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プロローグ

オリジナル小説作品

 帰り道を閉ざされ、進むしか出来ない暗闇の中で意識だけが闇に溶けていく。浮遊感もなく落下しているという感覚もないはずなのに『落ちている・・・・・』という事だけは不思議と理解出来た。


 どこまでも続く光の一切射さない不思議な空間の中を彷徨い、ゆっくりと薄れゆく意識の中で奈落へと溶ける感覚と共に走馬灯をみる。


 これまでの思い出が浮かびは消え、それは幻想のような時間。抗うことの出来ないまどろみの中で全ての感覚が薄らいでいく。なぜこんな事になったのか、それまでの経緯をまず語ろうと思う。


-------------------------------------------------------------------------------------


 それは昼下がりの木曜日。一般的な社会人であれば仕事をしているであろう時間にぼーっとしている人が一人。その者の名は八神燐やがみりん


 燐はフリーランスとして自宅で建築設計やWebデザイナーをしながら生計を立てている。まだ20代という若さでフリーランスとして生計を立てているのだから、かなり優秀な部類に入るだろう。


 そして今も月半ばだというのにする事がなくなっていた。別に仕事がこないというわけではなく、今月の受注分を終えてしまったのだ。月給にして420万の収益が来月には支払われる予定である。


 燐は仕事が無い休みの日には、趣味に時間を割いたりして暇を潰しているのだが、今はやる気なく床でごろごろとしていた。


 そんな至高とも呼べるだらだらとした時間を満喫していた燐だったが、狙ったように携帯電話の着信音が部屋中に鳴り響く。画面を一切見ようとしない燐だったが、着信音から相手はわかっている。


 その相手は燐が初めて就職した会社の先輩で指導役をしてくれていた人なのだが、出会ってから1年と経たずに退職し自分の会社を立ち上げた野心家だ。


 今でこそ仕事には困っていないが、燐も同じ様に会社を辞めフリーランスとして生活しようと思ったときに手助けをしてくれた凄く頼りになる先輩である。


 その先輩の名前は坂崎羚さかざきりょうと言い、一緒に仕事をする時は凄く頼りになるのだが、本性はオタク気質で一緒にバカできるゲーム仲間と言った所だ。


 そんな羚からの電話を最初は無視して畳と一体になろうと思っていた燐だったが、携帯は主を求めて鳴り止む気配がない。なので燐は観念して電話に出る事にした。


「もしもし? こんな時間に電話してくるなんて珍しいな」

「おー!! 燐かぁ!? 電話になかなか出てくれないから無視されてるのかと思ったぞ」


 さすがというか普通にばれていた事に燐の心音がドキリと高鳴る。燐は「先輩の電話ちょーうれしい」とわざとらしく応えると「あはは。きもいきもい」と羚が返すので、いつもこんな感じなのだが不思議と笑いが込み上げてくる。


 気兼きがねなく話しているが、最近はタイミングが合わず燐も羚と話すのは2週間ぶりの事だった。年齢的には結構年上な先輩なのだが、燐は親しみを込めて『羚』と呼び捨てにしている。


「で、今何してんの?」

「いや~……する事もないから昼でも食べて散歩でも行こうかと思ってたところ」


 正直隠す事でもないので、燐はこれからの予定を一言で説明する。燐のあいかわらずの予定に羚は「しかし散歩っておじいちゃんみたいだな」と苦笑いが携帯越しに伝わってきた。


