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Musica*Classica  作者: 弘瀬海
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第六小節「ミーツ・ムジカ」

符楽森は目を覚ました。ぼんやりとした視界は徐々に晴れ、見知らぬ天井が彼に顔を向けた。

「やっと起きた…。領主様ぁ、目を覚ましましたよ。」

符楽森が目を開くと、すぐ横で見知らぬ、眠たげな声がそう言った。符楽森は声の主を確かめようと横に目を向けると、そこには眠たい目をした金髪の美しい少年が座っていた。目は新緑を思わせる緑で、肌もふんわりと白い。齢16といった具合だろうか。とにかく、この世の者とは思えない美しさが、そこにあった。

 符楽森が彼に気を取られていると、のっそりと大きな影が符楽森に向かってきた。領主様と呼ばれたその大男は、何やら険しい表情をした木彫りの仮面を被り、長い白髪を下ろしていた。彼は、重厚感のある青いマントを、地面に付くかつかないかのスレスレのところでのそりのそりと歩いてくると、符楽森の目の前に立った。その威圧感は凄まじく、横になっていた符楽森はガバと上半身を起こし、険しい表情の仮面を恐る恐る見つめた。

 大男は符楽森に顔を向ける。仮面によって目は見えなかったが、しかし明らかに大男は符楽森をじっと見つめていた。そうしてしばし大男は符楽森を見つめると、何かを決心したように金髪の少年に顔を向けた。

「ゴルトベルク変奏曲。葬送と共にこの世界を案内してやりなさい。」

ゴルトベルク変奏曲?J・S・バッハの名曲の名がなぜここで出てくる。それに葬送だってこの流れの話から出でくるワードじゃない。いやそもそもこの話の流れ自体(・・・・・・・・)よく分かってないけど。などと符楽森が脳内であたふたしていると、金髪の少年は大男に「了解しました」と一言だけ言い、「いくよ」という言葉と共に符楽森の手を掴むと強引に部屋の外へと消えていった。大男はその様子を見届けると、部屋の前方に位置する恐らく彼専用のデスクに腰を掛けた。

「彼が一体我々をどんな終曲(フィナーレ)に連れて行ってくれるのか…。」

大男は渋く呟く。その様子はさながら名俳優の決め台詞の様であった。

「楽しみですね、領主様。」

いつの間に入ってきたのか、ミルク色の長い髪が印象的な少女が、大男の呟きに答えた。大男はその少女に顔を向けると、またその位置を戻した。

「入ってくるときはちゃんとノックをしろ。」

大男の耳は赤く燃えていた。



 音楽世界「ハルモニア」。音楽が生まれたと同時に誕生したと言われるその世界には、古今東西あらゆる音楽が人の形をして(・・・・・・)生活している。それらのことを「音霊ムジカ」といい、この世(・・・)で俗に”クラシック音楽”と呼ばれる者の音霊ムジカは「古の音霊(ムジカ・クラシカ)」と呼ばれている。この世(・・・)に音楽が生まれる度に円状に拡大を続けるハルモニアの中心には、古の音霊(ムジカ・クラシカ)が住む音楽都市「アポロン」という広大な円状都市が存在する。この都市は7つの領土に分けられており、それぞれに領主が、そしてアポロンそのものを治める”主音トニカ”の位を持つ音霊ムジカが存在し、それらはアポロンでの最高機関「八聖音オクトーヴァ」を組織している。

「ここまでは着いてこれた?」

金髪の少年―ゴルトベルク変奏曲―は欠伸あくびを堪え符楽森に尋ねた。符楽森はやっぱり何も分かんないという顔をしようとしたが、ゴルトベルク変奏曲の「お願いだから分かってください」という眼差しにやられ、コクコクと頷いた。

「まあ、これで8回目の説明になろうがなんだろうが、符楽森くんにとっては全てが常識の範囲外の事なんだ。取り敢えず今はあんまり急かしてやるな。」

黒髪で不穏な紫の瞳を持つ長身の男―葬送―は、その風貌に対して優しい声でゴルトベルク変奏曲を諭す。それもそうかとゴルトベルク変奏曲は符楽森に謝ろうとして、堪えていた欠伸を解放させた。

 彼らは今、先程いた建物から出て散策をしている。まずはメインストリートとおぼしき大きな石畳の道を行き、様々な商店に出向いた。かと思えば道を外れ緑の丘で一休みし、街を一望した。そうした中でゴルトベルク変奏曲と葬送から符楽森はこの世界の仕組みを享受していたのだった。

「この世界が音楽の住む世界で、君達が音霊ムジカって呼ばれる存在なのはまあ何となく分かるんだけど、そこになんで僕が来れたの?」

符楽森は一番疑問に思っていることを2人に投げかけた。するとゴルトベルク変奏曲は目の前に迫っていた建物を指差した。

「ここが次の目的地だったんだけど、これ、見覚えない?」

そこには、古くも神秘的な教会のような建物がズンと威厳を持って立っていた。そう、その建物は、符楽森がイヴォナを探し迷った末に辿り着いたあの教会そのものだった。

「これ!僕が森の中で見つけた教会だ!でもなんでこの世界に?」

符楽森は少し興奮気味に訪ねた。その様子が面白かったのか、ゴルトベルク変奏曲は少し微笑んで返答する。

「それは、この建物が君の世界と”ハルモニア”を繋げる扉だからだよ。」

ゴルトベルク変奏曲が言うにはこうらしい。この教会のパイプオルガンを使い、その教会が建っている領の領主が自分自身(・・・・)を演奏している間、現実の世界の教会に人間が入り一定の時間が過ぎると、その人間は”ハルモニア”に転移されるというのだ。

「だからといって誰でもこの世界に足を踏み入れられるわけじゃない。偉大なる指揮者(マエストロ)の素質を持つ者しかこの世界には来れないようになっている。」

葬送はゴルトベルク変奏曲の説明にそう付け加える。

「まえすとろ…?僕がそれなの…?」

「まあ素質があるだけで、今はまだ偉大なる指揮者(マエストロ)ではないんだけどね。」

ゴルトベルク変奏曲のがそう言うと、符楽森が頭にハテナを浮かべた。

「まあまあこれは後で詳しく説明する。取り敢えずは一旦組合(ギルド)に戻ってお茶でもしようか。皆疲れただろうし。」

葬送はそう言うと、またハテナを浮かべた符楽森に対し「組合ギルドは君が目覚めた建物のことだよ」と説明を付け加えた。符楽森が「ああなるほど」という顔になると、一行は組合ギルドに向かって歩き出した。がその時、突如何やら不快な音が聞こえた。それは様々な音がグチャグチャになったような、とても聞いていられない音だった。

「なに…この音…!」

符楽森は苦しい顔で2人に尋ねる。しかし、当の2人は慣れたような顔で周囲を見渡していた。

「こんなときに出やがったか…。」

葬送がぼやく。ゴルトベルク変奏曲も面倒臭そうな顔で「ホントだよ」と返した。

「符楽森くん、少し下がってて。」

葬送は符楽森に目をやるとそう言った。符楽森は彼の言う通りに恐る恐る後ろに下がる。すると突如、複数の小さな黒い塊が3人に飛び掛かってきた。その瞬間だった。ゴルトベルク変奏曲は瞬時に空から謎の棒を取り出すと、それで辺りをなぞりこう言った。


旋律メロディア

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