わかれ
神流 聖:29才。178センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。<人殺しの手>を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。
山本マユ(享年24歳):神流剥製工房を訪ねてくる綺麗な幽霊。生まれつき心臓に重い障害があった。聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。事件が起こると現れ謎解きを手伝う。
昴(享年14才):双子の弟に殺された少年。剥製造りに興味があり作業室に出没する。
シロ(紀州犬):聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。
結月薫:聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。
山田鈴子(50才前後):不動産会社の社長。顔もスタイルも良いが、派手な服と、喋り方は<大阪のおばちゃん> 人の死を予知できる。
8月1日に<山田動物霊園>がオープンした。
それから2週間過ぎた。
神流剥製工房は来客が増えた。
動物霊園のスタッフが、やって来るのだ。
まず、客を連れてくる。
山田鈴子に頼まれて、霊園の事務所に、五体剝製を提供した。
それを見た客が、墓に入れるより剝製にして手元に置きたいと思う。
(剥製屋は、すぐ隣です。行ってみますか?)
で、連れてくるのだ。
殆どは料金を聞いて、やめる。
聖にとって、無駄な時間だった。
「だからさ、料金表を作ることにした」
と、足元のシロに言う。
愛犬は昼間、パソコンの前に座っているのが不思議そう。
8月14日午後2時。
誰かがノックする。
「はら、また来たかも」
ドアを開ける。
そこに立っていた人物を見て
「スバル、なんで此処にいるの?」
と聞いた。
今日はまだ作業室に入ってない。
痺れをきらして、こっちから出たのかと思った。
「……あれ? 服が違う。それに……大きくなった?」
と、思った事を口に出す。
<昴>だと思い込んでいた。
この顔は毎日作業室で見ている顔だから。
「はい。……今は高校生ですから」
と言う。
……はあ?
コイツ、何言ってる?
「僕の事、覚えてくれていた。……あの時は、ご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げる。
聖は、やっと自分の間違いに気がついた。
この子は<幽霊の昴>じゃない。双子の、もう一人、<空>だと。
ブルーのTシャツに、白いパンツ。日に焼けた顔。
爽やかで健康的な高校生男子に見えた。
でも、その表情には影があった。
「まあ、入って」
彼の背後には、誰も居ない。
一人で尋ねてきたようだ。
「あの、」
と、下に置いていた大きな荷物を抱え、<空>は入ってきた。
「済みません。獣医さんはね、死んでると、言うんです」
「な、なにが?」
応接セットのテーブルの上に、<空>は荷物を置いた。
大きな風呂敷で包まれている。
中身は、まだ解らない。
「僕の、スバルです。元気だったのに急に反応しなくなって」
中身は水槽だった。
そして、小さなリクガメが居た。
「かわいい(甲羅しかみえないけど)。……この子スバル、って言うの?」
聞けば空の目から涙があふれ出した。
「そうです。……カメは寿命が長いでしょう。ずっと一緒に居られる。……大学に行ってアパートに下宿しても、連れて行ける。僕はずっとスバルと一緒に居られると思って……それなのに」
「……成る程」
リクガメは死んだ(殺してしまった)<昴>の替わりだったのだ。
でも死んでしまった。
両親は動物霊園に墓を作ってやろうと言ったらしい。
丁度、近くに出来たし、と。
途中に<神流剝製工房>がある。
<空>は火葬の前に、聖に、霊感剥製士に、見て貰おうと思った。
両親は県道で待っているのだと言う。
「可愛いなあ」
聖はリクガメを手のひらに乗せた。
軍手をはめている左手の上に。
「ちっちゃいな」
シロが臭いを嗅ぎにくる。
そして、ペロリと舐めた。
「やっぱり、死んでますか?」
<空>が聞く。
「ちょっと待っていて、確かめるから」
聖は作業室に入った。
調べるまでもなく、リクガメは死んでいた。
それでも、どうしても、<昴>に見せたかった。