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夢オチなんてベタ過ぎ

「ユリ子…ユリ子!みーつーき,ユリ子!」

「ううん…うるさいなぁ…誰だよそんな昔の名前で…」

 え?何?昔の名前!?

 がばと跳ね起きる私。そこは,教室。集まる奇異の視線。

「ちょ…」

 ま,待て待て?どういう事だ?確か私は軍師ルマール殿と闘って力を使い切り,女王ユーリエ様に見守られながら将軍ボスの腕の中で安らかに幸せに最期を…。

三引みつきユリ子?これはキミの今の名前じゃないのか?いつの間に改名したんだ?」

 目の前にあるのは神経質な男の顔。確かこいつは…英語の教師だ。次々と記憶が蘇ってくる。

「あ,グ…先生,お早う…」

 うっかりあだ名を言いそうになる。と言っても,それこそ昔の名だ。

 県内の某有名進学校に長年勤務していたこの男は,絞首台への十三階段などと呼ばれる死亡ネタを使っていたためにそこの生徒から殺人鬼グレイマンと名付けられていた。わけあって定年前に依願退職したのだが,講師として今ここに雇われているあたりかなりの能力を持っているらしい。

「おぉ,清々しい挨拶だな。では七十二頁四行目を和訳せよ」

「あ,えー…」

 慌てて教科書を掴む私。さっぱり理解できない,どころか読めない。

「おまけになかなかの才能だな。逆さまにしたアルファベットが読めるとは」

「あ…」

 言われて気づく。

「ハ…」

 ポンッと机を叩こうとして,しかしそこで硬直するグレイマン。

 そのわけというのが,先年ついに人死にが出たらしいというものだった。もちろん彼が引き金を引いたというなら今ここに居るわけがない。だが移り行くご時世,やはり不謹慎なネタだとここぞとばかりに非難を受けた,と聞いている。

「ごめん…」

 昔の私なら言わなかったかも知れない。でもたくさんの人の生き様を,生き死にを見てきた今の私には,どうしてもそれを言わなければならない気がしたんだ。

 しかしそんな私の心の機微が判る訳も無い彼には,どうやらそれは追い打ちとなったようだ。

「…っ」

 幽鬼のような表情をこちらに向けるグレイマン。

 そこで救いの鐘が鳴り,授業は終わった。

「どうなってんの…?」

 謎過ぎる。帰宅の途につきながら,しきりに首をひねる私。

 私は確か,別世界に落とされたはずだ。それでオヤッさんに拾われボスに救われして,総延長少なくとも四十万字オーバーの,笑いあり涙ありお色気ありバトルありの大冒険をした,はずだ。

 もっとも常識的に考えれば,夢オチという事になる。でももっとも認めたくないのもそれだ。あれだけ知恵を絞って,あれだけ悩んだんだ。今の私は昔の私じゃない。この平和ボケが蔓延するご時世の数十年分にも匹敵する経験を積んだ,修羅場を潜ってきたはずなんだ。

 だけど,その証拠はどこにも無い。 

「うーん…これも…だよね…」

 着ている制服をつまんだり引っ張ったり,匂いを嗅いでみたり。

 ボスに助けられたあの晩を最後に着ることはなかったけれど,しっかり保管してはいた。いざという時のポロリ対策で,服がはじけ飛んだりした時には自動で着衣する魔法を仕掛けてもいたけれど。あの場面にお色気要素は微塵もなかったはずだ。

 と,その時。

「!?」

 この感覚は…まさか!慌てて振り返る私。

 しかしそこには誰も居ない。確かにすぐ近くに良く知った感覚が…。

「ん…?」

 そこで視線を感じて見下ろすと,小学校中学年くらいの男の子と目が合う。真っ黒に日焼けした四角い顔にくりくりとした瞳がきらきらと輝く,一言で言えば好奇心と冒険心の塊のような,生きのよさそうな少年。

「…何?」

「それはこっちのセリフだよネーちゃん。来てる服の匂い嗅いで首傾げるとか変な奴だなと思ってたら,突然振り返るし…しかもなんだよ,俺の身長足りねぇみたいな手の込んだ嫌がらせして…」

