愛しの我が陛下
牙をむく大竜王の竜装機兵。
圧倒的な、存在感。
今までのどんな敵よりも巨大で、恐ろしい相手。その咆哮だけで、気の弱い人間なら心臓が止まってしまいそうだ。
俺は歯を食いしばり、自らの心を引き締めた。気ごころ知れた女王陛下ではあるが、今、この時は敵対者なのだ。絶対に油断なんてできない。
手始めに呼び出したウェザリスを使って攻撃する。炎の大剣が竜の皮膚を叩く。
が、無傷。
いや、当然か。
そもそも、生きていたころの大竜王はあらゆる面で竜族最強レベルだったで。レベル八程度の魔法が通用するなら、かつての帝国は容易に勝利できていただろう。
だが、こいつはどうやって倒せばいいんだ?
俺の攻撃を受けたエミーリア様は、俺のことなどまるで存在しないかのように……その巨体を動かした。
無視。
動き出したエミーリア様は進路を南にとり移動しようとしている。ツヴァイク州の南……それはつまり。
「……オールヴィ州かっ!」
かつてカール将軍に襲われたオールヴィ州。あの時は城の周囲が被害にあっただけですんだが、エミーリア様の力をもってすれば州そのものを壊滅させることができる。
未だ復興作業に追われている……俺の帰るべき場所。まだアダムスたちの墓だって作ってないんだ。
止めなければっ!
俺は再び巨竜の前に立ちはばかり、物質錬成魔法を使い剣を生み出した。
かつて竜装機兵を倒したこの巨大な剣であるが、今はエミーリア様の進行を止めるだけで精いっぱいだ。
やはり……強い。この技は決定打になり得ない。
どうすればいい?
〝カイ……〟
女王陛下の声が聞こえる。心を乱しているからなのだろうか、まるで病人のように息を途切れさせている。
〝……カイは、おかしく、なって、しまった……。もう一回、転生すれば……もとに、戻る、かな?〟
「陛下ああああああああああっ!」
俺は死に物狂いで叫んでいた。このお方を止めたかった。これ以上罪を犯してほしくなかった。
だが、それは俺の甘い期待でしかなかった。
その巨大な口を開いた竜装機兵、限界まで肺を膨らませている。口の奥からは、まるで太陽のように目を瞑りたくなるような閃光が漏れ出している。
「お……おい、嘘だろ……陛下……」
この……ブレスは。
――雷咆哮
巨大な光の塊が、俺に放たれたのだった。
魔法障壁とか、そんなものまったく無意味だ。喰らってしまえば、問答無用で即死だっただろう。
全力で回避したため、直撃は免れた。ただ、俺が魔法で作った腕の一部が……もぎ取られた……。
「…………」
即座に魔法を使い回復する。
ただ、俺を狙っての攻撃だったため、角度の関係で大地に被害が及ぶことはなかった。それだけは僥倖というべきか。
エミーリア様は再び南下を開始した。俺は風魔法を使いその進路に沿って飛んでいく。
陛下は……俺を殺すつもりなのか?
いや、もちろん覚悟はできていた。そのつもりで……俺は決戦に挑んでいたつもりだった。
だけど、こうして攻撃を受けて……俺は改めて恐怖し絶望した。
あの陛下が俺に殺意を向けている。その事実が……悲しいほどに心へと突き刺さっていたのだ。
「く……うぅ……」
俺は目頭を押さえていた。今まで、祖国とか女王陛下とか言いながらこの世界で帝国に立ち向かってきた日々が……すべて汚れていく。崇高な理想も、達成感も、何もかも台無し委になってしまった。
俺はあなたのために……。
だが俺は諦めない。
アダムスが死んで、多くの人間が殺されてしまったこのオールヴィ州。今度こそ守らなければ、俺の気持ちがおさまらない!
気合を入れなおした俺に、次なる攻撃が迫りくる。
「爪かっ!」
竜族の爪。それは地上にあるどんな鉱物よりも固く、そして強いものだ。先ほどのブレスには劣るが、俺を死に至らしめるには十分だろう。
俺は竜の鱗でできた盾を錬成する。竜の爪を受けるにはこれしかない。
火花を散らす俺とエミーリア様。まるで剣士同士のつばぜり合いであるかのように、盾と爪が交錯する。
こんなことは時間稼ぎにしかならない。このお方を倒すには……どうすれば?
