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散策という名の「グルメツアー」

 儀式をしてもらってから3日が過ぎようとしていた。その間燐は予定していた通り辺りを散策し、いろいろと所へ行き交流も深めていく。なぜあれほど喜んでいたのに魔法について知ろうとしないかと言えば、加護を与えられてから体に馴染むまでに数日間必要だと言われたからだ。


 しかし数日なんて時間は燐にとって我慢するほどの時間ではないのだから。見たこともない風景や様々な人々と触れ合っているだけで時間はあっという間に過ぎていく。


 最初こそ儀式を終えてすぐには何も出来ないことを告げられた燐は融通が利かないと思ってしまい「生まれてすぐの子供が魔法を使う必要はないですからね」とメリスに心を完全に読まれクスクスと笑われてしまったのだ。


 メリスの言い回しに納得はするものの、燐自身は大人なので少しくらい融通してくれてもいいのにと考えてしまう。


 それでも出来ない事は仕方がないので、燐は計画していた通りこの国を見て回ることにしたというわけだ。メリスに地図をもらい気になるところを空き放題に歩き回っているのが今の現状である。


「それにしても、これだけ自然だらけだと空気も澄んでいるし生水もそのまま飲めるし本当にいい所だよな」


 喉が渇けば水はあるしお腹が空けば果実もどこかに実っているし迷っても行き倒れになる事はないだろう。出来ればピクニック気分で散策をしたいのだが、この世界には弁当という概念が存在しないようで残念ながら燐の昼食は無しである。


 しかし空腹なんて忘れる程の美しい自然や建造物がどこまでも続いているおかげで、燐は楽しく散策が出来ていた。その風景は現代社会の様な技術の進化からくる整備された町並みとは一線を画す風景である。


 風景を楽しみながら散策を続ける燐の目の前に巨大な木の根が空へと上るように伸び、複数あるその木々達がそれぞれに絡み合い強固なものとしている不思議な場所にでた。近づくと根元らしき部分は直径10m近くありそれを加工して道としているようである。


 自然を生かした道を上へ上へと歩いていくとランタンの様な形の家がたくさん建ち並んでいる場所にでた。住居なのだろうが人気はない様子だったので、燐はさらに奥へと歩いていく。


 途中なんとなく下を覗きこんだ燐の視界にエメラルド色をした美しい大小さまざなな池が見て取れた。中が透けて見えるほどの水面の奥には魚らしき生き物が泳いでいる。


「どうしよう……めちゃめちゃ楽しい!! この奥にはなにがあるんだ!!」


 楽しくなってきた燐は更に奥へと進んでいく。すると一際大きな建物が遠目に見え、気の根のアーチをくぐり階段を上りたどり着いたそこには、4階建て位の一見宿のようにも見える建物が建っていた。


 いくつもの道がある中、燐がこの道を選んで進んできたかというと理由は明解なものである。それは食欲をそそる良い匂いがあの建物から今もなお漂ってくるからだ。


 燐の目の前に見えている場所が食事処だったとしても、こちらの世界の貨幣を持ってないので食事を取ることは出来ないのだが。


「そこのお兄さん」

「!!」


 燐はふいに後ろから声をかけられので、背中がびくりと震える。振り返ってみると、そこには燐より少し小柄な女性が立っていた。どうやらこの子も妖精のようで、背中から緑がかった羽が生えていた。


「こんな所でなにしてるのぉ? 冷やかしかなぁ?」

「いやっ、あのっ……ここからいい匂いがしたもので」


 燐はそう答えると、その女性はクスクスと笑い中に入るようにと案内される。中に入ると左手に階段が見え、その横にはカウンターがあり各所にテーブルとイスが配置されていた。


「で、何か食べる?」

「お腹は空いてるんだけど、お金とか持ってなくて」

「お金? いいよいいよ。何か食べさせてあげるから、カウンターにでも座りなよ」


 なすがままとはこういう事をいうのだろう。燐をカタンターに座らせると先ほどの女性は奥へと消えてしまう。燐はただ待っているのも落ち着かず周りをきょろきょろとしていると、ズドンっという音がしそうな巨大なパイがカウンターに置かれ、先ほどの女性がいつの間にかカウンターの向かいに立っていた。


「これは?」

「キノコとか魚とか、まぁそんなものが入ってるパイだよ。新作メニューを考えてたらいろいろ作りすぎちゃってさ。食べてみてよ」

「……いただきます」


 燐は傍にあったナイフとフォークを使い一口食べてみる。食べてみた率直な感想は、めちゃくちゃ辛いと言う事だった。


 パイを食べた燐の顔はあっというまに赤くなり、水を探す手が空を切る。燐はカウンターの奥から持ってきてくれた水を一気に飲み干し一息つく。


「すごく……ゴホっ……辛いですね」

「私もあんまり得意じゃないんだけど、お客さんに辛い物好きも多くてさ。それに同じものばかり作っていてもつまらないだろう?それにほら、また食べたくならないかい?」


 確かに辛味が引くともう一口食べたくなるパイである。燐はもう一口食べてみると同じ様に激しい辛味が襲ってきたが、先程までのインパクトはなかった。むしろもっと食べたいと体が求めてくる感じだ。


