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袋小路の迷路

 マルタは表情を変えること無く、ディランの無様な姿を見ていた。既にマルタの中ではディランという存在は家名を陥れるだけの害虫でしかない。それに加え、流通所持を規制してある忘却草まで使ってしまった事は予想外だったらしく、これからの事を考えていた。


 マルタは初め、どうやって奴隷商を続けようかと考えていたのだが、それどころではなくなっている。忘却草を使用した事が知れ渡れば、マルタの野望である大国入りが遠のいてしまうからだ。


 今の地位を失えば、いくらマルタであっても年齢が年齢だけに一生を費やしても達成できない可能性は高い。だからこそマルタは、散財しようが無理な条件も無条件で受けたのだ。


 しかしディランのせいでマルタの運命の歯車は狂い始め、悪い未来へと回り始めている。


「オルディネ……あのクズの首をねよ」

「……承知しました」


 マルタが小声でオルディネにディランのを処刑するように命じた。これ以上余計な事をしゃべられては困るので、マルタは躊躇無く息子の処刑を遂行しようとする。


 そんな事とは知らず、燐とカナタがディランと対峙している時、影が3人の間を交差した。燐とカナタはその異変に感づき身構えるが、本当に気付き身構えるべきはディランなのである。


 無防備なディランの背後に一瞬で回り込んだオルディネは、美しい装飾が施された剣を一気に引き抜き、そのまま振り下ろした。


 その凄まじい速度の剣筋でディランの体は斜めに切断され、流れるような連撃で首を刎ねる。あまりに無駄のない剣さばきに体が起こった事を直ぐには知覚出来ず、ゆっくりと斬られた体が形を崩していく。


「貴様……何を!?」

「私はあなたの騎士ではなく、現当主マルタ様の騎士ですから……」

「ぐふっ……くそ……が……」


 ディランはゆっくりと崩れ行く自身の体ごしにオルディネと、命令を下したマルタを呪いながら短い人生を終えた。もうどうやっても助かる事のないディランをマルタは一瞥すると、燐に視線を戻した。


「お見苦しい所を見せてしまったが、こちらで処理させていただいたよ。これ以上我が家の家名を汚されては困るのでね」

「証拠隠滅の為に殺したんだろう?」

「はて?何のことかな?」


 マルタは燐に殺した理由がばれるであろう事をわかった上で強硬手段に出たようで、全く動じる素振りは見せなかった。マルタは目の前のディランを一瞬ゴミでも見るような目で見ると、すぐに燐の方へと向き直り作り笑顔を浮かべる。


 その人間味を感じさせない笑顔のまま燐とカナタに軽く頭を下げ、オルディネに後始末を任せると、部屋を出ようと勧めてきた。


 恐らくは、残ったオルディネに全ての証拠を抹消してもらう算段なのだろう。燐達もその事に感づきはしたが、忘却草の事を追求しようとすれば必ずどこかの大国が絡んでくると考え、ユグドラシルの事もある以上、何もしないという選択をするしかなかった。


 一応ではあるが進展があり、話もまとまり始めた頃、燐はズボンに違和感を感じる。いつの間にか、多少顔色が良くなったキャロルが燐のズボンを引っ張り、上目遣いで見つめていたからだ。


「あの、えっと……さっきはごめんなさい」

「俺は大丈夫だよ。キャロルの方こそ、もう大丈夫?」

「キャロルって、私の名前?」

「……」


 燐は名前まで忘れている事に心が締め付けられる思いがしたが、顔には出さず笑顔でキャロルの頭を撫でてやる。


「そうだよ? 君の名前はキャロル。で、俺の名前は燐。八神燐っていうんだ」

「やがみ……りん? 私はキャロル?」


 燐がキャロルに自己紹介をすると、それに続くようにカナタも簡単に自己紹介をした。それにキャロルが軽く笑みを浮かべてくれたが、2人はそんな笑顔を見て複雑な気分になる。


 記憶が無くて不安で不安でしょうがないはずなのに、変わらない笑顔を向けてくれるキャロルに燐とカナタの心が激しく締め付けられたからだ。


 それでも元気な姿を見せてくれたキャロルの為に燐は精一杯、自分の出来る事をしようと思っていた。カナタもきっと同じ気持ちなのだろう……キャロルに近づくと、ゆっくりと体を引き寄せ抱いてやる。


 今度はキャロルも拒む事はせず、カナタの腕に抱かれながら目を閉じると、安心したようにそのまま眠りについてしまった。


「もうそろそろいいかな?」

「あぁ、すまなかった。あんたにとっては面白くもなんともない茶番に見えてたんじゃないか?」

「私がそんな人間に見えるかね? ディランは君達に酷い事をしてしまったかもしれないが、私は私だ。ちゃんと、人を愛しむ心を持っているつもりだよ?」


 マルタの言葉はどれもこれも燐を不愉快にさせるものばかりである。だからと言って、ここで食ってかかっても意味がないので、燐は何も言わずキャロルを抱き階段を上がっていった。


