世界の終わり
エミーリア様との再会。
こんなにも、嬉しいと思ったのは久しぶりだ。
部屋の外には皇帝ローレンスが立っていた。どうやら、彼がエミーリア様をここまで呼んできたらしい。
「エドワード、パティよ、このお方こそアーク神様だ。粗相のないように……」
と、ローレンスが息子たちに忠言した。
「は?」
この言葉に何より驚いたのは俺だった。アーク神とエミーリア様が同一人物何て……想像もしていなかった。
俺に抱きついていたエミーリア様は、その言葉を聞いてすぐに離れる。恥ずかしそうに少しだけ顔を赤めている。
「すまないな、カイ。今の私は、そういう風に呼ばれてるんだ。気にしないでほしい」
エミーリア様が……アーク神だったのか?
グリモア王国の将軍たちが天使で、その長であるアーク神がエミーリア様。どうやらこの世界は、本当に王国そのものらしい。
「それよりも聞いたぞ。グリモア王国を建国して、世界を征服したんだってな。国のことをちゃんと考えていてくれたんだな。感謝するぞ」
「あ……ああ」
俺は……正直なところ複雑な気持ちだった。
祖国の名誉を回復する。それが俺の大義名分だったはずだ。しかし戦争でやられたのは敵国であるマキナマキアであり、実質的にこの世界を支配していたのはグリモア王国だったのだ。
俺の成してきたことは、無意味だったのか?
「その……なんだ。お前も国王になって、その……妻とか愛人とかそういうの……できてるんだよな」
「え?」
「だ、だが私は寛容だ。愛人の一人や……ううぅ、そうだな二人ぐらいまでは許容しよう。一人、二人……」
クラリッサ、パティ、ホリィ、テレーザを指していくエミーリア様。気のせいだろうか、数が増えるにしたがって顔が青くなっているような……。
「お……多い……」
がっくりと項垂れる女王陛下。俺は何か悪いことをしたのだろうか?
「ま、まあいいか。まだ時間はある。これからゆっくりしっかり話をして、正妻が誰であるかをはっきりと……ふふふ」
何やら自己完結でいろいろと囁いている女王陛下。一人でうつむきながら笑っている。声をかけにくい。
「あ、あの、陛下?」
「んん? あっ、今のは独り言だ。せ、正妻とか愛人とか、そんなものに私がなりたいだなんてこれっぽっちも思ってないんだからなっ!」
「は、はぁ」
陛下は何を言っているんだ?
「アーク神様っ!」
「は、ハワード。お前、どうしたんだその体?」
首だけになったハワードを見て、エミーリア様がとても驚いている。どうやら、俺が彼を倒したことは耳に入れていなかったようだ。
……リチャードのやつ、陛下に話をしてなかったのか?
「そちらのカイ様に手痛くやられてしまいました。この身の至らなさを呪うばかりです」
か、カイ様……、
こいつ、俺のことを『カイ様』って呼んでるぞ?
「お前はいつも私に尽くしている。誰も悪いだなんて思ってないぞ。本当に愚かなのは……そう……」
「慈悲深き言葉、ありがたき幸せ」
いや、なんだかよくわからない会話をしている場合じゃない。俺は、この世界の新たな王として彼女に聞かなければならないことがあるんだ。
「そ、それよりもエミーリア様。話をしておきたいことがあるんだ。そう、この世界について……」
「世界? ああ、その件か。待っていてくれ、カイ。今回は失敗したが、次こそは必ず理想の世界を作り上げてみせる」
「……なんの話ですか?」
「そうだ、カイの分の竜の死体も用意しておかないとな。やーれやれ、やることいっぱいで楽しくなってきたな」
「え、エミーリア、様?」
「カイはここでゆっくりしていてくれ。三日後にまた戻ってくるからな」
そう言って、エミーリア様は部屋の外に出ていった。
笑っていた女王陛下。
弾んでいたはずの会話。
でも、なんだろう……何か嫌な予感がする。何が起こっているのかは全く分からないが、どこかで話がかみ合っていないような……。
「リチャード、女王陛下は何か仕事でもあるのか?」
「…………」
リチャードは答えない。意図的に、というよりは考え事をしていてというように見える。
「ふ……ふふふ……」
代わりに声を上げたのは、扉の外で控えていた皇帝ローレンスだった。
「とうとうこの時が、きてしまった」
「父上? どうしたの?」
意味ありげに笑う皇帝へ、エドワードが問いかける。
「破滅だっ!」
ローレンスは血走った眼を見開いた。呼吸は乱れ、興奮のためか顔が赤くなっている。なるほど、今の彼を見ていれば、確かに『宗教熱に侵された皇帝』という噂は納得できる。
「邪竜エミーリアが、世界を滅ぼすのだあああああああああああっ!」
皇帝のヒステリックな叫び声が周囲に木霊した。
「床が、揺れてるわ」
「窓の外を見るんだっ!」
パティの言葉に従い、俺は窓の外を見た。
景色が変わっている。建物の中にいるはずなのに、窓の外が……空の色一色になっていた。
浮いてる、のか?
けたたましい鳴き声がが聞こえた。
俺は思わず耳をふさいだ。俺だけじゃない。ホリィやエドワードたちも、同様に音を退けようとしている。
恐ろしい、生理的な恐怖感を抱かせる……そんな悲鳴のような声だった。竜装機兵の鳴き声に似ている。
「……冗談にもほどがある」
窓の外から見える巨大な翼を見て、俺は理解してしまった。
飛んでいるのだ、グリモア王城が。いや、正確には王城の下に位置する……この巨大な『竜』が。
ああ……そうか。
俺たちは、いままでずっと大竜王の背中にいたんだ。邪竜エミーリアとは、最強の竜である大竜王の竜装機兵。その巨大な背中の上に、グリモア王城は乗っているんだ。
なんてことはない。世界を滅ぼす邪竜から逃れるための最も良い方法こそ、邪竜の背中に乗ることだったんだ。ここなら竜のブレスは届かない。
創世神話は正しかった。比喩でも何でもない、邪竜はエミーリア様そのものだったんだ。
世界を滅ぼす災厄が、今……蘇ったのだった。
読んでくださってありがとうございます。
うーむ、やはりこの邪竜エミーリア編は長くなる。
長いですけど、頑張っていきます。




