人間
王城の窓を割り、外に出た俺とリチャード。山岳地帯の冷たい風が頬を撫でる。
ツヴァイク州上空。エミーリア様が操る竜装機兵はその場で静止し、まったく動こうとしない。
邪竜は三日で世界を滅ぼすから、時間を合わせているのか。それとも、巨大なブレスには休憩が必要なのか。どれが正解かは分からないが、ともかくすぐに動く予定はないらしい。
俺たちを妨害する気はなさそうだ。
いや、これほどの巨体だから俺たちが何をしているか気がついていないのかもしれない。
ともかく、俺はエミーリア様を止めなければならない。竜装機兵の目がある正面へと移動しなければ……。
そのためには……。
「そこをどけっ!」
俺の前に立ちふさがるリチャードを、倒さなければならない。
「カイ、久々の手合わせじゃねーか。義務とか、目標とか、んなめんどくせーこと忘れて……楽しもうぜ」
「もう時間がないんだっ!」
俺の叫びは届かず、リチャードが動こうとする気配はない。それどころか、天使長はその手を広げ魔法を使った。
業火炎帝ウェザリス。
リチャードが最も得意とする魔法だ。炎系魔法の威力ならば、彼は俺すらも凌駕している。
その数は八。このレベルの炎巨人をここまで多く生み出せるのは……リチャードぐらいだろう。
ウェザリスはリチャードの前に並び、さながら壁ように彼を守っている。それだけではなく、巨人の赤い剣が俺へと向けられた。
「――来い、大洪水帝バーハラ」
次いで俺は水魔法による巨人を召喚。その数は六。若干だがリチャードに劣っている。
水と炎の巨人が開戦した。すさまじい熱を孕んだ水蒸気が周囲に霧散していく。
「おらおらおら、カイ。早くしねぇと炎に焼かれちまうぜ」
数が多いということもあり、リチャード側の炎巨人が押している。確かに、このまま膠着していれば俺が負けてしまうだろう。
だが、所詮はそこまでだ。
この男は、ハワードとは違う。
魔法消去の技術を全身に持っていたハワードは、魔法による攻撃を完全にしのぎきっていた。あのレベルが相手になってしまうと、かなりのレベルで苦戦を強いられてしまう。
しかし、リチャードはその範疇に漏れる。
ぶつかり合う炎と水。その先に……現れたものは。
「……っ!」
リチャードは驚愕にその身を震わせた。
「馬鹿なっ!」
そう。
確かに、リチャードが生み出した炎の巨人による壁は鉄壁だった。その温度では金属すらも一瞬にして気化してしまっていただろう。
だから俺は、水魔法によって温度を下げた。
もちろん、リチャードだって俺が水魔法で炎の巨人たちを攻撃していたことは知っている。むしろ自分が攻撃していた、という認識だったかもしれないが。
俺は端から、リチャードの炎皇帝たちをすべて倒すつもりはなかった。
攻撃するのはただ一点。それは巨人の肩であったり、足であったり、とにかくその一点のみを集中して攻撃したのだ。リチャードに気がつかれないよう、細くしかし強力な槍状の水を当てて。
その一点のみ温度を下げて、通り道を作ったのだ。
今、リチャードの眼前には、俺が生み出した通り道を通ってやってきた……凶器が迫っている。
莫大な炎の壁を突き破って現れたのは、熱せられ火のように赤くなった……剣であった。その数は二〇。風魔法によってすさまじい速度でリチャードの下へと押し寄せていく。
「死ぬなよ、リチャード」
これが、俺とリチャードの差。奴は物質錬成や使い魔の魔法はあまり得意じゃない。自然系……それも炎に特化した文字通り火力重視の魔法使いなのだ。
これは、王国時代の手合わせとは違う。本当の意味で相手を傷つけ、時には死にすらも至ってしまうかもしれないほどの殺し合いなのだ。俺にも奴にも……譲れないものがある。
実力を決める戦いであれば卑怯と罵られても仕方がない。
許してくれとは言わない。俺は……。
「なっ……!」
だが、勝利を確信していた俺の予想はもろくも崩れさってしまった。
「わりぃな、カイ」
赤く熱せられた炎の剣。人どころか岩すらも溶かしてしまうほどの恐るべきその武器を……リチャードは平然と受け止めていた。
手には二本、胸に刺さっているのは一本、足に刺さっているのは一本。しかし、そこから血がでることもなければ焦げることもなかった。
そうか……お前は……。
「俺たちは物を食わなくてもいい。息をしなくてもいい。そういう風になっちまった。改造されちまった。こんに熱くて、固ぇ剣が……全く効かねぇんだわ」
とっくに、人間止めてたんだな。
「分かるか、カイよぉ。俺の気持ちが……」
「……想像したくもないな」
「分かれよなぁ。うめぇもんも食えず、タバコもすえねぇ女も抱けねぇ俺たちの苦しみがよおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
炎を纏わせた大剣を投擲するリチャード。
あっけに取れれていた俺は……不覚にもその剣をかわすことができず、胸に突き刺さってしまった。
「それでもな、俺たちは……いや俺は人間を救いてぇ。エミーリア様を止める。それが、俺が唯一人間であることを証明できる行動なんだぜ。俺はな、カイ。こんな体になっちまったけど、人間……止めたつもりはねぇぜ」
リチャードが寂しく笑う。
その言葉は、風に乗り遠くへと消えていった。
読んでくださってありがとうございます。
やっと戦闘がはじまりました。
これまで、ずっと移動→会話→移動みたいな流れでしたからね。




