ドクター・モローと大狸
「接点は奈良や」
結月薫はあっさり言った。
「さすが警察、Bも奈良に行ったと判ってるんだ」
「うん。AとBとCの3人は去年の12月4日から1週間、奈良に滞在してる」
「一緒にいたって事?」
「それは証拠がまだ出てない。しかし偶然とは考えにくい。3人の家族は『短い家出』と話していた。どこで何をしていたか、本人からは聞いていないそうや」
3人は失踪する前に会っていた。
3人だけでは無いだろう。
咲良春樹も一緒だったに違いない。
そして犯人も。
事件解決は近いと思った。
しかし、1週間過ぎても事件の続報は無い。
薫からの連絡も無いままに、
1ヶ月が過ぎ、
やがて秋に、季節は変わった。
今は事件の報道も無い。
時々現れたマユも、そのうちに来なくなった。
そして秋も深まっていく。
冷たい雨の降る日。
<山田霊園>に呼び出された。
「にいちゃん、相談に乗って。悪いけど『現物』見て欲しいねん」
「現物ね。剝製にするか、どうかですね」
<山田霊園>に料金表を置いてから、剝製にしたがる客は無い。
ペットの死骸を抱いて、工房に来ることは無くなった。
料金が判った上での相談、
これは仕事になるかも知れない。
「室内犬、猫、だよな。大型犬じゃ無いな」
と助手席のシロに言いながら、ロッキーで駆けつけた。
事務所の前に、鈴子のベンツの他に、
もう1台、赤いベンツが止まっていた。
「この子やねん」
鈴子は茶色い毛の<現物>を抱いていた。
はい、と手渡され、
軽さに驚く。
臭いを嗅ぎにくる筈のシロが離れていく。
薬品臭い。
死後硬直と違う堅さ。
「この子、……剝製ですよね、」
それは大狸の剝製だった。
腰の曲がった老人が
「そうや」
と答えた。
ブランドのスポーツウエアの上下。
金時計は年代物だが高級そうだ。
「お父さん、座らしてもらい」
と事務服を着た中年の女。
黒髪を短くカットし、薄化粧。
霊園のスタッフが、慌てて、
「どうぞ、奥へ入って下さい」
と言う。
見慣れた若い男だ。ネームプレートに「矢野」とある。
聖は、テーブルの上の剝製から目が離せない。
(何だ、コレは? 一体誰がこんな剝製作ったんだ?)
と内心驚き、呆れていた。
「剥製屋さん、怖いでしょ」
娘の方が、ちょっと笑って言う。
「SNSでね、奈良の不気味な剝製って、噂になってるんです。店の、外から丸見えの所に置いてて、写真撮られたんです」
こんなモノを店に飾った?
何の、店だ?
狸は、身体の形が変だ。
ポーズが変だ。
何よりも、
目玉が大きすぎる。
「前々から気味が悪かったんですよ。この機会に処分するよう勧めたんです。納得したんですけどね」
と、父を見る。
父は、まず、丁重に聖に頭を下げた。
「怖い、気味が悪いと、『カツオ』が、さらし者になってるのは不憫です。剝製にしてこの世に留めましたが、成仏させてやるべきかと思い、参りました」
(カツオ、はこの狸の名前か。剝製を埋葬しに来たんだな。
随分可愛がっていたんだ……あれ?
狸ってペットにしてもいいの?)
「ところがな、此処で剝製見て、ショックでした、……お作りになった剥製は、綺麗で生き生きしてる。カツオもあんな風に治せるのなら治して欲しいんです」
「成る程」
修正は可能だった。
毛皮の状態が良い。
「リフォームになりますが、料金は制作料と同じになります。それさえ納得いただければ、お預かりします」
「それは、有り難い」
客は嬉しそうに満面の笑み。
(でも、娘は渋るだろうな)
と、予測する。
気味悪い剝製を、安くは無い埋葬料を出してまで、処分したいのだ。
10倍だしてリフォームはしないだろう。
だが、
「良かったね、お父さん」
と、嬉しそうだ。
「最初から、プロに頼めば良かったんよ」
とも言う。
聖は(やっぱり素人の作品か)と納得する。
「プロやんか。プロの先生やんか」
と父。
謎の会話に興味を持った。
「どんな先生が作ったんですか?」
「どんな先生って……あ、」
娘は、
面白いことを思い出したのか吹き出す。
「ドクター・モロー、って、呼ばれていますよ」
「ドクター、何? お医者さんですか」
「まあ、そうです」
また笑う。
「父の友達なんです。家が隣ですしね。……隣といっても2キロ離れてますが」
工房に戻って、すぐに狸の剝製を解体した。
<医者が作った剝製>と聞いて、興味をそそられた。
「うわ、先生、骨を使ったんだ」
芯に骨を使うのは難しい。
素人には無理だ。
「なに、これ? シリコンだ」
美容整形につかうシリコン。
目玉が大きすぎるのは、
人間用の義眼を入れていたからだ。
「面白い」
嬉々として作業に没頭していたら、ポケットで電話が鳴った。
結月薫から、だった。
「ああ、例の耳事件、なんかわかった?」
進展があったに違いない。
でも、
「いいや。全然アカン」
と期待ハズレの返事。
「今から行っていいか?」
進展は無いが、遊びに来たいという。
「今日は、仕事で無理、……面白いんだよ、医者が作った、とんでもない剝製が舞い込んできたんだ」
と、話を終わらせようとする。
ところが、
「医者が、剝製を作った? なんですか、その話。聞かせてくれません?」
カオルは刑事の口調で聞いてきた。
「ドクター・モローだっけ。何だか知らないけど、そう呼ばれている、医者が、」
「えっ、ドクター・モロー? 今、そう言ったな。……間違い無いか?」
「うん」
「セイ、被害者の一人、北浦はな、大阪の病院の精神科から、奈良の病院に移った。
転院理由を調べたところ、大阪の病院で親しかった元医師の影響なんや。
トモダチになって、追いかけて行ったらしい。
元医師はな、自分を『ドクター・モロー』と呼んでくれと、言ってたんやで」