 一口、また一口と食べ続けていると絶対一人では無理だと思って巨大なパイを予想に反し燐は平らげてしまう。さすがに1個丸々食べてしまったのだからお腹は満たされ燐は満足顔だ。


 そんな燐の目の前にコンっと軽い音を立てて木の器が差し出される。


「これ、店の人気メニューの一つなんだけど飲んでみてよ」


 燐は言われるがままに緑がかったクリーム色をした何かを冷ましながら、一口飲んでみた。飲んでみるまでは何か分からなかったが、それは濃厚で野菜がたっぷり溶け込んだクラムチャウダーだったのだ。


 燐だってクラムチャウダーを知らないわけではないし、飲んだ事だって何度もある。しかし燐が今まで口にしてきた物とは雲泥の差と言っていい程の完成度だった。


「めちゃくちゃ美味しいです!!」

「ふふ、それはよかった」


 燐はこれを飲むまでは、レストランでわざわざ飲まなくてもインスタントの物で充分だと思っていた考えを一瞬で覆された。それくらい衝撃的な出会いに燐は感動さえ覚える。


 異世界メシはまずいという概念を持っていた燐としては散策目的以外にも食文化に触れるのがより一層楽しみになった。むしろ率先して食べ歩きをしようと計画を練り始める。


「ごちそうさまです。すごくおいしかったです!!」

「残さず食べてくれるとは思ってなかったからこっちとしても助かったよ」

「お昼食べて無かったのでたまたまですよ」


 ご馳走してもらったお礼に少しでも何か……掃除でもさせてもらいたかったのだが「今度はちゃんとお客として来てくれたらいいよ」とやんわり断られた。


「お金を持っていないので次いつ来れるかわからないですけど、絶対またきますね!!」

「うん、待ってるよ。大食らいのお兄さん♪」


 燐はお礼を言い照れ笑いを浮かべながらお店を後にする。店を出てから燐はある事に気が付いた。折角ご馳走してくれたと言うのに名前を聞くどころか、自分の名前すら名乗っていない事に今更ながら気付いてしまう。


 ただそれも店に行く口実になると思い、燐は地図を片手に来た道を戻りながら次に向かうべく場所を決め歩き始めた。


 メリスに貰った地図をみた感じ、ここから20分ほど歩く事になるが広い場所があるみいだ。まだ字は読めないので、描かれている絵と地名を頼りに燐は目的地を目指した。


「次はどんな所かなぁー。楽しみだなぁー」


 歩き続け目的地までもう少しと言うところで水の匂いと、激しいゴゴゴっという音が聞こえてくる。燐は滝でもあるのだろうかと辺りを見渡したが、ここからではそれらしき場所は見当たらない。


 更に歩き続け目的地に近づくにつれ、その音はだんだん大きくなり地響きでもしているのかと思うほどである。轟音のなか見えてきたそれは、巨大なかずら橋のような物がかけられた場所だった。但し、その大きさは一目で凄まじいサイズの橋であることだけは見て取れる。


 その橋に近づいていくと、ドーナツ上の渓谷に何本もかけられた橋の1本だと言う事がわかった。そして渓谷の深さは間違いなく数百m級の断崖絶壁である。誤って落下でもしようものなら、ほぼ間違いなく命はないだろう。


 そんな深い渓谷の底に向かって合流してきた川の流れが滝となり見事な水柱を作り上げている。凄まじい轟音と大量の霧を発生させている秘境のような場所へと燐は足を踏み入れた。


 まず向かうのは橋を渡った向こう側に見える町のような所だ。橋は頑丈に組まれているし問題はないと信じ橋を渡り始める。橋を構成する蔓の隙間からは渓谷の底がよく見え、燐の体は恐怖のあまりぶるりと震えた。


「これは本当に落ちたりしたら死んじゃうよな……お願いだから落ちないでくれよ……」


 燐が恐怖の吊り橋を渡り始めて数分経ったがあまりの頑丈さに揺れさえしない。本当は揺れているのだろうが、燐はそんな事よりこんな巨大な吊り橋がつるの力だけで支えられている事の方が不思議でならなかった。


 理由はどうであれ頑丈である事を理解した燐は大型トラックが並んで走れるような巨大な吊り橋のど真ん中を堂々と進んでいく。長い長いと思っていた吊り橋も渡ってしまえば一瞬の出来事のようだ。


 そして漸く渡りきった場所は様々なお店や屋台なんかが立ち並ぶ、とても活気に溢れた場所だった。どうやらここは商業エリアのようで、どこにいたのかと思うくらいに多くの妖精が飛び回っていたり話に花を咲かせていたりしている。