「……っ!」
しまった。
そもそも、俺の目的は陛下を倒すことではない。彼女を止めて、この世界を守り抜くことだ。
女王陛下は俺をブレスや爪で圧倒しながら、確実に本来の目的地までやってきていた。彼女は知っていたんだ。俺が決定打にかけていることを。
確かに、俺はエミーリア様の攻撃をある程度回避することはできる。竜の爪も雷咆哮も、脅威ではあるが当たりさえしなければどうということはない。
だが、俺たちは辿り着いてしまった。このオールヴィ州へと。
少なくとも、オールヴィ州に被害が出そうであれば俺は防がなければならない。いつまでも敵の攻撃を避けてばかりはいられないのだ。
くそっ!
未だ突破口を開けていない。防ぐことは可能だろうが、いつまでもこの状態が続くはずがない。一端竜装機兵の頭部へと降り立つ。
どうすればいい? このままだと……オールヴィ州は壊滅だぞ? 考えろ、考えるんだ……っ!
悩み抜いていた俺の足元に、何かが投げつけられた。
槍だ。
「使えっ!」
いつの間にか、近くまで来ていたらしい水竜王が槍を投げてきた。
「水竜王……お前……」
「わしは……負けた。愚かに、無様に……かつての大竜王様を辱めるその女に……敗北した。今はもう、お前に託すことしかできないのじゃ。大竜王様の遺体を……休ませてやってくれっ!」
かつて水竜王は嘘をついた。火竜王や雷竜王は寿命で死んだのではなく、竜装機兵を作るためエミーリア様たちに殺された。俺が質問したとき、その事実を隠ぺいしたのだ。
それは、奴らのプライドを守るための虚言。誇り高き竜族がだまし討ちで殺されたなどと、口差が裂けても言えなかったのだ。
その竜族が、己の弱さを認め俺に頼ってきた。
「恩に着る」
負けるわけにはいかない。
俺は掴んだ槍を、すぐに足元へと突き刺……そうとした。
確かに、この槍は固い。今まで俺が扱ってきたどのような武器よりも手ごたえを感じる。
だが、それは強化された大竜王の鱗を貫くには至らなかったらしい。槍はむなしく静止するばかりだった。
「超振竜槍っ!」
水竜王のその叫びとともに槍が振動を始めた。その姿は、帝国の超振動槍と酷似していて、鱗を超え内部へと突き刺さった。
なるほど、言葉が鍵となって能力が発動するのか。竜族もなかなか考えたものだ。
ただ、これほどの巨体を誇る大竜王。俺がこの槍を突きさすことなんて、人間の手にアリが噛みつくようなものなのかもしれない。
戦いを続けていて気がつかなかったが、エミーリア様は高度を下げていたようだ。眼下には俺も見慣れた王国の民たちがいる。
「カイ陛下あああああああああああああああああああああああああああ、頑張ってくださいっ!」
「国王陛下が、邪竜エミーリアから私たちを守ってくれるぞ」
「邪神様あああああああああっ!」
ここまで落とされてしまうとはな。本当に、俺は苦戦を強いられているんだな。
逃げろ、と伝えようかと思ったが諦めた。今更少し遠くに離れたところで、竜のブレスから逃れられるはずがない。この世界に生きるものとして、彼らにもこの決戦を見届ける権利がある。
本当は、民が危機に曝され恐怖を感じているべきなのかもしれない。でも俺は……少しだけ嬉しかった。
俺の肯定し、喝采してくれる声が聞こえたから。瓦礫を運び、遺体や生存者を必死になって運んでいる人々が見えたから。
「見ていますか女王陛下。これが……あなたの殺そうとしていた民たちです。あなたには……この人々が邪悪に見えるんですかっ! 争いを生み、俺たちの結婚を祝福しない悪魔に見えるんですか? エミーリア様っ!」
俺は、物質錬成魔法によてあらゆる物質を作ることができる。
だが、物事には必ず例外が存在する。
例えば、俺は超振動槍にそっくりな武器を作ることはできる。その強度も完全に再現することが可能だ。
だが、その振動能力まで構築することはできない。要するに俺が仕組みを理解していない複雑な機械構造まで再現はできないのだ。
