恐怖再び
ここはいつもの寝室。寝室エリアの一番奥で、一番広く景色の良い部屋である。その他にも部屋は4つあるが、エルディアとセイラがたまに使うくらいで、2部屋も余っている。
それでも羚がくれば、一部屋埋まるので実質はほとんど使う事にはなるだろう。そんな寝室エリアの一番奥の部屋にいるのは勿論、燐とキャロルである。
「今日はちょっと疲れたな~」
「私は平気だよぉー?」
「あはは。キャロルはいつだって元気だな」
今日は元気だが、キャロルは元気か疲れて寝てしまうかの両極端なので、今日は元気な日のようである。目が冴えてるキャロルだが燐がベッドに腰掛けると、隣に座ったかと思うと両手を伸ばし背中から倒れこんだ。
ふかふかのベッドが軽く軋み、キャロルの体を優しく包み込むと、シーツが少し舞い上がった。
「そういえば、この家が出来てすぐにキャロルおばけがでたっけな。あれは……怖かったな」
「もう、お兄ちゃん!!いじわるだよ!!」
「え?俺なんか言ったっけ?」
「えぇいっ!!」
キャロルが手に持っていた枕を燐の顔目掛けて投げつける。最近は特に肉体強化の扱いが上手くなっており、ギリギリを狙った高威力な攻撃をしかけてくるようになった。
そんな剛速球を燐は片手で簡単に取ると、そのままキャロルに投げ返す。勿論威力は調整してあるが、それが仇となったようだ。
先程の不意打ちを取られたキャロルは悔しかったのか、枕を両手に持ち先程よりも力を込めた剛速球を燐目掛けて投げつけた。
「ちょっ!?さすがにこの距離じゃむ……ぐはっ!?」
燐とキャロルの距離は3m程なので、形状や材質を無視して繰り出せれる剛速球と化した枕を燐は、避ける事も受け止める事も出来ず直撃をもらう。
燐も肉体強化をしているが、相手が羚だった場合を考えるとちょっとしたホラーである。キャロルとの枕投げは命をかける必要がある遊びらしい。
そんな枕投げを燐とキャロルは飽きるまでやり、若干汗ばんではいたが疲れベッドに入ることにした。
「ふぅ……疲れた」
「また今度しようね。次はセイラお姉ちゃんやエルディアお姉ちゃんも一緒に!!」
「あはは。そうだなー」
目を閉じ仰向けになった燐は笑いながらそう答える。その隣にはキャロルが燐の事を見つめていた。2人は肩で息をしていたが、それはすぐに呼吸が整い始める。
そして燐はキャロルを見ると、軽く頭を撫でてやり、約束していた通り話をし始めた。
「実は俺、この世界じゃない……別の世界から来たんだ」
「別の世界?」
「そう。俺はこことは違う魔法もないし、妖精やエルフやキャロルみたいな子もいない人間だけの世界から来たんだ。あいつも……羚も俺と同じ世界からやってきた」
燐が語りだすとキャロルは静かに話を聞き始める。話をいろいろと聞いてキャロルは、こことは違う世界なんて本当にあるのだろうかっと考えていた。
馬車よりも早く走る車に、空を飛び交う巨大な乗り物、見上げるほどの巨大な建造物が建ち並ぶ風景。そんなものは御伽話の中だけに存在する世界である。いや、御伽話なんかより凄い世界だと感じていた。
そんな進んだ技術を持っていても、貧困は無くならないし戦争も何度も起こっている事もちゃんと伝える。それを聞きキャロルが何を思ったのかはわからない。けれど燐は一緒に未来を紡いでいく仲間・家族として、綺麗な部分だけを伝える事はしなかった。
そんな燐の選択肢がいい方向へと進めばいいが、考え答えを出すのはキャロルなのだ。もしも、未来がたくさんの人達の血で埋め尽くされ、凄惨なものしか生み出さないとキャロルがいうのならばそれもまた一つの未来なのだろう。
「これが俺の世界だ。いろいろ言ってしまったけど、それを聞いてキャロルがどう思ったかはわからない。でも一つだけ安心して欲しいことがあるんだ。俺だけは最後までキャロルの味方だって事を」
「知っているよ。私だってずっと見てきた。お兄ちゃんが、みんなの為にいろいろして来た事を。私は何度だって言うよ。お兄ちゃんは、いっぱい大切な物をくれたんだって」
その後、キャロルと燐は手を繋いだまま眠りに付いた。そして、時は経ちゆっくりと朝日が昇り始める。
