瓶の中
「仮死状態、だったかも。カメは冬眠するから。…診て貰った獣医さんは、専門外だったんだね」
<空>に説明した。
自分が生き返らせたのではない。
絶対違うと。
聖は、自分自身にも、言い聞かせていた。
俺が……生き返らせたなんて、まさか……有り得ない。
作業室に<昴>は、もういない。
少し寂しい。
生き返ったカメ。
消えた少年の幽霊。
左手に感じた衝撃……。
「何が起こったのかな……シロも、見てたよね」
静かな部屋で、ボンヤリしていた。
どれくらいの時間が経っただろう。
電話が架かってきて、現実に引き戻された。
電話は、結月薫から、だった。
「あと5分で、そっちに行く」
それだけ言って、切れた。
「カオルが昼間にくるなんて珍しい、かな」
ああ、刑事も盆休みかと、気付く。
丁度5分後に、やってきた。
一人ではない。
白いスーツにハイヒールの女、……なぜか、山田鈴子と一緒だった。
あと一人、鈴子の守護霊も憑いてきている。
剝製棚の端にもたれ掛かった。
そして、
聖に<やあ>と手を上げる。
自分にしか見えない存在。
居るのに、居ないように振る舞うのにも、慣れた。
「兄ちゃん、突然悪いなあ。……刑事さんと一緒に、見て欲しいモノがあるんです」
モノは物では無かった。
動画だった。
鈴子のスマホにある動画だ。
薫が、勝手にパソコンに繋ぐ。
(俺のパソコン、扱い慣れている?)
「マンションの管理人が送ってきたんや。家賃滞納、連絡付かずで、さては夜逃げか孤独死かと……家の中を確認した」
築30年くらいのマンションだった。
(山田工務店所有で奈良市内にあるという)
聖は、ゴミで一杯の部屋を想像した。
でも、違っていた。
整然とした室内、というか必要最低限のモノしかない。
四畳半のキッチンには二人サイズのテーブルと椅子2脚。
なべ、フライパン、少しの食器。
炊飯器と電気ポット。
六畳の部屋にはマットレスベッドとローテーブルだけ。
クローゼットには四季の服が掛けてあった。
ビジネスバッグ、キャリーバッグが一個づつ、下に置いてある。
服も鞄も、モノトーン、とストライブ柄、以外はない。
「若い男、だよね。潔癖症? 綺麗すぎる」
聖が言うと、薫と鈴子も頷いた。
「見て欲しいのは、この後なんです。……管理人は冷蔵庫の中を調べたんです」
一人所帯用の小型の冷蔵庫。
上に電子レンジが置いてある。
(なんや、これ)
と管理人の声が入る。
冷蔵庫の中を長く撮る。
「診察券と、指輪と、……入れ歯か。あと一つはカードやな。銀行のカードかな。見た事ある」
薫は、手帳を出して書き込んだ。
診察券と、指輪と、入れ歯と、カードは
それぞれチャック式ポリ袋に入れて、並べてあった。
他に冷蔵の中には、卵2個と、紙パックのオレンジジュース。
……そして、何かが入った硝子瓶。
「密封硝子瓶か。直径は約5センチ。この色は赤ワインかな。……鶏肉かな?」
と薫。
「鶏肉ですか? 私にはイカに見えるけど。兄ちゃんは何やと思う?」
鈴子が聞く。
動画は冷蔵庫の中が最後だった。
聖はもう一度再生し、冷蔵庫で静止させ、アップにしてみる。
どれどれと、三人画面に顔を近づける。
「やっぱり、何か、わからんな」
と薫。
「肉には違いないと思う」
聖にも、何の肉かは特定できない。
が、気付いた事があった。
「ここに何か、白い粒が……なんだろう?」
「ほんまや、なんやろう」
薫は大きな顔で画面を塞ぐ。
「あの……」
鈴子の、か細い声。
様子が変だ。
「どうしました?」
薫と聖は同時に聞く。
「それ、ピアス違いますか? パールのピアス。金具も見えています」
「ピアス」
また男二人同時に復唱した。
「うわー。これ、耳や。耳、ちゃうか、なあ、セイ、どう思う?」
薫が大音量で言う。
「……人間の耳が……少なくとも3つ、だね」
硝子瓶の中。
赤ワインの色に染まった、柔らかそうな肉片。
<人の耳>と相違する部分は
全く無かった。