だから俺は超振動槍や絶対防御盾を量産なんてことはできなかった。そもそもそんなことができていたのなら、かつての帝国との戦は苦戦していなかっただろう。
そういう意味では、水竜王に渡されたこの槍は無用の長物……に見えるかもしれない。
だが、使い方を誤らなければ、これは最強の武器だ。少なくとも固さだけなら……これまでのどのような武器よりも優秀。
俺は物質錬成魔法によって槍を生み出した。その数は一〇〇。いずれも同じ強度の固さを誇っているものの、振動の機能はついていない。
そう、このままでは鱗を貫通できない。
だから俺は……考えた。
風魔法で超振動槍を再現する。
大気を揺らし、槍自体を振動させる。その見た目は……まさしく帝国兵の装備である超振動槍だ。
俺の生み出した魔法の振動槍は……竜の鱗を貫通しその皮膚に深々と突き刺さった。
〝カイいいいいいいいいいいいいいいいいっ! 〟
まるで自らの体を刺されたかのように、怒り狂った女王陛下の声が周囲に木霊した。
効いていない、わけではないが致命傷には至っていない。この小さな槍ではこれが限度だろう。
〝私は、カイと結婚するんだ! 綺麗になった世界で、あの日のことを謝るんだ。素直になれなくて、気持ちとは真逆のことばかり言っていた……あの思い出のことをっ! だから……だからあああああああああああっ!〟
陛下……。
効いていないのは、槍が小さいから。答えはもう、何度も示されている。
俺は物質錬成魔法によって、巨大な槍を空中に生み出した。
巨大な槍に風を絡ませ、超振動槍の能力を再現する。これが俺の……最強最大の一撃っ!
勝てるっ!
「終わりだああああああああああああああああああ、アーク神っ!」
〝あ、ああああああああああああぁああああああああああ……ぁ……あ……〟
アーク神の声が……掠れて消える。
深々と突き刺さった槍は、大竜王の頭部を完全に破壊したのだった。
「陛下……」
俺は……涙を流していた。
このお方は……本当に俺のことを愛していたんだ。俺が転生しなければ、このように道を間違えることはなかったのかもしれない。
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。操縦席からエミーリア様を助けなければ……。
と、駆け寄ろうとした俺は……気がついてしまった。
「どう……して……」
加減なんてできなかった。
全力を出さなければこちらがやられていた。だから必然的に殺し合いとなり、どちらが死んでもおかしくない状況だった。
でも、どこかで安心していた。これだけの巨体なんだから、どこを攻撃しても竜装機兵の操縦席に届くわけないと……高をくくっていた。
しかし現実は……無慈悲で残酷だった。
物質錬成魔法を解き、巨大な槍を消去して露わとなったのは、頭部に設置されていた操縦席。そこで、エミーリア様が眠っていた。
血まみれになった……我が君。微動だにせず、眠るように動かない。
「あの方は……死にたかったのかもしれねぇな」
いつの間にか、隣にリチャードが立っていた。決着がついたのを悟ってここまでやってきたのだろう。
「大竜王の竜装機兵には、複数の操縦席がある。お前が貫いたあの場所から、逃げることだってできたはずなんだ。お前に否定されて、正気を取り戻していたのかもしれねぇな。その罪の重さに……耐えられ……」
「黙れよっ!」
リチャードは悪くない。そう理解しているのにも関わらず、大声で怒鳴り散らしてしまった。
「何もかも……遅すぎたんだ。陛下……俺は……どこで……間違えを……」
俺は陛下の亡骸を抱きしめた。冷たく、人形を抱いているかのようなその感触に、否が応にも涙が止まらない。
「エミーリア……様」
帝国歴一〇〇〇年、女王陛下が世界を統一して五〇〇〇年目の今日。
愛しの我が陛下、エミーリア・ケンプファルト様は身罷られたのだった。
読んでくださってありがとうございます。
これで決着、というわけで邪竜エミーリア編は終了です。
残りはエピローグを投稿してENDになります。




