ただ、生きる
「セイも連行されたのね……シロも、一緒に?」
マユは面白がっている。
「任意同行。シロは、リードが部屋に無かったから、抱いて行った」
「警察官を襲ったのに、おとがめ無しで、良かったね」
話に入っている風な犬の、頭を撫でた。
「シロに落ち度は無いよ。いきなりドアを開ける方が悪い」
飼い主が命令して襲わせたのでもない。
と、被害者も証言していた。
「でも、大量殺人事件じゃ無くて、良かったわね」
「うん」
「私の推理、今回は、大ハズレね」
恥ずかしそうに言う。
「いや、そうでも無いよ。医大生の部屋に『耳』を置いたのは、マンションの住人か関係者以外に有り得なかった。4人が自分の意志で『そよ風病院』に行ったのも、マユの推理通りだった」
聖は結月薫も、同じ推理をしていたと説明する。
「警察の中では生存説が出ていたらしい。切り取られた『耳』は付け根を残して切断されていた」
片耳を切った位で、人は死なない。
4人は<師>が調達した<義耳>を付けていた。
「『義耳』だと、誰も気付かなかったのね。……ヘアスタイルによっては隠れるし、人の耳なんて、あんまり目がいかないものね」
「うん。触らない限り判らない」
4人の<耳>に触れる者はいなかった。
4人には<耳>を触るどころか、
間近で、顔を眺め合う、
人間関係も無かった。
「『耳』を冷蔵庫に置いたのは、家賃滞納で発見されると考えたからね。『大量猟奇殺人』を装った……コレは、どういう罪になるのかしら?」
「ややこしいんだろうな。目的が死亡保険目当てだと『保険金詐欺』なのかな。尤も、『主犯』の北浦は、保険に入っていないらしい」
「北浦って、ひきこもりの若い人ね。……ドクター・モローと友達だったのよね」
「そう。元々は自分一人の計画だったんだ。この世から消えたい、死にたい、とね、
師先生に話したのが、事件の始まりなんだ」
<師>は
「君、死ななくても消えることは出来るんじゃない? たとえば……」
<死>の偽装方法を色々考えてくれた。
一旦、コレまでの人生を終了して「そよ風病院」で、
暫くの間、ただ生きるだけを、やってみたら良いと。
「『ただ、生きる』って、どういう意味かしら」
「狸や狐のように、って意味じゃ無いかな。獣は自殺なんか考えないだろ? 生存本能が意識の核だから……北浦と他の3人が出会ったのは、それは偶然だった」
聖は話題を変えた。
<死者>のマユと、<生死>の話はしたくない。




