第2話
若干物語の流れが速い気がします。
人物の描写と会話が下手くそです。ごめんなさい。
僕の師匠は綺麗な黒髪を持ったひとだった。少し短めな彼女の髪は、楽園に来ていろんな人の髪を見た今でも、一番美しい髪だと、自信を持って断言することができる。
だけど、今思えば不思議な人だった。
長い間一緒に居たけれど、僕は彼女のことを、何にも知らない。
彼女は僕に、神空 茜という名前をくれて、僕の自己を形成する支えになってくれて、僕のことを僕よりも知っていて理解している感じだったけど、それとは対照的に、彼女は彼女自身のことを1つも、僕に教えてはくれなかった。
一度いろいろ聞いてみたことはあったけど、笑いながら無視されたので、答える気がないんだと思い、それ以上聞いてみたことはない。今となってはちょっと後悔している。
でも彼女は、それ以外のことなら沢山教えてくれた。
汚い水を清潔にする技術に始まり、人の数が減って野生と化した犬、猫、牛、馬などを狩って〆て調理する技術。
障害物だらけの道を素早く走る技術。
手ぶらの状態で火を焚く技術などなど。
はっきり言って要らない知識も少なくない数、教え込まれた。
それに、あいつらを倒す技術も。
まあこれは、倒す技術を、戦う術を教わったというよりは、あいつらの弱点なり生態なりをひたすら覚える座学って感じで、実践したことはなかった。
あの時が初めてだ。
あと師匠は、4年前に出会った変人のせいで見つかった、僕の特異体質をコントロールする方法なんかも考えてくれた。
さて、僕が7歳から17歳までの10年間で師匠に常識として教わったこれらのことを、僕のことを拾った『エデンの楽園』の人たちは全然知らなかった。
僕が彼ら彼女らの常識を知らなかったのと同じように、彼ら彼女らも僕の常識を知らなかったようだ。
そして、僕が拾われた日。僕の手には、あいつの血がベッタリと付いていた。
自分達よりはるかに強いはずで、滅多に見ることのないような、あいつらの血。
僕もあの変人があいつらを目の前で殺したあの日まで、あいつらの血を見たことはなかった。
楽園の大人達は、なんでそんなあいつらの血が付いているのかという好奇心よりも、得体の知れない物に対する恐怖心に負けたらしい。
当然といえば当然だ。
その結果、そんな異質で異常な僕のことを、この楽園で僅か6人しかいない20歳未満の子どもらにおしつけた。
それが今の状況だ。
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「この腐った世界で、大人達は毎日酒をチビチビ飲んで、絶望した顔で過ごしてる。くだらないと思わないか?」
ゴリラみたいな顔をした(ゴリラについては師匠がおしえてくれた。なんで師匠はここに生息してないゴリラの〆方を教えてくれたんだろう?謎だ)僕より少し年上っぽい男の子が、赤い顔をして話しかけてくる。テンションアゲアゲのようだ。正直めんどくさい。
楽園に来てから一カ月、子どもらにおしつけられてからは28日。彼はほぼ毎日この話をふってくる。僕の対応はもう決まっていた。
「あ〜、うん。そだね〜」
なるべく彼を邪険に扱わないよう気を配りながら、それとなーく興味ないよってことを伝える僕。
一カ月前まで師匠以外の人とろくに話したことのなかった僕にしては、なかなか高レベルな会話スキルである。
「だよな!お前もそう思うよな!だいたい、ここの大人達は小さいんだよな〜、人としての器が!」
楽園の子ども勢のリーダー格であるこの少年、御堂 護さん。親はいないとのこと。まあ、ここの子ども達には、1人しか親持ちの奴なんていないと護さん自身が言っていた。いろいろあるのだろう。
というか、僕のあの短い言葉に詰め込まれたニュアンスを華麗にスルーされちゃった。
「おいうるせーよ護。茜がめんどくさそうにしてんのがわかんねえのか?」
なんだか偉そうに応えたのは、那珂月 静流さん。男の人と同じくらいの短髪で、ぱっと見男性だが、れっきとした女性で、師匠の言うところの「ボクっ娘」ならぬ「オレっ娘」だ。護さんに威圧的に話し掛け、なんか言い合いを始めた。
…ところで、「オレっ娘」ってホントにある言葉なのかな?師匠に教えて貰ったけど、ちゃんとした言葉だろうか?師匠の造語とかじゃないよな…。
師匠はこういうのの他にもネット用語(?)なるものやギャル語(?)なんてのにも造詣が深いらしく、たまに教えてくれた。
…意味はよく分かんないけど。
護さんと静流さんがなんか言い合ってる間に、師匠のことを少し思い出していた。
