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夢の終わり

 翌朝。

 私は決して軽くは無いけれど,サバサバした気持ちで出勤した。

 昨日は結局,社長室で数時間にも及ぶ独演会を行った。意外だったのは,何のかんのと言って結局私も誰かに聞いてもらいたかったみたいだという事。脳裏にぶら下げられた解雇の二文字がすべてのしがらみを取り払った事で,歯に衣着せずに,でも決して主観の入らない冷静な分析を,私は社長の前で喋り続けた。この会社に巣くう寄生虫たちの勢力図と行動様式,それらを駆逐できないこの会社の構造的な欠陥,それらをぶちまけた後,私は社長に求められるままにその改革の案までいくつか披露した。

 その時初めて,いや,ある意味あらためて認識して笑ってしまったのが,私が陛下やボスの信念に随分と郷愁を感じていたらしい事。披露した改革案をその時初めて第三者視点で検証して,それが随分と帝国の,つまりは随分と型破りで一般からは絶対に受け入れられなそうなやり口に似ている事を知ったんだ。

(あー…こりゃ軍師殿が頭を痛める筈だよ…)

 ある意味あちらの世界の自分に止めを刺した敵の筈の軍師殿に,それでも同情を禁じ得ない。自分では冷静なつもりでいたが,こんな改革案を採用するなんて理屈ではまずあり得ない。現実も身の程も知らん若造めと思われるのも当然だ。

(こりゃ解雇待ったなしだね…)

 そんな事を自然に思ったからこそ,もうすっかり割り切って。近年まれに見る程足取りは軽かったように思う。

 ところが。

 私が社屋へ入ると,ざわざわとざわめいていた人だかりが一斉にこちらを向く。その表情は負の感情のようなものもちらほら垣間見えるものの,大勢を占めているのは驚きだ。

「あの…何か?」

 冷静に状況を分析しようとする私。掲示板の前に集まっているのだから何かの告示が原因だろう。で,そこには毎年人事の発表も貼り出されるから,おそらく私の解雇の告示でもあったのだろう。それが常識的な推論だ。

 だがそれにしてはおかしい。それを心待ちにしていたはずの寄生虫ども,権力の中枢に巣くう者たちこそがこちらに負の感情を向けている,それが解せない。

「み…三引センパイ!み,み…見てっ!」

 いちばん相談の回数が多かった,それでもっとも仲が良かった後輩が震える指で告示を指し示す。

 いや,だから解雇でしょ?つねづね言ってた事が現実になっただけなんだから…と思いながらそれを見ると…。

「!?」

 まるで女神の金鎚でしたたかに頭を殴られたかのような衝撃。頭の中が全て光になったかのようにホワイトアウトしていく。

「ちょっ…まっ!」

 光の彼方へ消え入りそうになる意識を必死に繋ぎとめてもう一度見直す。何かの間違いだ。副社長…だと!?

「な,な,な…」

 何度見ても間違いない。副社長に任ずる,と豪快な字で確かにそう書いてある。

「…!」

 きっ,と社長室の方角を睨み,全力で駆け出した私。

「社長っ!アレは何っ!?」

 ノックをする余裕も敬語を使う余裕もなく,ばーんと扉を開けるや否や叫ぶ。

「ん?見ての通りだぞ副社長?」

 にやりと悪戯っぽく笑う社長。その顔にどことなく懐かしさを感じたとはのちの分析で,その時の私にはそんな余裕も無い。

「なんで私が副社長なのっ!?一体何の冗談…」

「それが一番効果的な方策なのだろう?立て直しの…」

「うぐっ…」

 言葉に詰まる私。いや確かに昨日は言ったさ。どの派閥にも属さない有能な人材を獲得して大抜擢し,寄生虫どもをまとめて降格する。難しいかじ取りが必要だからよっぽどの覚悟が要るけれど,背に腹を代えられないならそれがもっとも即効性のある手段だって。

「でもそれは…」

 多かれ少なかれどこかの閥としがらみをつくってしまっている現社員たちには無理。後ろめたさが手心となって,寄生虫どもを生き延びさせてしまう。だから有能な人材は外からスカウトしてくるしかないとそうも言ったはずだ。

「適材が社内に居るのに悠長な事はやってられんよ」

 またにやりと笑う社長。

「そ,それは買い被り…」

「んー?あれだけの事を言える者が無能なはずがあるまいよ?」

「うぐっ…」

 皮肉か。嫌がらせか。しかし社長は畳みかけるように言葉で斬り込んで来る。

「システムは,それを考案した者がもっともそれを熟知している。しかも君のそれは,極めて俺の理想に近い。それだけのものを,外から来た者に望むのは酷だ。時間もかかる」

「ぐぬ…」

「しかもだ。君の案には一番肝心なところが抜けておってな…少なくとも趣旨を熟知した女が脇を支えなければ望みは薄い」

「!」

 ハッとする私。過去の記憶が,ボスにダメ出ししたあの地下室がフラッシュバックする。

「俺が先頭に立つならばなおの事,その傍で脇を固める女は必要不可欠。外部からの人材にそこまで求めてしまうとなれば,適材それを見つけ出すのはいよいよ至難の業だろう」

「…ぅ」

「と…」

 そこで言葉を切り,きらりと目を輝かせながらにやりと笑うと,社長は言葉を重ねて来る。

「この程度の説明で理解が行き届いてしまうほど考えを巡らせていた逸材が目の前に居るのだ。外部の人材云々の前に,まずそれを遊ばせておく余裕など,倒壊寸前のウチには無い」

