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帝国の動向

 

 オールヴィ州総督、アダムス・グローヴは壮年の男性である。

 自らの恰幅の良さがこの州の豊かさを象徴している。と考えているものの、そのぷくぷく太った体つきが逆に貧しき者たちの反感を買っていることに気が付いていない。

 今は食事中であるが、至急報告したいことがあると言われたため、この部屋に兵士を通している。ステーキを頬張りながら、戦闘の経過報告を受けていた。


「な……なんだと、反乱鎮圧軍が……壊滅した?」

 

 アダムス総督は驚きのあまりフォークを床に落としてしまった。


「り、リーダーを失い、すでに勢力が半減していると報告を受けていたではないかっ! 何かの間違いだっ!」

「で、ですが、巨大生物……おそらくは竜とそれにまたがる〈邪法使い〉が現れ、事実として……わが軍は壊滅してしまいました。命からがら逃げだしてきた私が言うのです。間違いありません。将軍は……おそらく……」

「竜、竜だと? 何を馬鹿なことを言っている!」


 竜などと言った単語は創世神話以外に聞いたことがない。宗教熱から来る妄想や幻覚と片付けてしまう方がまだ納得がいく。


「……いや、待てよ」

 

 アダムス総督は血が上った頭を、ゆっくりと冷やしていく。


 確かに、竜などというのは眉唾ものかもしれない。

 だが、オールヴィ州全軍の三分の一を裂いて作り上げた反乱鎮圧軍が潰されてしまったのは事実。

 そして何より、先日、レストの街から同様にドラゴンの報告を受けている。

 つまり、例え創世神話にあるような竜でなかったにしても、何か凶暴な生物とそれを操る〈邪法使い〉が敵として現れたのは……間違えなく事実。


 アダムス総督は血の気が引いていくのを覚えた。先程まで意気揚々と食していたステーキが、妙に胃もたれしているようですらある。

 恐怖しているのだ。


「司教枢機卿殿に連絡を。〈邪法使い〉の借り入れを提案する」


 こくり、と頷いた兵士が部屋の外に出ていった。毎月多量の献金を行っているのだから、こういうときにこそ教団の力を貸してもらわなければ困る。

 アダムスは恐怖に震える頭を必死に回転させた。借り入れた〈邪法使い〉であれば、敵の〈邪法使い〉を倒すことは可能だろう。しかし巨大生物に関しては全く対策が立てられていない。

 巨大生物は空を飛ぶのだ。この建物に突っ込んで来られでもしたら、アダムスは何の抵抗もなく殺されてしまう。


「……パパ、怖い? 怖い?」


 ふと、袖を掴まれていることに気が付いた。


「おお、ホリィや。パパのことを心配してくれるのかい? パパは大丈夫だよ?」


 アダムスはにっこりとほほ笑んだ。目に入れても痛くない愛娘に、あまり不安げなところは見せたくない


「……ん」


 こくり、と頷いた少女。

 アダムスと同じく金髪。身に着けている絢爛豪華なドレスは、まるで王侯貴族が身に着けるそれであり、総督の愛が察せられる。

 長い髪はやや目にかかっており、背の低さも相まってどちらかといえば大人しい印象を抱かせる。


 彼女の名前はホリィ・グローヴ。

 アダムス総督の娘であり、帝国最強の〈邪法使い〉である。



 マキナマキア帝国首都、マキア中央の城にて。

 玉座の間には、皇帝への報告のため文官たちが集まっていた。光の入りにくい密閉した空間に、ろうそくの火がゆらゆらと揺れている。


「ん~♪ んんっん~♪」


 マキナマキア帝国第一皇子、エドワード・マキナスは鼻歌を歌っていた。年は二十代の青年であるが、帝国西部のツヴァイク州を治める総督でもある。

 鼻歌を歌っているが、別に機嫌がいいわけではない。これは隣に座っている人物に聞かせるためである。

 隣には玉座に腰かける父親、すなわち皇帝ローレンスがいる。頭髪のほとんどが抜け落ちた、しわがれた老人。


「こっ、皇帝陛下にご注進!」


 扉が開かれ、一人の兵士が入ってきた。


「オールヴィ州の反乱軍鎮圧部隊が壊滅しました」

「なんだと?」


 ローレンス皇帝は目を見開いた。


「州兵の三分の一を裂き、冒険者ギルドからも不足人数を補ったのではないか? 反乱軍はそれ程大群で精強だったのか?」

「も……申し上げます。わが軍は反乱軍をあと一歩で壊滅というところまで追いつめておりました。しかし、突如天空から巨大な竜とそれにまたがる〈邪法使い〉が現れ、鎮圧軍は倒されました」