一カ月経った今なら、少し思い出したくらいじゃ泣き出したりしないけど、2週間ぐらい前までは少し思い出すと涙が出てきて困ってた。
でも、師匠の死んだ瞬間をあんまり覚えていないのも相まって、今では少しぐらい思い出しても泣くことはない。
あの日思った通り、心が弱っているのだろう。
前は全然泣いたりしなかったのだけど。
…というか、この二人まだなんか言い合っている。そこそこ経ったのに。仲良しかって突っ込みをいれたい。実際、二人は仲良しなんだけども。
「…あんたら2人ともうるさいんだけど。茜の奴にあのことについて聞くんでしょ。
さっさとしてよ」
僕の隣に座っていた美乃梨さんが、腰くらいまである茶髪を手でくるくるしながら、少し苛立った声を上げる。
美乃梨さんには、苗字がないらしい。あいつらが人類を襲い始め、パニックに陥ってた時に、なんかいろいろあったらしい。その辺はよく知らないし、美乃梨さんも話そうとしない。まあぶっちゃけ、あんまり知りたくないし、興味もない。
美乃梨さんは、その威圧的な物言いと、面倒見の良さが相まって、みんなからはオカンと呼ばれている。美乃梨さんは優しいし、ぴったりだ。…なんて言ったら怒られるから、声に出しては言わないけど。
美乃梨さんにいわれても口論を続ける護さんと静流さん。あとでオカンのお説教を喰らうだろう。
「はぁ…。あんたらもそう思うでしょ、楓、蛍、秀」
僕は美乃梨さんに話し掛けられた3人を見る。
僕の左隣にいる橘 蛍。「ほたる」と書いて「けい」と読む。
僕が見た中で師匠の次に綺麗な白髪を持つ、少しタレ目の女の子。
なんかアルビノとかいうやつで、肌も白く、大人達からは避けられている。
右目の色素だけがみんなと同じ色、すなわち黒で、左目はアルビノ特有の澄んだ青色だ。
なぜに大人が避けるのか理解できない。凄く綺麗な色なのに。
蛍は曖昧に微笑んでいた。「あのこと」が何か僕は知らないが、きっと蛍は知っていて、それは僕が言いにくいことだと思って気遣ってくれてるんだろう。
蛍の左隣に座ってるのは暁月 秀。黒髪が少し長めのメガネをかけたやつ。
ここにいる6人に中で一番僕と気が合う、気の置けないやつだ。
本当に頭が良く、僕に変な武器を作ってくれた。だいぶ前から作ってたらしいけど、使いこなせるのが僕しかいなかったらしい。師匠の教えの賜物だ。
というかあの武器、ホントにピーキー。まったく、何を考えて作ったのか。あんなの17歳が作れる物じゃない。ネオパーソンズの人たちで作れるかどうか…。
なんなんだこいつ。
秀は美乃梨さんの言葉にコクコク頷いていた。
なんだろう、こいつがここまで知りたいと思う、僕のこと…。
…あぁ、なんとなく想像ついた。
秀の左隣に機嫌悪そうに座っているのが、新細 楓。女っぽい名前の男。男にしては長めの茶髪に、切れ長の目。高圧的な印象を受ける。
唯一の親持ちで、ネオパーソンズ社長の息子だ。だけど、親はビルの方にいるから、状況としては僕らと大して変わらない。
そして、僕はこいつがキライだ。なんか知らないけど、ウマが合わない。それはあっちも同じらしく、あんまり僕らは話さない。
だけど、そんな楓までもが美乃梨さんに無言の肯定を示している。
そんな奴まで知りたがっている僕のこと。
まあ、なんとなく想像はついたけれど。
「あの、護さん。早く本題に入ってもらえますか?
話があると呼び出されたのに、イキナリいつもの話しをされて、いつも通り静流さんと口論されると、どうリアクションすべきか分からないです」
「うっ、あ〜、すまんな。どう本題に入るか悩んでたら、混乱してなぜかテンションが上がってしまった。すまんな。」
静流さんとの口論をやめ、目を逸らしながらそんなことを言ってくる。
嘘だな。絶対僕に聞くこと忘れていて、いつもの通り話しかけたんだろう。
なんだ、混乱するとテンションが上がるって。狂人かって。
「まあいいです。
それで?話とは?というかあのこととは?」
後半を美乃梨さんを見ながら言う。
「ああ、それなんだがな。
もう面倒だから率直に聞くぞ」
「はい」
そして、護さんは息を深く吐いた。
その目に若干の好奇心と恐怖心を滲ませながら、僕に聞く。
「お前を始めてみたとき、お前は、お前の手は血にまみれてたよな。
武器も持ってなかったお前の手が、生半可な武器じゃ傷さえ付かない『非人類』の肌の、その下に流れる血に。
なぜだ?」
…やっぱりそれか。まあ、そらそうだよな。当たり前だ。
この人たちが知りたがっているのはつまり、つい一カ月前にできた、僕唯一のトラウマについてだ。