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Musica*Classica  作者: 弘瀬海
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第三小節「引越し」

「パッション寮…。正直恐怖しかないよ。」

符楽森は引越しの為の荷物を整理しながら、溜息と共に呟いた。

「まあ寮生少なすぎるってレベルじゃないし、選考基準がよく分からないし、そもそも面子が最高にロックだな。」

青中も遠い目をしながらそう返答した。

パッション寮に所属する寮生は、寮決めの掲示によると符楽森と青中の他に2人いた。それが「鍵宮白音」と「イヴォナ・ケロル・グランヴァルト」であった。

 鍵宮はピアノ専攻で、世界的に有名なピアニストである「鍵宮麗子かぎみやれいこ」の娘であり、双子の兄「鍵宮黒音かぎみやこくと」を持つ。兄の黒音と共に小さい頃から「神童」と崇められ、数々のピアノコンクールを制覇してきた実力者であるが、阿保路音学園入学直後から人前でピアノを弾くことをピタリと止めた。その行動と彼女の不思議な性格も相まって、学園、そして生徒達からは問題児扱いされている。

 また、ヴァイオリン専攻のイヴォナも問題児とされている。全ての座学の授業は寝て、実技の授業はバックレる。一匹狼タイプで他を寄せ付けぬオーラを放ち、彼女に話しかけた者は皆殺されかけてしまうという噂すら立つ。そんな彼女についた渾名は「悪魔」。コンクール出場歴も無く、なぜこの学園に在籍出来ているのかも不明。一部では、彼女は世界的なヴァイオリニスト「フランツ・アクセル・グランヴァルト」の隠し子であり、そのコネで学園に在籍できているとの噂もあるが、真偽は定かではない。

「まるで問題児の寄せ集め寮じゃないか!」

()()()じゃなくてまさに(・・・)だな。」

「え、僕達って皆から問題児扱いされてるの…?」

「いや、知らんけど。」

符楽森は髪をワシャワシャとむしった。只でさえ音原と一緒の寮になれなかったのに、次入る寮があからさまに問題があることに、彼は憤りとも悲哀とも言えぬ感情を抱いていた。がしかし、即座に自身の怠惰が招いた結果だと気付き、落胆した。

「とにかく、早く荷物まとめてパッション寮に引っ越しするぞ。めちゃくちゃ遠いんだから。」

青中は動揺している符楽森の肩を優しく叩きそういった。

「わかった…。」

符楽森は少し落ち着くと、荷物の整理を再開した。



 石畳の道を、ガラガラと寂しげな音が進行する。符楽森と青中は、彼らが住むことになるパッション寮へ、重い荷車と共に向かっていた。日はまだ高く、春の心地よい風が彼らを撫でるが、彼らの顔は決してほころぶことは無かった。

「流石に寮が学園の外っておかしくない?」

符楽森は怨念を込めて呟いた。

「あまりにも謎すぎるな。」

青中はそれに釣られるように、おどろおどろしい声で応えた。

 彼らが寮の発表を見て数分後、学園から彼らに一件のメールが届いた。それは、パッション寮の位置を知らせるものだった。

 阿保路音学園は、トッカータとフーガの塔を中心に校舎が円陣を組み、またその更に外側に七つの寮が円陣を組んでおり、そしてそれらを囲むように壮大な雑木林がある。パッション寮はその雑木林の中にあり、学園からは隔絶されていたのだった。学園内はもはや学園都市と呼べるレベルの出来で、カフェやホール、コンビニなど、日々の生活を彩る様々な施設が並んでいたが、そこから隔絶された彼らの寮は、不便極まりないことは想像にかたくなかった。

 ガラガラと荷車を引き摺ること数十分間、彼らの目の前に、学園の正門が現れた。荘厳で美しいその巨大な正門は、彼らの恨み辛みを吹き飛ばすほど、あまりにも綺麗だった。そうしてその正門を抜け、彼らはまたガラガラと足を進めた。



「こ、これが寮?」

計三十数分の彼らの短き旅は終わり、いよいよ彼らはパッション寮へと着いた。彼らの目の前に立つパッション寮は、寮というよりかは、ちょっと大きい一軒家としか呼べることができないものだった。しかも…

「あまりに汚すぎない…?」

符楽森は空いた口が塞がらず、半ば呼吸を漏らすついでのように声を漏らした。鬱蒼うっそうとした森に中にちょこんと、しかししっかりとした存在感を持って立つ、パッと見築四十年はありそうなアンティーク調の一軒家は、決してボロボロではなかったが、しかしあまりに手入れされていなかった。所々に蔦が絡まり、窓は曇っていて、柵も錆が目立つ。見る人が見れば幽霊がいそうな雰囲気がそこにはあった。少なくとも、ここが今から学生が住む場所であるにしては、彼の言う通り「汚すぎ」であった。

 彼らはもしかしたら場所を間違えたのかもしれないともう二度三度学園からのメールを確認し直したが、やはりパッション寮はこの幽霊屋敷を指していた。

「行くしかないのか…。」

青中は額に汗を浮かべつつ、しかしその目には微かに興奮の色が見えた。

「行くしかないのか…。」

対して符楽森は、諦めの顔でそう応えた。

 二人は柵の門に手をかけた。ギィッ…という不気味な音と共に門が開き、そのまま彼らは玄関の扉に続く小さな石畳の小道を歩き出した。そして彼らはいよいよ、玄関の扉に手をかけ、屋敷の中に入ろう…とした時であった。

 彼らの背後から、異様な、不気味な、恐怖の気配がゾッと襲ってきた。木々はざわめき、からすが不吉に叫ぶ。

 二人は目を合わせた。もしかしたら、出たのかもしれない。()()()()()()()()()()()が。二人は頷き、覚悟を決めて後ろを振り返った。するとそこには、金髪で、透少し血の気の通った淡いピンク色の肌の女の子が、夏の輝く海のような瞳で、悪魔のようにこちらを睨んでいた。

「あいつ…まさか…。」

「もしかしてあの子が…。」

二人の背後にいたのは、あの()()であった。

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