『プロローグ』まだ観ぬ景色を探しに
--俺は死んだ。理不尽にも青信号で、右左確認したにも関わらず。自転車かっ飛ばして家に帰ろうとした帰り道。
俺は死んだ、不慮の事故で。信号無視のトラックに何メートルも跳ねられて。骨だって折れたと思うし血だってかなり出たはずだ……。
……なのに俺はどうして、どうして。
草の上を立っているのだろう?
息をしているのだろう?
血も出てない、骨も折れてないどころか怪我一つない体は、しっかりと両足で体を支えている。
これのどこが事故にあった体だと言うのだろう。
……もしかすると、天国にでも来てしまったのだろうか。
分からないだらけの自分でも確認できることがいくつかあった。
祈りを捧げる様な姿でいる淡い桜色の長く美しい髪、白い肌に少しゴシック風な服装、身長は普通くらいで少し細身の少女と、
その横にくっついている白い毛並みの獣、狼にも似ている生き物がいること。
見渡してみるがそれ以外には生き物は見当たらない。それを物語るかのように気配も人の声も、何も聞こえずシンとしている。
試しに桜色の髪の少女の元へ歩み寄ってみる。
それに気づいた少女の、透き通った真紅の瞳には十六、七歳ぐらいの黒髪、赤い上着に黒のTシャツ黒のジャージズボン、青紫の瞳につり目、少し長身の少年の姿が映っている。
少年を見るなりこの世のものとは思えぬような顔をする少女。
何故そのような顔をされているか分からない少年。
まず先に口を開いたのは少年の方だった。
「あんたは一人か?何か俺、さっき死んだはずなのに生きてて……さ。あ俺は、立花ユウキ……」
なにか物凄く少女に避けられている、対照的に白い狼は嬉しそうにユウキの足元に擦り寄ってきた。
毛並みの柔らかさを確かめるように撫、気持ちよさそうに目を細める。
狼が寄ってきたお陰か、少女の警戒を少しばかりか解くことに成功している感じだ。
なんとなくこのまま此処にいる訳にはいかないような気がしてきて撫でていた手を離し、腰を上げる。
それに感ずいたのか狼は寂しそうな声で鳴いている。
こんなに人懐っこい狼もいるものかと思いながらたった一瞬の出会いに別れを告げる。
ここが何処で何なのか、理解できないがユウキはそれでも歩き出す。怖くないといえば嘘になる、でも楽しくないといえば案外ワクワクする。冒険心と言うやつだろうか。
また少年と同じく一人の少女は、有り得ないと言わんばかりの顔が張り付いて取れないままでいる。
それも当然だ。今までずっと狼と一緒だった、言い換えれば狼以外の生き物及び生きている者は少女ひとりだった。その筈だったのに、それをいとも簡単に覆されどうしていいものか分からなくなったのだ。
でも、もう独りなのも嫌だと、もう誰にも会えず何処にも行けず孤独なままなのは懲り懲りだと。少女は気づくと、少年の右手を力強く握っていた。
「か、勝手に現れて勝手に消えるとか、有り得ないでしょ!貴方も一人みたいだし、正直急すぎて頭が起きてる事について行かないけど……」
恥ずかしくなったのか握っていた手を離し、顔を真っ赤にて言葉を詰まらせる。
さっき程の大きな声とは違く、今にも消えてしまいそうに囁くよう言う。
「……一人にしないでよ」
これには驚きが隠せなかった、事に気づくのに時間が少しかかってしまった。
少女もまた自分と同じ立場にいるのではないのか。
言葉に表さなくても、少女の顔を見れば不安だった事が伺えた。
「大丈夫。一人にしないでって言う奴を置いてく人でなしな奴じゃないからな!俺は」
理由は何にせよ少年にとっても、少女にとってもこの出会いは心強いものであろう。
「……っ、私の名はエノ。ユウキと言った……わね。しょうが無いから、一緒に。居てあげる」
これはいわゆるツンデレ……、なのだろうか。
こうして、エノと言う仲間が出来た。
□ □ □ □ □ □
「この子はシル、白銀の狼なの。そして私の大事な家族で使い魔。」
シルに触っている時は比較的ツンツンするどころか、穏やかな瞳で微笑ましい。
心を許し合いお互いを信じている、きっと何者にも断つことは出来ない強い絆で結ばれているのだろう。
「なぁ、ここはいったいどんな所なんだ。一番そこが気になって仕方ないんだが……」
「そんな事、私も知らないわよ。最初から誰も居なかったし、その辺は私も記憶が無かったりしてて。だから、こっちも!手掛かりがなくて困ってるの」
記憶がない--、偶然では無いだろう。
この町と思わしき所に何も居ないことと、少女がずっと一人だったこと。
明確な判断は出来ないし一概に言い表すことは難しくとも。
もしかしたら、自分がここにやって来た訳も……どこか一つに答えが待ち受けていそうな。
兎にも角にも、目的は決まってる。
「ここに居ても、答えは出せないままだと思う。だから、探しに行かないか?エノ」
「……何を?」
「まだ観ぬ景色を……だ」
不器用な少女エノと、死んでしまったはずの少年ユウキ。
こうして、彼らは共にまだ観ぬ景色を探しに手を取り合うのであった。