう。
一応、体育の授業は休んだ。顔色も悪かったのだろう、体育教師があっさりと許してくれた。
マラソンだったから、ラッキーだ。友達からはブーブー言われたけれど。
そして、火曜日に思った。
背中をバシバシ叩いてくれた人が、何かを追い払ってくれたのではないかと。