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儚い夢

 薄暗く冷たい石畳の部屋にキャロルはいた。ディランと何人かの者達がキャロルを連れ、かつてアリアとキャロルが過ごした牢獄にいる。


 キャロルがこの部屋で行われていた事を思い出し、なんとか逃げ出そうともぞもぞと体をくねらす。勿論そんな事で縄が解ける訳ないので、キャロルが逃げ出せる可能性はまずない。


 そんなキャロルをディランが楽しそうに目で追い、飽きたのか適当な誰かに命じるとキャロルの体を吊るし上げる。


「離せ!! やだっ!! 離してよ!!」

「大人しくしろ!! あんまり動くとその耳を切り落とすぞ!!」

「こらこら、大事な道具なんだ。使うにしても売るにしても、耳がないと価値がさがるだろうが」

「はっ。すいません、ディラン様!!」


 だからといってディランは丁重に扱う気もさらさら無い。ゆっくりと吊るし上げられたキャロルに向って、ディランはとある真実を伝えた。


 アリアと燐が既に死んでいる事、帰る居場所はないという事をだ。勿論キャロルはそれを否定して、必ず生きていると信じようとした。けれどディランはキャロルの目の前にある物を放り投げる。


 おびただしい量の血液が固まり赤黒く変色した騎士兵の使っていた剣。それは紛れもなくアリアを刺し殺した剣だった。嗅覚が鋭敏なキャロルはそれを見て、ディランの言っている事が真実であると分かり、その場で嘔吐した。


「ふはははは!! どうだ? これでわかっただろう? 貴様の帰る場所はないのだ!!」

「お母さんが……もう……いない? おにい……ちゃ……んも?」


 キャロルはディランの言葉をどうしても信じられなかった。そうじゃない、キャロルは信じたくなかったのだ。今は苦しくても頑張って耐え抜けば絶対に助けてくれる人達の事を。アリアや燐、メリスやセイラが笑って迎えてくれると信じていた。


 それなのに目の前に転がる剣からは、アリアのものであると鋭敏な嗅覚が嫌でも現実だと伝えてくる。それでも尚、キャロルは信じたくなかった。現実であっても今はそれが心の支えなのだから。


「違う……」

「あぁっ?」

「お母さんは絶対に生きている!! お兄ちゃんだって、お前なんかに負けるわけがない!!」

「なんだっ!! ふぅ……どうやら少々きつい仕置きが必要らしいな……。おい!! 鞭を持て!! そこにあるやつだ!!」


 ディランは控えている者に命じて、壁から1本の鞭を持ってこさせた。皮製の使い込まれたそれは、部屋の灯りに照らされキャロルの身を竦ませる。


 その鞭をディランが軽く振るうと、風切り音が冷たい部屋に響く。何度も虚空に向ってディランが素振りしていると、それをピタリと止め恐怖を煽るようにゆっくりとキャロルへと接近する。


 キャロルとディランとの距離が1m程になったところで、ディランが横薙ぎに鞭を振るった。キャロルの目の前を皮の鞭が通り過ぎると、ディランは楽しそうににやつく。


 キャロルは分かっていないが、先程の行為で自身の顔が恐怖に歪んでいたのだ。それを見たディランは本当に楽しそうにしている。


 本物の鞭という物は恐ろしい道具だ。その長さが長ければ長いほど威力を増し、簡単に身を裂いてしまう。石や木片を付ければそれだけで威力を増し、打たれた者はただでは済まない。


「さぁ小娘、覚悟はいいか? もう謝っても私は貴様を嬲る事はやめない。怖いか? 恐ろしいか? もうお前を助けてくれる者は誰もいない。独り寂しく一生を終えるのだ!!」

「うぅぅ……。絶対に……助けてくれっ……!?」

「まだ言うか!!」


 バシン!!


 キャロルの右腕に鋭い痛みが走り、驚きのあとキャロルが苦悶の表情を浮かべる。アリアが鞭で打たれている姿は見ていても、キャロル自身が鞭で打たれるのは始めての経験だった。


 その痛みに耐えゆっくりと引いていく痛みと熱を感じながら右腕を見ると、衣服が破けその隙間から腫れあがった肌の様子が窺える。


 しかし痛みが引き始めたとき、ディランが再度鞭をキャロルの右腕に振るう。先程とは比べ物にならない痛みが走り、体を跳ねさせる。


「あぁぁぁぁぁ!!?」

「どうだ痛いか? お前の存在価値なんて、その程度なんだよ!!」

「ぐっ……あぁぁぁ!! 痛いよ……助けてよ……。お母さん……お兄ちゃん……」


 その後もディランはキャロルが何を言っても気に入らなさそうに、鞭を振るった。最初は叫び声に喜んでいたディランも、キャロルの口からアリアと燐の事を示唆する言葉が消えないことに苛立ちを覚えて何度も執拗に右腕を責め立てる。


 キャロルの右腕には既に衣服と呼べる部分は残っておらず、露になったその腕は皮膚が削げ落ち、真っ赤に染まっていた。その右腕を真っ赤に染めあげているものは、キャロルの鮮血に他ならない。