 アダムス総督の報告だけであるなら、軍事費や食料をせびるための嘘かもしれないと訝しむところだろう。

 しかし、エドワード本人の私的な諜報部隊が、すでに同様の報告をこちらにもたらしている。彼らの言葉はにわかに信じられなかったのだが、こうして総督の報告と一致したのなら、もはや疑う余地はないだろう。


「あっはっはっ、言っちゃったね? 言っちゃったね? また父上のご病気が再発だ。困ったぞ」


 エドワードは笑いながらそんなことを言ったが、内心では穏やかでない。

 現皇帝、ローレンス・マキナスは優秀な君主である。その治世は三十年におよび、一癖も二癖もある枢機卿団を抱き込み、そして自らの優秀な子供二人を州の総督に据えることに成功している。

 だが、彼にはただ一つだけ、目を覆うほどの欠点が存在する。


「竜……竜だと?」


 王笏を落とした皇帝が、まるで病気のように体を震わせている。


「あ……あああああ……あああああああああああああっ、終わりだ。世界の終末を告げる邪竜が……蘇ったのだ」


 皇帝はヒステリックな声を上げながら、玉座から転げ落ちた。

 この父上の欠点。それはどうしようもないほどの宗教熱、であるとエドワードは考えている。

 もしこの男が皇帝でなかったのなら、絶対に地方で歪んだカルト教団を作り上げ、その教祖として熱弁を振るっていただろう。

 その上、教団が扱う暦の上では、今年は邪竜エミーリアが復活し世界を滅ぼす年なのだ。宗教に熱心な人物にとって、これほど精神が不安定になる年はないだろう。


「神よおおおおおおお、天使よおおおおお、余を救いたまえっ! この帝国を、民を守りたまえっ!」


 こうなってしまえば父上は全く使いものにならない。その間様々な政務を代行するのは、第一皇子であるエドワードの役目。

 第一皇子、ツヴァイク州総督という肩書であるが、その役割はもはや副皇帝といっても差支えないほどである。 


 震える皇帝は、逃げ出すように玉座の間の奥へと駆けていった。部屋の名前は特についていないが、彼専用の『祈りの部屋』とエドワードはあだ名している。あそこに引きこもったら最後、『神』だと『天使』だのと叫びながら何日も何日も引きこもっている。

 エドワードは軽く深呼吸をした後、周囲に控える文官へと命令を下す。


「東部で魔物討伐をしてる、妹を呼び戻そう。手配してもらえるかな?」

「東部のグランヴァール州、パティ・マキナス総督ですね。かしこまりました、すぐに手配していただきます」

「さすがはエドワード皇子、慧眼恐れ入ります」

「姫総督様であれば、さしものドラゴンも敵いますまい」


 文官たちのおべっかを、エドワードは聞き流した。

 確かに、姫総督と称される妹は強い。だが、彼女がどれだけ強かったとしても、所詮は人の身である。ドラゴン相手に果たして勝つことができるのだろうか?

 さらに保険を掛けておく必要がある。


「んん~♪ んっ、ん~んん~♪」


 エドワードは歌う。 

 

(父上……覚えてる?)


 今はこの場にいない父親に、心の中で語り掛ける。


(この歌、母様が好きだった歌だよ)

 

 エドワードの母であり、ローレンス皇帝の妃であった皇后はもはやこの世にいない。城で起こった反乱の際、殺されてしまったのだ。

 その時も、宗教熱に侵され祈りの部屋にこもっていた皇帝は、何の抵抗もできていなかった。扉を閉め、ひたすら神に祈っているばかりだった。

 中に入れて欲しいと縋る、皇后を見捨てて。


(腐っている……)


 オールヴィ州の総督は、もともと圧政がひどくて有名だった。彼自身の贅沢であればまだ反乱にまでは至らなかっただろうが、教団もその搾取に乗っかってしまったことによって、民の不満は爆発的に増大してしまった。

 そして、そんな彼を総督に任命してしまったのは、他でもない父であるローレンスなのだ。教団との結びつきを強くするための妥協の結果でもあった。

 竜の出現が反乱に関係あるのかどうか、それはまだ分からない。しかしアダムス総督のような邪な心を持つ人物が執政官でなかったとすれば、もっと上手く事態が解決したかもしれない。


(僕がこの国を……そして世界を正してみせる)


 自分の代で、否、それよりも今この時からも帝国を変えてみせる。エドワードは胸に決意を抱き、政務に戻るのだった。


読んでくださってありがとうございます。


こう、上の人間の動向を入れておいた方がいいと思うんです。

主人公出てないけど、こういう話って必要ですよね。

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