窓の外のピースマーク
高校ではオシャレなんか出来なかった。
田舎過ぎて、女の子の服がなかった。
無いわけじゃない。でも、子供服やいきなりオバサンっぽい服になっていて、
通販で現物を見ずに買うことが多かったから、結構失敗していた。
東京に出たらオシャレデビューしようと、お小遣いを貯めていた。
浅川恵子19歳
美容師専門学生
朝の8時半
9時から授業だから、丁度いい。
急行の電車の中。
東京に出たばかりの頃は、急行の使い方が判らなくて、最寄りの駅に止まる各駅停車で通っていた。
各駅に乗り駅を2つ目で降りて急行を待てば、15分の時間の短縮になった。
でも、そんなのは遥か昔の事。
今は、昔から東京に住んでいましたって顔をしている。
仕送りだけだから、自由に使えるお金は少ないけれど、古着とかでオシャレしているし、美容師になる学校だから、皆で髪を染め合ったり、カットの練習台になったりで、派手目の容姿になってきた。
化粧品は持ってきてなかったけれど、百円均一のお店で結構使えるものがある。
学校で出来た友達から、教えてもらっている。
実は化粧の仕方も教えてもらった。
雑誌を見ながら自分でやってみたけれど、学校で笑われたら泣いちゃって
「わたしがやってあげる」
って、下地からやってくれた。
その時、色々教えてもらった。
リップの色で顔色が青白く見えるから、この色の方が良いよとか
これから髪の毛が皆、派手になるから、お化粧はナチュラルが良いよとか。
それから、友達になった。由香ちゃん。
由香ちゃんと同じ路線だけれど、彼女の方が学校に近い。
各駅使っているって聞いて、〇〇駅で急行に乗ればいいのに。
って言ったけれど、混むし、あまり時間は変わらないからね~ってそのまま各駅に乗っている。
由香ちゃんも急行に乗れば、一緒に時間を過ごせるのになぁ。
そろそろ一番前の車両に乗るか。
そこそこの人混みの中、開いたドアから降りて、小走りに先頭車両に乗る。
そこから車内を移動して、先頭から二つ目のドアの横に着く。
ここから降りるのが無駄がない。
あとは各駅だけで、次で降りる。
そこから10分は止まらないから、安心してスマホを見たり出来るけれど、今は頬の髪の枝毛が気になる。
プチプチと枝毛を指で切っていく。
千切るって感じかな。でも、なんか好き。
いきなり、急ブレーキがかかり、私も含めた電車内の立っている人が大きく揺れ、何人も倒れたりしていた。
そして、上がる悲鳴。
窓にはべっとりと血が付いている。
私の居る左側がいちめんに血がブチ撒かれたようになっている。
人・・・飛び込み・・・
自分の頭の言葉かと思ったけれど、周りがざわざわとその単語を言っている。
私は、ドアの横、進行方向を向いていたけれど、押し出されるように、同じドアの反対側まで飛ばされた。
手すりにお腹ぶつけるし、座っていた女性の太ももにも頭をぶつけてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫ですよ。怪我はありませんか?」
ああ、優しそうな人で良かった。
「はい。大丈夫です」
笑顔で言ったが、その女性が私の後ろを目を見開いて見ている。
振り返る。誰も居ない。
外は・・・血だらけ。
見たくないけれど、見た。
見た。
いちめんの血がかかっているドアのガラスに、ゆっくりと外側から、
ちょん、ちょん、くい。
まあーる。
知っている、ピースマーク。
笑顔のピースマークを書いている。
「ひっ!」
周囲の何人かは気付いて、パニックになる中、アナウンスが流れた。
「ただいまー。人身事故によりー停車をしておりますぅー。もうしばらくこのままで~お待ちくださいぃ」
アナウンスが流れている間、上を向いていて、我に返って顔を見返すと、ゆっくりと、血の粘度で顔が消えるところだった。
周りの人たちは、息もせずにそれを見ていた。
顔は、歪みながら凶悪な笑顔を最後に血の中に消えた。
乗客は、そろそろと後ろの車両へと逃げている。後ろの車両からは、逆にこちらに来ようとしている人達がいて胸糞悪かった。
どれくらい電車の中に居たのだろう。
「大変長らくお待たせぇ致しましたぁ。間ぁもなく発車となります。お足元にお気を付けくださいー」
不愉快なアナウンスの後、ゆっくりと走り出した。
少しスピードが上がっても、いつもの速さまでならずに、なんとか降りる駅で止まる。
駅で遅延証明書をもらって、行きたくはないけれど一人で居るのも嫌なので学校に行った。
先生に話すと、今日は座って見ているだけにしなさいと、言われて少しほっとした。
座って、ぼんやりとみんなの作業を見ている。
あ、由香ちゃんが居ない。
残念だ。
由香ちゃんに居てほしかったな。
傍にとかじゃなくて、こっち向いて笑ってくれるだけで良いの。
「笑って」で、さっき見た血の上から指で書いたピースマークを思い出す。気持ち悪くなった。
先生に、早退を伝えた。
スマホのラインもなんとなく見なかったし、テレビも付けなかったから、翌日学校に行くまで知らなかった。
飛び込んだのは、由香ちゃんだった。
あの血の中のピースマークは私へのメッセージなのかな?と思うけれど、何が言いたいのかわからない。
私は15分早く家を出て、各駅電車に乗って学校に通っている。