第一話「不気味な影」
よく考えてみればこれという宛もなく、手探りに歩きに歩く。
そもそも、他に街や行ける場所など存在することすら怪しく思えてきた。
そして見えるのは海、森、砂地ばかりで人がいる痕跡など見当たらない。
「はぁ……」
二人のため息をつくタイミングが合う。途方に暮れそうな思いは一緒だった。
そんな中、唯一元気なシルはご機嫌が良いようでお散歩気分……。
それにしても、何故彼女らはここまで生きてこれたのだろうと、ふと不思議に思う。
食事や生活面では当然やっていけない様に現実見える。そこら辺の確認はやはり大事であろう。
「エノ達は今までどうやって生きてきたんだ」
率直な質問に対し以外にも素っ気ない答えが返ってきた。
「あそこは元々町で、衣食住には全然困ったりはしなかったの……まあ最近の記憶以外は全くないけど。さっきも似たような事話したわよね」
念の為、整理しておくとしよう。
エノの話から推定出来るのは、生きていた者達が元々居たが何らかの理由で誰も彼もが消えてしまう自体となり、取り残されたのはエノとシルのみ。しかも記憶喪失ときた。
シルと自分のことを覚えてないわけではない風だが……。
謎が謎を呼ぶ始末。自分から言っておいてなんだが、仕方ないので考える事は後回しにすることにして今は、町へ辿り着くことを目指して進んでいった。
そのまま、歩いてどのくらい経っただろうか。
五時間に及んでひたすら進んできたが体力にも限界がある事を思い知る。
そんな事はお構い無しにシルが前方を駆け抜けていく。目でその姿を追いかけていれば、賑わう人の声と町を囲んでいる石材の城壁が見えてきた。
とりあえずここで町を見つけられたのは幸いだったが、問題はここからだ。
果たして、自分たちを心良く受け入れてくれるものだろうか。
……答えは否だ。
誰とも知れない者のの為に歓迎までして受け入れる事に、相手側には全くメリットなど無いのだから。
絶対に有り得ないであろう、だがこっちもそんな事を言っている余裕はない。
先の事をあまり考えていなかったことに後悔しているが、何とかなるかも……と言う頼りない希望を天秤にかけるような思い。
近ずいていくに連れ賑やかさは一層と増す。ここまで来ると見える町の規模は、もはや町と言うよりも立派な一国にも見える。
城壁前では見慣れない銀の鎧を纏う者達の姿がある。
門番だろうか、きっと不審な者や危険人物などを入れないように見張り役を立てているのだろう。
それらは、物語に出てくる騎士そのもので目を疑う。
腰には剣を添えている。
すると、一人の騎士が自分たちに気づいたようで、何やらジロジロしている。
気づかれたか?ただ見ているだけなのか……、自分の心臓の速さが今の心境を訴えるように勢いよく脈打つ。
もしもあの剣の矛先を向けられたら、真っ先にエノを連れて逃げよう……などそんな考えがよぎっていた。
「そこの……」
近寄ってきていた騎士に声をかけられたが、すかさず口を挟んでいた。
「お、俺達は……えっと……だな」
--俺の馬鹿!なんで、なんも言えねーのに……。考えろ!考えろ!!
「……あなた方は移民ではありませんか?お困りならば、是非お力になりたい」
銀の兜を自ら脱ぎ、そこには青色の短髪の爽やかな青年が深々と手を胸に添えながら自分たちを気遣っている。
願ったり叶ったりな青年の有難い言葉と誠実な行いに敬意を表し胸に手を当てながら言う。
「本当、騎士様マジ感謝……」
この一言に尽きるだろう。
「まじだかなんだか知らないけど……。早く私は人がいる町を見たいわ。凄く華やかそうで興味があるの」
これだから世間知らずの子は、現実こんないい事、良い奴に会うのは大半無いだろうし、あってもこんな経験をするのは少ないだろう。
まあ、ただ運が良かっただけといえば……それはちょっと悲しい気もするが。
善良な騎士のお陰で町へ入れた一行は、町を見て回りたいと言う少女の願いを叶えるべく騎士の案内によって商店街へやって来ていた。
そこまで歩いてくる途中にも思った事だが、見間違いだろうか?
ライオンの様な頭に体が人型の、あろう事かその威厳さを掻き消すような笑顔で野菜を売っているではないか。
そこだけではない。
獣耳……猫耳が生えた男が魚を商売人のように売りさばく。
それを買いに来る者達もまた、ヤモリっぽい人間もいれば精霊のように美しい羽の生えた人に近い生物が多く見える。
その頃、興味津々に町中を散策する少女は、回りにユウキ達が居ないことなど気づかない程に夢中になっていた。知らぬ地であるのにも関わらず。
そんな少女の背後には、不気味な笑を浮かべ息を殺し空気に馴染むとそっと、近づいていく者達の影とエノの影が近ずく。
「キャー!!!離しなさいよ馬鹿!殴るわよ、ねぇ?聞いて!?んんっ!」
力ずくで抑えられ終いには口元を手で覆われ、暗闇の中へ連れていかれてしまった。
□ □ □ □ □ □
「おーーい。エノー!どこいんだよ。シルも心配してるぞー。ったく、どこいったんだよ、アイツ」
善良な騎士と別れた後、商店街を堪能していたはずのエノの姿がいつの間にか消えていた。
それに気づいたのは、シルの行動からだった。なにか不安げに訴えてくる心配そうな琥珀色の瞳。
いつもの逞しく凛々しいはずなのに気が気でないシルの顔と、それを感じ取ったユウキは様々な人種が行き交う商店街を迷わぬように必死に見渡す。
そんなユウキ達をまだ昇ったばかりの月が嘲笑うかのように、赤い光が揺らいでいる。