 そんな賑やか場所をよく観察していると羽が生えていない人達がいて、耳が長いのが遠目からすぐにわかった。恐らくと言うか間違いなくエルフの彼らを見て燐は感動を覚える。


「すげぇ……」


 夢のような光景に燐は棒立ちになり、若干胡乱な者を見るような目で見られてしまう。不審者として見られている事に気付いた燐は一先ず町を見て回ることにした。


 屋台には見たこともないようなものが並び、芳しい匂いを放っている店もある。それを物欲しげに見ていると思われたのか燐は屋台のおじさんに声をかけられた。耳が長いことからおそらくエルフなのだろうが、ガタイが良すぎて長身のドワーフかと何かと勘違いしそうだ。


「よぉ、兄ちゃんは人間かい? 珍しいじゃねぇーか」

「はい。多分」

「なんだなんだ? 出来のいいゴーレムってことはねぇーだろ?」

「違います!」

「だよなだよな!! でもここに商人以外の人間が来るのは珍しくてな!!」


 大口を開けて「グゥワァハッハッハ」となんとも豪快な笑い声をあげる。ちょっとツバが飛んできて汚いが見た目ほど怖くはなさそうだ。


「と、ところでこれは何ですか?」

「なんだい兄ちゃん食べた事ないのかい? ほらよ。お近づきのシルシってやつだ」

「ありがとうございます」


 なんか食べてばかりな気がするが折角貰ったので燐は一口頬張る。こんがりと焼かれた乳白色の生地に包まれた山菜や何かの肉の味が口の中いっぱいに広がっていく。


 一見クレープのようだったけれど、正体はお好み焼きとタコスの中間の様な感じの食べ物だった。それに甘辛いソースがかかっていて結構いける。


「おいしいです」

「そうかいそうかい、それはよかった。もう1個どうだい?」

「もうお腹いっぱいなので大丈夫です。これは何という食べ物なんですか?」

「おぉ? これはなクルナンっていうんだ」


 説明によるとこの辺りに自生している穀物の1種でクリュの実と言う物を使っているらしい。それを乾燥させすり潰し水で溶いた物を焼き上げ、好きな具を巻いて食べるこの辺りではポピュラーなおやつだそうだ。


 おやつにしてはボリュームがあるが、これもあっという間に胃の中に収めた燐は満足顔である。店のおじさんも燐の食いっぷりに嬉しそうに笑っていた。


 まだまだ見て回りたかったのだが日が傾き始めたので探索はここらが潮時であろう。燐はクルナンをご馳走してくれたおじさんに礼を言いその場を離れた。


 帰り道の途中で燐はすっかりグルメツアーになってしまったと考えてしまう。勿論大満足の一日だったので問題は一切ない。


 そんないい気分で城まで帰った時には辺りは夕闇に包まれており、とりあえず燐は自室へと向かった。自室へ向かう途中リアとばったり会い夕食について聞かれたが、燐は外で済ませたことを伝える。


 それならばとリアは燐にお風呂を勧めるので汗と泥で汚れた姿を見てすぐに向かう事にした。リアに教えてもらった通り城の中を歩いていくと、温泉街独特のお湯の匂いがしてきたので燐は脱衣所へと入っていく。


 今までは探索が楽し過ぎて体を拭くだけで済ませていたのだが、温泉好きな燐としては楽しみでしょうがない。脱衣所で衣服をぱぱっと脱ぎ捨てると浴室へと入っていった。


 入ってすぐは湯気で視界が閉ざされるがすぐに慣れ儀式の時に使った風呂とはまた違った趣がある事に気付く。豪華さこそはないが木造作りの浴室には大小様々なお風呂があり、薬草風呂だと思われる湯船からは良い香りが漂ってくる。他にも檜風呂のような物や小さな滝がついている物など趣向を凝らした物ばかりだ。


 豊富な風呂の種類にも驚かされるが、それ以外にも目を引くものがそこにあった。なんと光り輝く桜の様な木があり照明の役割をしているのだ。神聖な雰囲気を出しながらもリラックスできる空間に仕上がっている。


 気づけば2時間以上も燐は風呂を堪能していた。更にその間誰も入って来なかったので貸切状態でまっとりと出来たわけだ。


 もうそろそろ上がろうと思い風呂から出てみるとタオルが準備されていて、タオルからも優しい香りがした。さすがにドライヤーはないので自然乾燥だが別段気にするほどの事ではない。


 燐が良い香りを放ちながら部屋に戻ると、一気に疲れがでたのか眠気が襲ってくる。燐はベッドに倒れ込むと今日も泥のように眠りにつくのだった。

いつも読んで下さり有難うございます。

感想・意見・誤字報告ありがとうございます。


それでは次回更新でまたお会いしましょう。


※改稿致しました。

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