ひきこもり
「ああぁぁぁ……。だるい」
開口一番やる気の全く感じられない声を出しているのは燐以外の何者でもない。ベッドに横たわり怪しいキノコでも生えそうな燐の雰囲気を作り出しているのは連日長時間やっている魔法の練習のせいだった。
どうやら魔力という未知のエネルギーは肉体的疲労よりも精神的疲労があるらしく、肉体的疲労を感じる頃にはその数倍の精神的疲労がたまってしまう。
しかし燐もまだ若い。そのせいか体を動かし風呂で疲れを癒すという行動を繰り返した事と、魔法への関心が尽きなかった為に精神的疲労が燐の回復量を遥かに上回ったのだ。
自己回復量をオーバーしてしまった体には精神的疲労が肉体面に表れ始め、酷い倦怠感と凄まじい睡魔が燐を襲い続ける。睡魔自体は長時間の睡眠もとい2度寝でましにはなったものの、倦怠感は以前として続いていた。
「だめだ……魔法の練習したいのに全然やる気がしね~……。痛みはないからいいけど、さすがにこのままじゃまずいよな……」
特に昨日は魔法の使い方を効率化する為に限界まで追求していたら疲れてもいないのに体から力が抜けてしまい立っているのが精一杯の状態になってしまったのだ。
理由が気になり燐は魔力と魔法の関係について詳しく調べてみると、便利なだけの力ではなかった。勝手に持ち出した本には魔力とは生命力の塊で使い過ぎれば動けなくなり数日寝込む事も珍しくない。それに滅多な事ではリミッターが効いてしまうが魔力枯渇による死だってありえる。
「生きてるし問題ないとは思うし……とりあえず今日は部屋から……一歩もでないぞ」
2度寝から目覚めてひきこもり宣言をきめこみ、燐はとりあえずベッドの上でストレッチを始めた。そこまで終えると燐は気だるそうに宝物庫から拝借した本を取り出す。
よくよく考えれば最強の盗人スキル以外の何物でもない。燐が取り出した本は魔法に関する物とこの世界の伝説についての本だ。
内容を簡単に説明すると、この世界に起きた神話や伝説を元に書かれた書物で勇者やお姫様、果てはドラゴンまで出てくる物凄く王道な話がほとんどだった。
ただ違うことがあるとすれば、年齢制限が必要だと思う挿絵が入っている事だろうか。子供がみたら泣き出しそうな血みどろな描写が普通にある。
燐が年齢宣言付きの物語をだらだらと読んでいると部屋の外から声が聞こえてきた。どうやらリアがおせっかいを焼きにきてくれたらしい。
燐が窓の外に目をやると日は高くなっており、本を読んでいるうちに昼近くになっていたみたいだ。とりあえず燐は部屋の中にリアを招き入れると食べ物でも持ってきてくれたのかいい匂いが漂ってくる。
「燐様。お茶とお菓子を持ってまいりました」
「ありがとう。気を使わせちゃったね」
「お心遣いありがとうございます燐様。でも私が好きでやってることなので。それでは私はこれで」
「ちょっと待って。よかったらさ……一緒にお茶しない?」
一昔前のナンパのような誘い方をした燐にリアは「それでは少しだけ」と言ってカップを取りにいった。燐は待っている間、甘い香りを放つクッキーが我慢出来ずに一つ口に放り投げる。
シンプルな味だけど焼きたてらしく香ばしさとサクサク感がたまらない。最高の調味料は出来立てを頂くことだと燐は思った。燐が味への評価を心の中でしているとリアが小走りで戻ってくる。
「お待たせいたしました」
「おかえり」
戻ってくるとすぐにリアは燐のカップにお茶を注ぎ始めた。何の花かはわからないが良いにおいが部屋中に広がり、リア曰くリラックス効果があるらしい。
リアがそれぞれのカップにお茶を注ぎ終わると、そっといくつかの小瓶を置き蓋をあける。中には赤色のジャムが入っていた。お茶にいれてもいいしクッキーにつけてもいい。一見同じ物が置かれている様に見えるが片側は酸味が強くもうひとつの方は甘いジャムという具合だ。
「最近燐様は魔法の練習をしているみたいですね。中からでも見えてましたよ」
「あはは、見られてたんだ。ちょっと恥ずかしいな」
「恥ずかしいですか? 私はすごいと思います!! だってあんなにたくさんの魔法を数日で覚えてしまうなんて。私はあまりたくさんの魔法が使えませんので少しうらやましいです」