 鞭によってキャロルの鮮血が飛びちりキャロルの顔や衣服、壁にまでその痕跡が残っていた。それでもキャロルの口から漏れる微かな言葉にディランは苛立ち、周りの者に荒々しく命令を出す。


 機嫌を損ねないようにと、急いでディランの命じたとおりキャロルの体を回転させ、背を向けさせた。すると落ちていた袖の破片をキャロルの口に押し込むように命じると、鞭打ちが再開された。


「おらぁ!!」

「うっ……!! うぅ……」

「うらぁ!!」

「ぐぅ!?」


 ディランはキャロルの背と尻を何度も何度も打ち付ける。今度は猿轡がされているせいで、キャロルが何を言おうとディランに届く事はない。


 それが気に入ったのかディランは何度も何度も飽きるまで、キャロルを責め立てる。すでに衣服は衣服としての機能を果たしておらず、綺麗だったキャロルの体は傷と鮮血で無残なものとなっていた。


 それでも尚ディランが鞭を振るう事を止めようとしないので、回りの者が小声で相談した後に進言をする。


「恐れながら、ディラン様。お楽しみ中の事とは理解しておりますが、もうそろそろ止めませぬと死んでしまいます」

「はぁ……はぁ……。そうだな、このまま続けたら間違いなく私はこの小娘を殺してしまうだろう。よい判断だ」

「それでも、ショック死してもおかしくない傷です。ここまで耐えたのは、この小娘の精神力や忍耐力の成せる技。回復魔法をかけたほうが宜しいのでは?」

「良い。この程度で死ぬようなら、私達が求めているものじゃない。死んでしまったら、それでかまわん」

「……わかりました」


 ディランは鞭を乱暴に放り投げると、片付けを数人に命じ残りは共に牢獄を後にした。残された者は部屋中に飛び散った鮮血を水で洗い流し、先程の拷問で失禁したのであろうキャロルに下に溜まった汚物も一緒に洗い流す。


 当のキャロルは意識を何とか保っている状態で、意識を失っても痛みで直ぐに覚醒してしまっている。そんなキャロルを横目で見ていた片付け命じられた人達でも、流石にやりすぎだと感じており命令違反だと理解しつつ感覚麻痺の魔法を施した。


 勿論そんな魔法は焼け石に水どころか、効果がない可能性だってある。それでも、今彼らにやれる事はこの程度の事なのだ。治療を施せば間違いなくディランに感づかれ、すぐに残った人達がやったとわかり処刑されるかもしれない。


 片付けが終わり、キャロルの顔を一瞬だけ見た彼等は部屋を後にし、そっと扉を閉じた。残されたキャロルは未だ虚ろな目をしており、痛みと苦しみと悲しさだけが心を支配している。


 誰もいなくなって何時間経っただろうか。痛みは一向に引かないし、何度も嘔吐を繰り返している。キャロルは吊るし上げられたまま、満足に身動きする事も出来ずにいた。


 そんなキャロルの耳に何かが聞こえ始める。物音、雑音、何かわからないがキャロルの耳に音が聞こえ始めた。幻聴などではない。その音は声となりキャロルの元へと届いた。


『キャロ、何をしているの? さぁ、お母さんと一緒に帰りましょう?』

「お母さん? 迎えに……来てくれたの?」

『キャロル、俺もいるぞ? 今日は何が食べたい? から揚げか? それともパンケーキが良いか?』

「お兄ちゃん……うん、なんでもいいよ。お兄ちゃんの……ごはんなら何でも食べたい」

『嬉しいね。それじゃぁ今日はご馳走だ!! 好きなものを何でも作っちゃうぞ!!』


 キャロルの目には涙が浮かび、目の前には手を伸ばしてくれるアリアと燐の姿がはっきりと見えていた。キャロルのすぐ傍に、手を伸ばせば届くところに大好きな人がいる。


 ディランの言っていた事は全て嘘だった。アリアも燐も死んでなんかいない。そう思うと、虚ろだったキャロルの目には弱々しいけれど光が戻ってきていた。


 力なんて入らないし、体中は血だらけで激痛は続いている。それでもキャロルにとって、そんなものは些細な事だった。


 辛くても苦しくても皆がいてくれる日常。そんな当たり前の毎日がキャロルにとっては大切な宝物。キャロルはそんな日常を、大切な宝物を取り戻るため力を振り絞り腕を伸ばそうとした。


 するとアリアと燐の姿は消えてなくなり、先程と同じ冷たい牢獄だけがキャロルの目に映る。


「お母さん……お兄ちゃん……うぅ……」


 キャロルの声がただただ、誰もいない牢獄に響き消えていった。

いつも読んで下さり有難うございます。

感想・意見・誤字報告ありがとうございます。


おはようございます。こんにちは。こんばんは。

3連休最終日ですね。

私も用事を作って、出かけてみたはいいのですが、

すごく暑かったです……。

正直、最終日は家でまったりアイスでも

食べておけば良かったかなと思っています(笑)

きっと皆さんは私なんかより上手に休日を過ごしたと思いますので

また明日から頑張りましょう!!


それでは次回更新でまたお会いしましょう。

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