 まくしたてながらも悪戯っぽい笑みを絶やさないその少年。

「え,あ,ごめん…」

 うろたえながら謝る私。でもこの感覚は…。

「気持ちが入ってないね。まぁ…俺の魅力に抗えずに気を引こうとしてんのは分かるけど?そんな事しなくたってちゃんとお付き合いしてやるってば」

「なっ…!?」

 考え事をしていて多少意識が逸れていたのは認める。悪かった。でもそれはさすがにナイだろう。

「何せ俺は…世界の」

「おい…」

 と,そこで隣にいた少年が割り込む。

「!!」

「いい加減にやめないか。さすがに失礼だぞ」

 剣道か何かの道場へ通っているのだろうか,それらしき道具を担いだその少年が,ため息交じりに言う。

「何言ってんだよ。これも立派なスキンシップだぜ?」

「…触ってないだろう。それを言うならコミュニケーションで,どのみち相手を不快にしてまでやるものではない」

「かーっ!堅ぇ!堅ぇよ!んなこったから素材は良いのにモテねぇんだ!一度しかねぇ人生,楽しくいかなきゃ損だぜ!?」

「…余計なお世話だ」

「…」

 ぽかんとする私。

「…すみません,連れが失礼をいたしました。お気を悪くなさったのなら謝ります」

 深々と頭を下げる少年。

「あ,いえ,別に気にしてませんから。ご丁寧にどうも…」

 何だこの堅物は。これが本当に小学生ガキなのか?つられて丁寧に頭を下げながら心の中で唖然とする。これなら片割れの方がまだマセた悪ガキくらいでそのへんに居るレベルだ。

 でも…この感覚は…。

「…何か?」

 不審がる相手。まずい。こっちも未成年そうとはいえ,声かけ事案に発展するかも知れない。

「バカだなお前…乙女の淡い恋心くらい気づけよ!」

「!」

 ハッとする私。やっぱりこの感覚は…。

「…もういい行くぞ。すみません,失礼します」

 ぺこりと頭を下げてくるりと後ろを向き,すたすたと歩き去る堅物。

「じゃぁなネーちゃん。俺を忘れられなくて枕を濡らすんじゃねぇぞ?」

 ちっちっと指を振ってマセガキが後を追う。

「…」

 その後ろ姿をしばらく見つめる私。

「まさか…ね…」

 ふっと笑って背中を向ける。もしかしてと思ったけれど,きっと気のせいだ。

 いくらなんでも,ボスと陛下が同い年で,幼馴染のわけないじゃないか。

「…」

 椅子をゆらゆらさせながら自室で独り物思いにふける私。

 あれからもう数週間が過ぎていた。あの時は絶対に夢なんかじゃない!と思っていたけれど,その証拠は何もない。退屈な毎日が私を押し流し,あれだけ鮮明だったはずの記憶も徐々に薄れ始めている。

 分かってる。共有した人が誰も居ないんだから,誰に話したって信じてもらえるわけがない。

「出でよ!女神の金鎚ゴッデス・ハンマーⅢっ!!」

 軍師殿との最終決戦に使用した決戦兵器の名を叫ぶ。

「…なーんて言っても,無理だよねぇ…」

 あっちの世界じゃ上位古代語,創造力次第で何でもできる魔法の言語も,こっちじゃただの日本語。それこそ生まれた時から誰でもが当たり前に使ってる言葉でしかない。世界を飛び越える事で龍戦士の力が身につくという仮説を立てていたけれど,もしかしたらそれが正しいのかも知れないけれど,少なくとも発動させられなければ意味が無いらしい。

 つまり…あっちじゃ夢いっぱいチートいっぱいの龍戦士様も,こっちじゃただのかよわい女学生に逆戻り。

 さっさとお風呂入っちゃいなさいという母上様のお言葉が,夢ばっかり見ていないでというお小言とともに聞こえてくる。

「はぁーい…ふぅ」

 気のない返事をして,溜息を一つ。

「!」

 うっかり気を抜きすぎて,椅子ごと後ろへ倒れる私。

「…!!」

 カーペットが敷いてあるとはいえ床に頭を打ち付ければそりゃ痛い。頭を押さえてごろごろと転がる私。

 何暴れてんの,遊んでないでさっさと入りなさいという母上様の容赦ないお言葉が私に追い打ちをかける。

「分かってるよぅ…!」

 つーんとそっぽを向いて,といっても部屋には私しかいないのだからそれは単なる様式に過ぎないのだが,ともかくささやかな抵抗の意思表示をして答える。悶絶してる事くらい察してくれたって…。

「…え?」

 そんな私の目に飛び込む違和感。ベッドの下に…あれは…。

「…!」

 ばたばたと這ってそちらへ行き,奥へと手を突っ込む。

 わがまま言って買ってもらったデカサイズのベッドは私の手の侵攻を容易には受けない。ぎりぎりと頭に当たる縁の痛みに耐えながら必死に手を伸ばし,やっとのことで掴み取ったそれは…。

「あ…」

 オヤッさんのところで初めて作った,初代。ゾンビとの死闘を共に潜り抜け,軍師殿との最終決戦の時には女王様に預かってもらったお守り。

 いつまた別世界へ飛ばされるか分からないという龍戦士の弱点を克服するために,持ち主を追尾して異世界へ跳び元の世界へ連れ帰るという魔法の実験に使っていた,思い出の品。

「ゆ…夢じゃなかったんだ…」

 随分と古ぼけ,角も随分丸くなっているが間違いない。この下手くそな字も間違いなく自分が刻んだものだ。

「う…っ,ふぐっ…ふぇぇ…」

 押し寄せる記憶の奔流。私は泣いた。

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