尊敬の眼差しを向けるリアに燐は落ち着かない様子で頬をかき照れくさそうにしている。思い返せば燐はリアとは落ち着いて話をする機会が少なかったので、お茶とクッキーに舌鼓を打ちつつこれまでの事を話した。
リアには燐が異世界人である事は教えていなかったが、わざわざ言う事でもないので散策先であった出来事の話をする。魔法に関しても掻い摘んで話し、現在進行形で本を読んで勉強してる事なんかを話した。
「燐様は勉強熱心なんですね。尊敬します」
「いやいやそんな大層なことじゃないよ。実はこれまで魔法って使ったことがなくて、使えるとわかったら楽しくて夢中になってるだけなんですよ」
「今まで魔法を使った事がない? 今は使えるという事は魔力がないというわけではないんですよね?」
「いや、まぁ使う機会がなかったから……かな? 今は時間に余裕が出来たので」
燐は隠す必要もないのに適当な嘘が口からでてしまう。燐の不審な言い回しにも、リアは笑ってくれたので問題はないとは思える。
それからも話は盛り上がり、2人は少しといいつつ何時間も話に花を咲かせていた。ふと燐は仕事中なのに長い時間引き止めてしまって事を気にし始めリアに大丈夫なのかどうかを聞いてみる。
するとリアは燐専属でのお世話係を申し付かっていると言う事なので、他にする事といえば雑用が少しある程度だという事だった。
リアは気を使ってくれたと感じ「そうですね。私もそろそろ……」と言いかけたのだが、燐が時間的に問題ないのなら話し相手になって欲しいというのでリアは喜んでその申し出を受けた。
話の途中ふと燐は思い出してしまう。この世界に来た時、元々着ていた服はどうしたのだろうと思い尋ねてみると。
「それでしたら、そこにある収納箱に入れてありますよ」
「え?まじで?……本当だ。入ってる」
リアの返事を聞き燐が重い体を動かし収納箱を開けてみると確かに綺麗にたたまれた状態で入っていた。それを見て燐はこの部屋に何日もいて気づかなかった自分の鈍感さにビックリする。
そんな発見を交えながら燐とリアは日が沈むまでいろいろな話をして盛り上がった。盛り上がりはしたが流石にこれ以上引き止めておくのも悪いので解散となる。
リアが部屋を出て行くときに夕食について聞いてきたが、燐のお腹はお茶とお菓子で満たされているので無しにしてもらった。リアが笑顔で了承し部屋から出て行くと軽く伸びをし、イスの背もたれに体重を預ける。
不思議な事に倦怠感が薄れ燐は手をにぎにぎと開いたり閉じたりしていた。別に力が入らなかったわけではないのだが何となくこういう行動をとってしまう心理は少し面白いと感じながら燐は脇に置きっぱなしにしていた本を手に取る。
「そういえば本は全然読めなかったな」
誰もいない部屋に燐はポツリと呟く。燐はそっと本を宝物庫に収納すると体の具合を再度確認する。ぐいぐいと手足を伸ばし肉体的は一切問題なかった。
あとは精神面だがこの調子ならもう一眠りしたら回復するだろう。燐はリアとの楽しかったお茶会を思い出し静かに呟く。
「またあのおいしいお茶が飲みたいな」
あっという間に過ぎた楽しい時間を思い出しながら燐は天上を見上げながら笑った。心配でしょうがなかった日々は既に過去のものとなり、今では楽しくしている自分自身が何だかおかしくてしょうがない。
「そうだ。明日はあっちの図書館にでも行ってみようかな」
夜が更けていく。燐は本当に部屋から一歩も出ずに1日を終えてしまうのであった。
いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字報告ありがとうございます。
今回はまったりな回で進展はほぼゼロでした。
進展が遅いぞーってもうそろそろつっこまれそうですね(笑)
ご意見もありがとうございます。
各キャラのプロフィールが欲しいという方がいましたが、そのうち作ります。ええそのうち!!
これからもゆっくりまったり更新していきますんで宜しくお願いします。
それでは次回更新でまたお会いしましょう。
※改稿致しました。