燐が窓から差し込む日の光に目を照らされ、その眩しさから顔を背けると、ゆっくりと目を開いた。変わらない部屋に変わらない木の香り、何ひとつ記憶と違わない自分達の家である。
そして、寝返りをうちキャロルを探すが見当たらなかった。燐は寝惚け眼で部屋中を見渡したが、姿はない。どうやら先に起きてどこかに行っているようだ。
しょうがないと言った感じで、覚醒しきっていない頭を無理矢理起こし、千鳥足で扉に手をかけた。扉を開き楕円状の寝室エリアに出ると、かすかにパンの焼ける匂いがする。
「パンを……焼いてくれてるのか?」
燐は嬉しそうに、キッチンへと向かうと甘い香りが強くなり、キャロルの鼻歌も聞こえだした。集中しているのか、かまどの前でじっと焼き上がりを待っているキャロルは燐の存在に気付いていない。
後ろからそっと声をかけると、耳をピンと立てたキャロルはバランスを崩し、両手を床についてしまった。
「……お、おはよう。お兄ちゃん、ビックリさせないでよ~」
「おはよう。ビックリさせるつもりはなかったんだけど……。それで、パンを焼いてくれてるのかな?」
「うん!!今回のは自信作だよ!!」
「へ~。それは楽しみだな」
燐は椅子に座り、真剣な目つきでパンを焼くキャロルの姿を見つめた。パンの焼けるいい匂いにまじって、果物独特の甘い香りもしている。
とても香ばしい匂いに、燐も焼きあがるのを楽しみにしていた。キャロルも自信作だと言っていたので、期待してもいいだろう。
そんな燐の気持ちとは裏腹に何か引っかかりを覚える。何か忘れているような気がして落ち着かないのだ。そんな燐んお心配をよそにパンが焼きあがったみたいである。
「できたぁぁぁ!!!」
「おっ?う~ん、いい匂いだ」
「えへへー。じゃぁーん!!!!!」
「これは……」
キャロルが焼き立てのパンをバスケットに詰め、燐の目の前に突き出す。そう忘れていた事は、キャロルの作るパン……それは燐パンだ。
燐の顔を模したパンの中にたっぷりのジャムを入れて焼き上げた一品。味は申し分ないし、焼くたびにそのおいしさを増していっていた。
あまりにも久しぶりの事に、燐は完全に存在を忘れていたのだ。忘れていたというか、記憶の片隅に封印しているのである。
そして、その封印は解かれ燐のトラウマが蘇っていく。たっぷりと詰まった燐パンは相当優しく扱わないとジャムが溢れてくる。
普通のジャムパンならばそれでいいだろう。しかし燐パンとなれば話は別だ。目や鼻・口といった開口部からジャムがあふれだす様はまるでソンビ映画そのものである。そして見栄えもどんどん精度を増していた。
「自信作です!!」
「お、おぉー。旨そうだ……焼き立てをいただこうかな~~……」
歯切れが悪い燐にキャロルがバスケットをさらに突き出す。出来立てであつあつでおいしそうではある。おいしそうであるが、燐の手は宙を彷徨い続けていた。
そんな燐の行動に痺れを切らし、キャロルが燐パンを掴み手渡してくる。そこまでされれば受け取らないわけにはいかないので、燐は素直に受け取った。
受け取ったはいいが、すでにキャロルに掴まれ燐の顔の形をしたパンからは、ジャムが溢れてきている。そのパンの形を燐は鮮明に焼付けながら、かぶりついた。
「うん、すごくおいしい。ふわふわでもっちりしてて……最高に美味しいです……」
「やったぁぁぁぁ!!えへへー、これから毎日作ってあげるね!!」
「いやいや、俺も作るよ!!パンばっかりもあれだし、ねっ?ねっ?」
「う~ん……。わかった!!」
なんとか約束を取り付け、燐とキャロルは一緒に朝御飯を食べはじめた。キャロルの顔の形をしたものは、キャロルが食べているが、本人はなんとも思わないのだろうかと燐は思う。
そんな事を考えながら、燐は燐パンとの戦いを再開した。
いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字報告ありがとうございます。
おはようございます。
一週間がまた終わろうとしています。
休みだというのに、今年は出張が多い気がします。
日曜の朝に出て、また月曜の深夜に帰宅と言う……休みってなんだろう(笑)
私も異世界に漂流しちゃわないですかねー。
それでは次回更新でまたお会いしましょう。