 その後をマルタとオルディネがついていき、その後ろにカナタと護衛の4人といった順番である。燐は一歩一歩と先を進み、少し前まで息をしていた頭より下を埋められた少女の亡骸を確認すると、心の中で冥福を祈る。


 そして数十分の後、地下牢から燐が外に出ると廃墟寸前の屋敷の周りには数十名の兵士の姿が集まってきていた。それでも最初の決め事通り、近づいてくる者は誰一人いない。


 全員が地下牢から出ると、燐はカナタに現場の指揮をまかせ一旦ユグドラシルへキャロルを運んでいった。ゆっくりと燐の姿が遠のき、ユグドラシルの中へと消えていくとカナタはマルタを見つめる。


「マルタ、私はアリアの事もキャロルの事も知っている。勿論、あんたが過去にした事を全部じゃないけど、燐から聞かされた」

「ほぉ~、それで? 私が許せないから、殺しますか? そんな事をすれば、あなた達の国は戦火に見舞われますよ?」

「私もそこまで馬鹿じゃないよ。私達の大将は燐だからね。あいつが何もしないというのであれば、私から動く事はしないよ」


 マルタはカナタの言葉を聞き、正直何を言いたいのかと思っていた。憎むでもなく、殺意を向けるでもなく何をするわけでもないカナタに、マルタはその真意を計りかねている。


 マルタは裏を読もうとしているが、カナタが聞きたいのは少しでも謝罪や後悔の念があるかという事だ。戦いに赴く前に燐はそっとカナタにこんなことを言っていた。


(恨みや憎しみは何も生まないと言いますが、どうしても許せない事はあると思います。それでも溢れ出す黒い感情に打ち勝ち、誰かを許せる心を少しでも持てるのならばゼルダン家の者との時間を作りましょう。その後カナタさんがどんな行動をとるかはおまかせします)


 カナタは燐の言葉を思い出し、今がその時だと感じている。オルディネや護衛の者もいるが、他にチャンスはないだろう。


「アリアは死んだ……。私は正直、あんたを許せない。長い間傷つけて、やっとあんた等から解放されて幸せな人生をおくっていたのに、またお前達はあの子達を傷つけた……。少しでもアリアの死に涙を流す事ができる?」


 マルタは答えない。嘘を並べる事は簡単だが、それでカナタが満足するとは思えなかったからだ。だからこそマルタは潔く悪意をぶちまけた。


「知っての通り、私は自分の為に誰かを殺め陥れ、破滅へと誘って来た。こんな世の中じゃ、大して珍しい事ではないのも貴様は知っているだろう? 妖精狩りにしてもそうだ!! 多くの国で妖精は非力な愛玩動物として奴隷として売買されている」

「あぁ、知っているとも。エルフだって、その毒牙に怯えていたんだからね」

「私だけじゃないのさ。それどころか私なんかより、もっと頭のイカれた連中も山ほどいる。妖精を大きなケースに閉じ込めて虫の標本みたいに飾ってあるんだ!! それに比べたら私なんて良心的な方だとおもうがな」


 マルタの言っている事は真実だ。だからと言ってマルタのやって来た事が人道的だと言うわけではない。誰も彼も、妖精やエルフは虐げられる弱い存在として根付いてしまっている事こそが問題ないのだ。


 中には友好的な町もあれば、ゴミのように扱われている所だってある。けど、友好的な場所であっても一定以上は踏み込んでこない。なぜならば、友好的な町や国は少数で小国である。


 何を理由に同じように虐げられるか分らない恐怖は計り知れない。だからこそ、誰もこの問題は暗黙の了解の元、深入りはしないのだ。


 そしてカナタもその事は知っている。だからこそ、マルタの反応を見て現実だと受け止める事こそが燐がカナタに伝えたかった事なのだ。その上でアリアやロンドの復讐をしたいなら止めないという意味をなのである。


「私はあんなを許す事はできない。けれど殺す気もない……。これは私の選んだ未来へと進む答えだから」

「未来へと進む答え?貴様は、この世の不条理に打ち勝つというのか? 何千年も続くこの時代の流れを!!」

「もう決めた事だから」

「ならば、やってみせるがいい!! 小さき力で何が出来るか、楽しみにしているよ!!」


 カナタの戦いは今やっと、終わりを迎えたのかもしれない。燐が教えてくれた、違う運命の通路。行き止まりだと思っていた袋小路の抜け道の先にあるのは。

いつも読んで下さり有難うございます。

感想・意見・誤字報告ありがとうございます。


皆様、日曜日ぶりです。

月曜日は研修で大阪へ行って参りました。

やっぱり、どこにいっても暑いですね(笑)


歩き回りくたくたで、帰宅したのは23時……

今日の更新もやめようかなぁーって思ったんですが、

いつ言ったか覚えてないつぶやきから感想を頂けると

うれしい限りです!!


それでは次回更新でまたお会いしましょう。

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