女王陛下の罪
リチャードと決着をつけた俺は、すぐさま移動を開始した。
目指すのは、竜の頭。口からブレスを放つということは、正面から目で見て攻撃してるということ。俺を視界におさめるためには、竜の目に位置する頭が一番だろう。
竜の背中に乗っていた王城は、その体の中央部分に位置しているらしい。風魔法を使い、加速して移動する。
この巨大さ……、さすがは大竜王だ。王クラスを含む他の竜族とは一線を画す風格である。
小さな島程度の大きさはあるその体を歩き、俺はとうとう辿り着いた。
大竜王の、頭。
頭頂部にはバージニア州の土や木がこびりついている。巨大な目は、俺の身長程度の大きさ。ところどころ金属のようなものが露出しているあたりは、改造の痕跡をうかがわせる。
あまり召喚したことはなかったが、まぎれもなく大竜王の顔だ。本当に……竜装機兵にされてしまっていたなんて……。
巨大な瞳がぎょろり、とこちらを向いた。俺の姿をエミーリア様がとらえたらしい。
「おお、カイ! カイじゃないか!」
大竜王の双眸が光を放ち、二つが交錯する位置にエミーリア様の体が浮きだした。俺は詳しく知らないが、立体映像とかいうもののはずだ。かつての機構帝国で使われていた技術だ。
「エミーリア様っ!」
「見てくれ、カイ。地面を。きれいに掃除してやったぞ? どうだ、なかなかすがすがしいだろ?」
俺は……どこかでこう思ってたんだ。
悪行を見つけられた女王陛下が、慌てふためいて言い訳するって。『すまなかった』とか、『仕方なかった』とか言って、必死に自分を正当化しようとするって、そう思っていた。
でも、現実は違った。
女王陛下は罪を自覚していない。
現に、女王陛下はつい数時間前にツヴァイク州を壊滅させたのだ。万単位の一般人を含む人間を殺すなんて、それはもはや虐殺以外の何物でもない。反省とか以前に、罪の重さで押しつぶされてしまいそうになってもおかしくないのに。
しかし、陛下は自然に笑う。俺に会えて嬉しい、自分の成果を見て欲しい。そんな気持ちが痛いほどに伝わってくる。
その無邪気さが……逆に恐ろしかった。
「陛下、何をなさっているんですか?」
このまま、何もかも忘れて普通に会話することは簡単だ。しかし俺は……問いたださなければならないんだ。
「カイ、聞いてくれっ! この世界は間違えていたんだ。争いは止まないし、人はいつまでたっても弱い者を虐げるままだ。覚えているか? 昔私が結婚させられそうになっていたことを、戦争で苦しんでいた時のことを。あんなことが起こらない、平和で平等な世界を作りたいんだ」
「そのために……この世界を滅ぼす?」
「そうだ。だいたい結婚相手を自分で決められないなんておかしいじゃないかっ! あ、べ、別にお前と結婚したいととかそういう意味で言ったんじゃないからな。ま、まあお前がどうしてもというなら……考えなくも……」
「止めてください」
照れ隠しに目を隠していた女王陛下に向けて、俺は冷静にな声で諭した。
「こんなことは、間違えています。お願いしますから、これ以上……罪を重ねないでください……」
「え……」
喜びから一転、顔を真っ青にする女王陛下。唇を震わせ、蚊の鳴くような小さな声で囁く。
「な……何を言っているんだ? わた、わ、私は……お前のために」
「俺のことを想っているなら、なおさら止めてください。これ以上、無関係な民を殺めるのは……間違っている」
「あ、あんなゴミ虫共、人じゃない。カイが何を言っているか……全然分からない」
「分かってないなら理解してください。あなたは……大罪人なんだっ!」
徐々に熱を帯びていく俺の声。女王陛下は怯えるように震えている。
話をするたびに、ずれていく俺たちの心。亀裂が生じたその関係は、もはや決定的なまでの歪となって収束していく。
「カ、カイは転生で頭がおかしくなってしまったのか?」
「……俺の声が届かないみたいですね。残念です」
もはや……説得は無意味。
左に業火炎帝ウェザリスを顕現させ、腰に掛けた剣をかざす。
「あなたを止めてみせる」
言ってしまった。
それは、宣戦布告。
女王の仲間であり、想い人であり、目標であるはずの俺が放った……決別宣言。
「う、あ……」
エミーリア様の立体映像が揺れる。小刻みに後ろへ下がり、銀髪を乱し悲鳴を上げる。
「あああああああああああああああぁぁぁぁあああああああああっ!」
立体映像が……消えた。
リチャードの見立ては……間違えていなかった。
そもそも、理性的に説得できるなら……文明を滅ぼすなんてことするわけがない。
時間をかけて説得できないのなら、生死をかけて争うしかない。初めから……それしかなかったんだ。
エミーリア様は狂っている。
ならば乱心した陛下を諫めることこそ、臣下である俺の責務。たとえお互いに無事で済むはずがない死闘であろうとも、立ち向かわなければならない。
けたたましい悲鳴を上げる竜装機兵。ツヴァイク州を壊滅させ小康状態にあったその巨体が……ついに動き出す。
最後の戦いが、始まったのだった。
読んでくださってありがとうございます。
いよいよ女王陛下との戦い。
あぁ、本当に長い日々でした。




