ミスリード
「不可解な事件ね」
マユはニュース動画を全て、見たがった。
聖の期待通り、薫が昼すぎまで寝て帰った、その夜に……気がつけば隣に居た。
「Aさんは友人に会いに行くと出て行ったきり連絡が取れなくなった…Bさんは子供の幼稚園のお迎えに来なくて、それっきり。Cさんは夜中にコンビニに行ったきり……バラバラね」
咲良春樹とA、B、C、は事件に巻き込まれた可能性が高いと報道されていた。
「失踪時期は、医大生が3月10日、Aが1月8日、Bが4月20日、Cが2月25日……奇妙ね」
「そう、バラバラなんだ」
「犯人が冷蔵庫に『耳』を置いたのは、Bが失踪した4月20日以降。防犯カメラがあるんでしょ。怪しい人はいないのかしら?」
「防犯カメラに写ってる中に、不審人物はいないんだ」
「被害者4人に接点はないのね」
「4人に共通の知人がいたら、そいつが犯人だろうけどね。年齢も住んでるところもバラバラ」
「医大生とは接点があったかもしれない。犯行の後、部屋に入ってる」
「4人を殺して耳を削いで、記念に残した……でもなんで、被害者の部屋に置いたんだ?」
「見つけて欲しかった、とか。医大生は賃貸マンション。家賃滞納、行方不明で、いずれは管理人なり家族なりが部屋を調べるでしょ。他の3人は家族と同居していたみたいだし」
「わざわざ遺留品を置いてあった。被害者の身元がわかるように」
「『耳』は、猟奇的な事件にするための演出かしら」
「とんだ鬼畜野郎だ。ぶっ殺したい」
口汚い言葉を吐いてしまう。
「悪魔のような人間だわ。今のところ分かっている犯人像はそれだけね」
①名古屋、姫路、大阪、奈良で4人誘拐し、殺した。
②4人の耳と所持品を咲良春樹のマンションに、持って行った。
「この2つを、実行できる条件は何かしら?殺人を実行するには、犯人と被害者、2人だけになる時間とスペースが必要ね」
「被害者は皆、大人だからね。知らない人に騙されて付いて行かないよな」
「セイは、被害者は何故犯人について行ったと思う?」
マユは真剣な眼差しで問う。
生者のように瞳が輝いている。
聖の頭は倍速で稼働した。
日常的な用事で外出し、どこかで知らない人に声を掛けられる。
結果、知らない人と2人だけになるシチューション。
「俺が車に乗っていたなら、乗り捨てて、知らない奴の車に乗ったりしない」
被害者は車に乗ってはいなかった。
「で、歩いていて、声を掛けられたとする」
知らない奴に声を掛けられ、ノコノコ付いて行く。
何故?
なんと声を掛けられた?
「親しい関係の名前を出されないと、付いて行かない。……薫に何かあったと言われれば事実関係を確かめる余裕も無く……知らない人の車に乗り込むかも知れない」
(神流聖さん、ですよね。結月薫さんが事故に遭われたんです)
たとえば、こんな言葉を投げかけられたら、
驚き、狼狽えて、事実確認の余裕もなく、目の前の<見知らぬ人>に付いて行くだろう。
「……この事件の犯人が被害者を誘拐し殺せたのは、被害者の理性的な判断を揺るがすような、極めて親しい人の名前を、告げたから。そう考えたのね」
だがそれは、被害者の交友関係、日常を把握できていなければ不可能だ。
住所、職業、年齢、バラバラな4人。
一体誰が4人のプライベートのデータを知り得たのか?
自分は<結月薫>の一大事と聞けば見知らぬ人にも付いて行く。
だが
自分と<結月薫>の関係の濃さを知る人間がどれ程いるのか?
……いない。
……マユしかいない。
「知人の名前で釣ったのではない、じゃあ、どんな誘いかしら?」
さあ、考えましょう、とマユは言う。
見知らぬ人に付いて行ったのは、何故?
「……思い浮かばないよ」
「そうでしょ。付いていったのでは無い。拉致ね」
人通りの少ない道で、車に乗せられたのだろう、
とマユは言う。
「1人では出来ない。犯人は複数。……無差別に、襲ったと思う」
名古屋、姫路、南大阪市、奈良市、
離れてはいるが、車を使って一日で回れる距離だ。
犯人達は拉致目的でターゲットを捜した。
そして偶然、被害者が選ばれた。
「でも、医大生の知り合いだと、思うんだろ?」
「そうよ。不審者が見つかっていない。つまり犯人達はマンションの住人か知人、あるいは日常的に出入りしてる人、だと思う」
「成る程。犯人達は快楽殺人の対象に、近場にいる医大生もいれたのか」
「……そうじゃないと思う。殺したかったのは医大生だけかも」
他の3人は無差別、猟奇殺人を装うために殺された。
「耳」はミスリードの小道具、とマユは推理した。