 別に燐も無意味に歩き回るような散歩が趣味って訳ではない。面白い所がないかと探索したり調べたりするのが好きなだけで、散歩をする事自体は趣味の延長線上の行為だ。


「で、散歩ってあそこに行ってみるのか? いつか話してくれた例の場所」

「正解」


 燐が言っている例の場所とは探索癖が講じて見つけた不思議な存在についてである。それは燐がどこからか見つけてきた昔の町の地図が発端だった。


 その見つけた地図で町がどのように変化していったのか調べていたのだが、実際に行って覚えている燐の記憶と地図とがリンクしない箇所があることに気づいてしまった。


 どう考えても新旧の違いで説明を片付けられない不思議な空間が存在するのだ。世の中にはビルに囲まれた空き地なんて所が存在するが、そういうレベルの話ではない。


 出来るはずのない空間に裏道らしき道が存在するらしいのだ。もちろん今まで歩いた記憶を思い返してみても、燐にそのような裏道の記憶などなかった。


 燐本人でさえ、あるのかどうかも分からない裏道に何故そこまで執着しているのかは分からない。探究心から来るただの暇つぶしと言ってしまえばそれまでだが、無性に気になるのだからしょうがない事ではある。


 その後も燐と羚は他愛のない世間話をしたり次のイベントを一緒にする約束等を取り付け、羚も自分の仕事があるため話し足りない感じだったが、半強制的に通話は終わってしまう。


 電話を終え気がつけば既に3時を過ぎ夕暮れ時が近づいてきていたが、思ったより腹も空いてなかったので燐は適当に遅い昼食をとり出かける事にした。普通ならば‘明日もする事がないし今日はやめにしよう’と思う所だが、何かが燐の意欲を掻き立てる。


「……いってきます」


 返事が返って来ない事はわかっていたが、なんとなく言葉に出して言っていた。もうここには戻ってこれない、新しい生活が待っているなんて今の燐には知る由もない。


 目的地は徒歩で行くには少し遠いので、買い物に行く時くらいしか出番のない自転車で向かう事にした。時間にして40分ほどで目的地付近に近づき、燐は右手に持ている地図を確認しながら進んでいく。この辺りだと見当をつけ探索してみるも、やはりそれらしい道は見当たらない。


 数十分この辺りをぐるぐると回っていると、行き止まりだと思っていた道の奥の方に道が続いている事に気がついた。完全なミス・ディレクションである。


 燐は道の奥ばかり見ていたせいか、その道が全く認知できていなかった。地図上でも行き止まりだと判断していたし、目的地ともズレていた為見逃してしまったのだ。それが実際は行き止まりなどではなく、ちゃんと道が奥へと続いている。


「こんな所にあったのか……」


 燐は地図を持ち棒立ちのまま立ち尽くしていたのだが、意を決して行ってみる事にした。道幅は3m程と案外広いが街灯も無く真っ暗な道が続く。


 足元に気をつけながら燐はどんどんと奥へと進んだ。曲がり角もなく微かに差し込む光だけを頼りで、暗闇が支配するただただ真っ直ぐな道をひたすら突き進む。いつしか燐の踏み締める地面の感触が塗装された道から土道へと変わっていた。


 不安になり燐はなんとなく後ろを振り返ってみると、どこまでも続く闇がそこには広がっていた。物音一つしない何者の気配もしない通路の中で、自分がこの世界でただ一人取り残された様な感覚に襲われ身震いをする。


 その肌寒い感覚に燐の不安は増し、ばっと空を見上げるとそこにも闇が広がっていた。月も星もないどこまでも広がる吸い込まれそうな闇。そう思った瞬間に燐は無重力の闇の中に放り出された。


「なっ!? えっ……」


 いきなりの状況に燐はパニックに陥る。しかしそんな感情もすぐに収まり、ゆっくりと意識が薄れていき体の自由もきかなくなっていく。『助けてくれ』という必死の願いも既に声にはならず、体の自由も全くきかなくなっていった。


 このまま何もわからず死んでいくのかと言う恐怖だけが燐を支配しようとしていたが、そんな思いも闇に溶ける様に希薄となっていく。体の自由は完全に失われ僅かに残っている意識の中、燐は今日まで過ごしてきた思い出が走馬灯となって駆け巡った。


 わからない、わからない、わからない………。


「羚……」


 闇に溶けるように消えていく中、燐が最後に見たのは羚の笑った笑顔だった。

最初のうちは不定期更新になると思います。


※改稿致しました。

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