妖精の女王
目覚めた場所を少し離れ、燐達は妖精の女王の下へと向かっていた。歩いてもそう遠くない場所だと聞いていた燐だったが、既に30分以上は歩いている。
けれども一向に目的地と思われる場所は見えてこないので『遠くない』という言葉に若干の差を感じていた。それでもここで行かないという選択肢は既にないので、ひたすら歩き続けている。
すると、ずっと変わり映えのしない風景にも変化が訪れた。森の中に突然木々で編まれた巨大なトンネルが現れたのだ。高さにして燐が3人肩車しても届かない程の大きさである。
そのトンネルの中へとゆっくり入っていくと、外見からではわからない美しさが広がっていた。
「おぉ~……」
入ってすぐに上を見上げた燐の口から感嘆の声が漏れる。そこには色とりどりな花が咲いており、果実らしき物も沢山実っていたからだ。そこへ太陽の光が当たる事によって、燐達に届く頃には柔らく温かな光となって辺りを照らしている。
降り注ぐ光はとても神秘的で、例えるならば自然のステンドグラスと言っても大袈裟ではない。その美しさに燐は無意識に歩を止めてしまう。
「ここは、すごく綺麗な所だね」
「……ここはね、月灯り通りっていうのよ」
放心気味に呟いた言葉だったが、意外にも返事が返ってくる。
「月灯り? こんなに美しい所なのに夜になるともっと綺麗だってこと?」
「ええ、勿論よ。木々の間から差し込む月灯りと、その隙間から見え隠れする煌く星の河が幻想的なのよ。私はどちらかといえば昼間の方が好きね」
どうやらお気に入りの場所のようで、燐からは表情は窺えないが少し嬉しそうである。
嬉しそうにしている彼女に燐は、今度案内してほしいと言ってみると「気が向いたらね」っと返してくれた。これまでの態度から、どうやら彼女は人嫌いみたいなので燐はゆっくりと仲良くなっていければ良いと思う。
そんな事を考えながら永遠に続くかと思われた木々のトンネルだったが、入ってから30分も歩くと出口らしきものが見えてくる。燐としてはこの美しい場所をもう少し見ていたかったのだが、今度ゆっくり散策しに来ようと心の中の散策一覧に留めておく。
ただその予定も、女王と謁見をして五体満足だったらの話なのだが。
トンネルを抜けるまで外の状況が分かり辛かったせいもあるが、だいぶ歩いていた気がしたので日もだいぶ傾いていると思っていた。そんな気持ちのまま月灯り通りを完全に抜けると、ずっと天井の役割をしてくれていた物が無くなり眩い光が燐の視界を真っ白に染める。
眩い光に慣れてきた燐はゆっくりと目を明けると、そこには住居らしき建造物が建ち並んでいた。家と自然が一体になったような風景を見ながら、燐は案内をしてくれている妖精達のあとをついていく。
奥へ奥へと進み度に、住居はどんどん増えいき村らしくなってくる。間違いなく妖精達の家だろうそれらは、それぞれに個性があって見てて飽きない作りをしていた。
普通の木造建築もあるが巨大なキノコの形をした家やひょうたん型をした家まであって、燐の職業柄どうやって作ったのか気になってしょうがない様子である。
中をくりぬいたのか、それともあれはキノコではないのか。ただあれらが植物なのだとしたらすごく大きなキノコだということは間違いない。
正確に言えば植物ではなく菌類とされているのだが、まだまだ謎の多い存在である。キノコの家をみながら燐は『異世界なのだからでかくてもいいじゃないか』と良く分からない結論に至り一人うんうんと頷いていた。
数多ある不思議な形の家の小窓から妖精の姿が見え隠れするが、出てきてはくれない。興味はあるようだがやはり何か訳があるのだろうと燐は考える。
どんどんと街中を歩いていくと少し開けた所に出た。そこには石造りの噴水らしき物があり掲示板らしき物も見える。何か書いてあるようだが燐は全く読めないでいた。
ここは集会場か憩いの場か何かのようで、テーブルやイスもいくつか設置されている。正直見て回るだけでもかなり楽しいと思える風景に燐の心は完全に落ち着き観光気分に浸っていた。
まるで童心に戻ったみたいにキラキラした目で周りを見ていた燐は、年甲斐もなくはしゃいでいる。だいぶ楽しんでいて今更なのだが本来の目的を忘れそうになっていた。
今から会いに行く女王とはどんな人なのかもまだわからないというのに安気なものである。だからこそ忘れていた事を急に思い出すと、女王への謁見の事で頭がいっぱいになり燐は想像を膨らませた。