「ぐぐ…」

「さて,ここからは真面目な話だ」

「え?」

 おい,じゃぁここまでは手の込んだ冗談か嫌がらせの類か,なんて思ったのも束の間。

「ちょ…ちょちょちょ,社長!?」

「頼む。力を貸してくれ」

 いっきに真面目な顔になると,そう言って社長は深々と頭を下げる。

 閉めて閉めて,とそのまま合図を送られて,扉を閉める私。

「正直,俺は親父からこの社の幕引きを押し付けられたんだ」

 すると顔を上げた社長は爆弾を投げてきた。

「ちょ…っ」

「世界の半分の幸せをなどと夢ばかり見ている馬鹿息子に現実を見せるつもりの…手の込んだ嫌がらせなんだ。だから俺は,絶対にそれに屈するわけにはいかない」

「…えーと,それと私と何の…」

「だが正直なところ,確かにこの社の状況は危機的で,壊滅的だった。半ば諦めかけていた」

 そこでずずい,と身を乗り出す社長。

「だが!俺は人を得た!」

「うぇ…」

「君とならば,俺は戦っていける!俺には君が必要なんだ!力を貸して欲しい!」

「…」

 どこの口説き文句だ。頭がくらくらする。これは適当にあしらって有休を使い切って辞める一択。

「それにな」

 しかし機先を制して社長はまた爆弾を投げる。

「もう君は逃げられんはずだ」

「は…?」

「君は自分の案を披見してしまった。不完全なものをだ。それを俺が実行してしくじれば,君はそれを後悔する」

「な…何言ってんすか社長。そんなん採用する方の責任で…」

 知るか,と結びたかったが言葉に詰まる私。不完全と言われたことが引っかかって,妙な口調になっちゃうほど内心狼狽えていたのは事実。

「君が切り捨てろと言った寄生虫。だがただ切り捨てるわけにもいかない。俺はその寄生虫の妻や娘も幸せにしなければならないのだ」

「!?」

 やられた。確かにそこはその通りだ。陛下もこの世の半分とあの世の半分と言っていたじゃないか。

「渾身の策に見落とされていた決定的な穴…これを塞がずして逃げることはできまい?」

「…」

 いや,ほっとけばいいんだよ?理屈的にはそこは動かない。この会社に何の義理も作らないようにしてきたんだから。いつでもすっぱり辞められるキレイな身体なんだから。

 でも。それはもはや運命の意地悪とも言えるほどの既視感だったんだ。陛下が,そしてボスが追い求めた理想が,千尋の谷に張られたロープの上,綱渡りをすれば辛うじて手の届きそうな位置に都合よくぶら下げられている。

 もう新しい修羅場は御免だと思う気持ちに偽りはない。でも一方で,どうやら私の心身は十年にも及ぶ充電ですっかり回復はしていたようだ。そこへ都合よく昔懐かしの,ハッピーエンドを見たかったがかなわなかった修羅場が提供されてしまったんだ。

「ど…どうしても?」

 からからに乾いてしまった喉を,ごくりと唾を飲み込んで必死に潤し,かすれ気味の声で言う私。

「どうしてもだ」

 こちらは強い意志にあふれる,腹に響くような声で即答する社長。

「わ…わた…私じゃないとダメで…」

「ダメだね」

 今度は最後まで言わせてすらもらえない。

「君でないとダメだ。君以外に考えられない」

「うっ…」

 ちょっとそんな真顔で。ほんと,どこの口説き文句だよ。いや口説き文句で正解なんだけれども。

「う,上手くいかなくてもノークレームで…」

「何を言うかっ!」

「!?」

 え?何?持ち上げて落とす話?

「俺も全力で君を支える!もはや我々は一蓮托生,運命共同体なんだ!」

「…」

 うわぁしまった…よく考えたら私も使命の対象じゃないか。落とされたと勝手に思って落胆していたところにそんな持ち上げを喰らったら…詰みだ。ほぼほぼ完全なる自滅だ。

「あの…もし…」

「ん?」

 別の世界に飛ばされちゃったら勘弁してくださいね,とは流石に言えなかった。女神の金鎚にかけた魔法ゆめの未発効部分,”あっちへ私を連れ戻す”がいつ発動するか判らない,なんて正直に言えるわけもない。

「突発的なあれで,ゴニョゴニョしたら勘弁してくださいよ?」

 我ながら間抜けな物言いだ。そう思ったのも束の間。

「無論だ。だがそれまでは…ゴニョゴニョとやらが二人を分かつまでは一緒だぞ?」

「!」

 社長はまたしても爆弾を投げてくる。いやまぁゴニョゴニョの中身としてはあながち的外れでもないけれども。

「は,はぁ…じゃぁ,まぁ,善処します…」

 不実な政治家の逃げ口上的な事を口走る私。

「よし!決まりだ!」

(うっ…)

 しかし後で冷静に振り返れば,ここでぱあっと顔をほころばせた社長に,私は仕留められてしまったのだろう。

「ではさっそく行こうか副社長。我々の戦場へ」

 すぐにニヤリと不敵な笑みに変わり,社長は五体に気迫をみなぎらせて歩み寄ってくる。

「…」

 もうやるしかない。やると決めてしまったからにはもう振り返らない。振り返るわけにはいかない。

(ごめんね…あ…)

 思いにしてみて,今更ながらに気づいた。結局私はそこに引っかかっていたようだ。

 もしかしたら金鎚が起動して,もしかしたらボスの危機ピンチにさっそうと復帰,そんなことを夢見ていたみたいだ。だからこっちにしがらみを作らないようにしていたんだ。

(ごめんねボス…私は…私の戦場を見つけちゃったみたい…)

 私の異世界冒険譚は,ここが本当の終着点だったんだ。

 私は社長の後について,新しい戦いの扉を開けた。

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