イメージだと綺麗なドレスに身を包み、魔法のステッキ的な物を持っている美人さんだろうかと想像しあまりにも短絡的な思考に燐は一人恥ずかしくなり悶えてしまう。
勿論行ってみればわかることなのだが、ある程度心構えを固めておきたい所である。なにより燐にとっても一応この世界で初めてのお偉いさんなのだから失敗しないようにしたいところだ。
焼け石に水でも礼儀作法のいろはくらい知っておくべきだろうと考え、燐は現在進行中で案内をしてくれている妖精の彼女に尋ねてみることにした。
「な、なぁ……ちょっと聞きたいんだけど」
「?」
「女王と謁見する時なんだけどさ。俺はこの世界の常識とか礼儀作法とかそういうものを全く知らないわけで……だからどうすればいいか教えてくれないか?」
意を決して燐が心底心配そうな顔で質問するものの、質問を受けた彼女はそんなことかと言わんばかりの顔で答えてくれる。
「なるほど。言いたい事はわかりました。しかしまぁ……そのような心配はしなくても大丈夫です」
「いや、でもな。さすがに失礼があったら困るというか、身の安全も気になるというか」
「何を言っているのかは分かりませんが、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。そうですね……会えばわかります」
心配しなくても大丈夫だと言われても答えになってない答えに燐の不安は増していく。この世界に来たばかりなのに無礼を働いて殺されそうになったでは笑い話にもならないのだから。
(やっぱり無理言ってでも最低限の事ぐらい教えてもらうべきだろ?うん、そうしよう!!)
燐は心の中の燐による燐達の燐しかいない燐会議で満場一致の結論を出し、改めて聞いてみることにした。
「やっぱり、少しだ『あなた、名前はなんというのかしら?』」
「えっ!?あぁ……そうだな。俺の名前は八神燐って言う……言います!!」
「そう、燐さんって言うのね。それだけ言えれば問題ないわ。さぁ行きましょう」
「…………」
その後、何度か話しかけてみたが鬱陶しかったのか完全無視を貫き通されてしまう。燐も流石にここまで無視されると心が折れそうになるので、心がこれ以上傷つく前に話しかける事をやめた。
しかし燐は諦めたと見せかけて実は話しかけようとする努力を続けている。努力と言っても話のネタを探しているだけなのだが、そのせいで周りの変化に疎くなってしまっていた。なので目前に姿を現した巨大な木に気づくのに遅れてしまう。
恐らく目的地だろうそこは、目測でも直径300m程はありそうな恐ろしく巨大な木である。その巨大な木からはたくさんの枝が伸び、青々と葉が茂っていて存在感をアピールするかのようだ。
燐はあそこに女王がいるのだろうと武者震いをしながら拳を強く握った。それでも不安だけは拭えなかったので、燐はしょうがなく空元気というか気合だけ引き締めて歩を進める。
燐は目的地に近づくと更にとんでもない大きさであると改めて思った。まるで空までそびえ立つ壁がそこにあるかの様である。根元付近まできてみると月灯り通りにあったような木々や花で編まれた左右対称なアーチが駆けられていた。
ただ違うのはアーチ1つ1つに別の花々が咲き誇っており、くぐる度に目を楽しませてくれる。そしてその奥には巨大な木にぽっかりと開いた入り口が見えていた。今は扉を開放しているようで、中の様子も見て取れる。
そんな綺麗な入り口の周りにも様々な花が咲き乱れていて、妖精の女王が住んでいる場所としてふさわしい所なのだろう。燐はそんな空間へ足を踏み入れて、緊張のあまり喉がごくりと鳴る。
燐は“失敗しませんように失敗せませんように失敗しませんように”と心の中で何度も唱えた。心の中で呪文を唱えているとそんな事など露知らずといった感じで声が掛けられる。
「それじゃあ、行きましょうか」
「……そうだね」
入り口に差し掛かりアーチの中に入ると美しさに不安が消し飛びそうになるが、一瞬で仕事熱心な不安さんは戻ってきてくれた。中に入りエントランスを抜けてからは、他の妖精の視線を集めつつ螺旋階段や長い廊下をひたすら歩いて行く。
どうやらこの建物は全て見たとおり1本の巨木から出来ているみたいである。燐がきょろきょろと見学をしていると、ここまで案内してくれた子は別の案内係を見繕い「後はまかせるわね」と丸投げしてどこかに消えてしまった。
燐は「まさかあの子が女王なんてオチはないよな……」と馬鹿なことを考えながら新しい案内役の子の後を素直について行くと、美しい細工が施された扉の前に立たされていた。案内係の子が扉に手をあてゆっくりと芸術品の塊の様な扉を開けていく。
「ようこそいらっしゃいました。私が女王のメリスです」
「はっ、はじめまして!!やみゃみりんです!!!」
「八神燐様ですね。娘から聞いております」
中に入ってすぐに挨拶をされたので、緊張のあまり盛大に噛んでしまった。燐は自分の名前を噛むなんて何年振りだと考えながら、出来るならば恥ずかしさで死ぬ前に逃げ出したいという気持ちでいっぱいだった。
流石に逃げ出す事はしないが、燐は恥ずかしさのあまり顔が上気しているのを何とか誤魔化そうとする。ゴホンゴホンと咳払いをして少しでも落ち着こうと試みたりしていた。
そのおかげか多少落ち着いた所で、ふと先ほど気になる事を言わなかっただろうかと燐は始めの言葉を思い出す。確かに娘から聞いていると言った気がする。
娘がいるのしては目の前で女王と名乗った女性は、まだまだ幼さも残る可愛らしい容姿だった。年齢はわからないが、燐の感覚だとよく言っても高校生くらいの見た目ぐらいである。
こんな子に娘がいる事にビックリした燐だったが、失礼かもしれないと思い表情には一切出さなかった。燐はもう一つ気づいた事である。それはここに来るまでに男性を1度もみかけなかったのは何故なのだろうかという事であるが、今は関係ない事なので頭の隅にでも覚えておくことにした。
「あの、娘さんから聞いてるというのは……?」
「あなたをここまで連れてきてくれませんでしたか? その子が私の娘なんですけれど?」
あの子が女王の娘という事に今度は驚きを隠せない。燐も言われてみればたしかに顔立ちは似ていなくもない事に気付く。
それよりも燐は女王の娘、すなわちこの国のお姫様に対してかなりフランクに話しかけていた事に恐怖を感じた。一歩間違えていたらどうなっていたのかと想像すると急に背筋に冷たい物が流れる。
「ところで燐様が、ここではない世界から来たというのは本当ですか?」
「ええ、おそらくここではない世界から来ました。女王様は日本という国をご存知ですか?」
「確かに聞いたことがない国ですね。それが本当なら別の世界からやってきたと考えるのが普通でしょうか。それも気になるお話ですがまずは私のことはどうかメリスとお呼びいただけないでしょうか?」
先ほどまで威厳に満ち溢れていた女王だったのだが、急に見た目相応にかわいい笑顔を見せてくれた。どうやらこちらの方が素であるみたいだ。
雰囲気からして身の危険は無さそうだと思った瞬間、燐の体から力が抜け少し崩れ落ちそうになるがこれ以上無様な姿を見せられないので何とか持ちこたえた。
しかし持ちこたえたと思っていたが、メリスにはばればれだったようで心配されてしまう。
「お疲れでしたらお話の続きは明日に致しませんか? もうすぐ日も沈みますので今日はゆっくりお休みになって、改めてという事で」
「すいません。ではお言葉に甘えて……お願いしてもいいですか?」
燐の返事を聞きメリスが控えていた案内人に声をかけ部屋に案内するようにと命じる。燐はメリスに改めて御礼をいって女王の間を後にした。
「ここが燐様のお部屋になります。何かあれば声をかけてください」
「ありがとう」
「食事はお部屋にお運びいたしましょうか?」
「うーん、じゃぁ何か軽い物をお願いしてもいいかな?」
「かしこまりました」
燐は案内役の2人にお礼をいって完全に気配がなくなると、ベッドに倒れこんでしまう。さすがに緊張の糸は切れ、疲労なんかでもう限界だったのだ。運動不足の燐が舗装もされていない道を何時間も歩かされたんだ、もう足はぱんぱんになっている事だろう。
今日1日でいろいろあったけど、なんとかなったと燐は安堵する。そして安堵したと同時に急激な眠気に襲われ夢の世界へと旅立つのであった。
いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字報告ありがとうございます。
次話は「サイドストーリー:坂崎羚」です。
それでは次回更新でまたお会いしましょう。
※改稿致しました。